【第二章 - 26】オバケよりも人間の方がよっぽど怖い
一ー週間後。
結局リフレイトには緊急の論文が残っていたためそれが終わってからになった。そのため、行動に出るまでに三大賢者会議から一週間も経ってしまったのだ。
れいりは待ち合わせのルミナスタウンの帝国公園のベンチでコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
鳥の綺麗なさえずりに、雨上がり独特の良い匂いーー。
と言いたいところだが、やはり冬の朝は寒すぎる。今日はお姉ちゃんに無理やり起こしてもらうことによって何とか起きることができたが、多分一人だったら布団から出られずに何度も寝直しているところだっただろう。
『凍堕の季』はもう終わり、もう今は『祝招の新月』だ。
『祝招の新月』は新年の月である。この間行われた『灯光の夜』はそれを祝うものであった。
しばらくゆっくりしていたれいりの元に、異様な気配が疾った。
「こんにちは」
後ろを見るとそこには、リフレイトが居る。
「そんな驚かせないで」
れいりは恐怖のあまり危うく、コーヒーのカップを落とす所だった。
「別に驚かせたつもりはないのですが……。それじゃあ、行きましょうか」
そそくさと歩き出すリフレイトを見て、れいりはその後ろを急いで付いていく。それにしても、リフレイトのローブはれいりが見てきた中でも一番長い。
基本的にローブというのは、魔法使いの階級に合わせて作られる。
れいりの読む娯楽小説的な所で言うと大体「ローブが長ければ長いほど階級が高い」と記されているが、ミラグロス帝国の基準は「初級魔術師はローブ無し。中級魔術師は一般ローブ着用義務。上級魔術師は上級用ローブ着用可。三大賢者は仕事中のみカスタムローブ着用義務、プライベートはカスタムローブ着用可」と、魔術師の階級がトップになると着用可能。つまり、着るも着ないも好きにしろと言う感じなのだ。
この間の三大賢者会議でなぜカスタムローブをそこまで長くしたのかリフレイトに聞いてみた。
「僕はそんな良い所の家系なわけじゃないんですよ。だから頻繁に虐待を受けてたんです。だから、今でも僕の人間の認識は全員が傲慢で強欲。だから、僕は人と目を合わせたり直接触れられるとと動悸がして、倒れてしまうんです。だから、あの長くてフードのついているローブでそういう事態を防いでいるんですよ」
「でも、私ってヴァンパイアと人間のハーフじゃん。大丈夫なの?」
「少なくともヴァンパイアの血が入っていますから……。それに貴方も僕とどこか似ていると思うんですーー」
「それにしても、これから何処へ行くの?」
「研究所です。転移術式で向かいましょう。僕は魔力量が多いので転移魔法を使っても多少は問題ないはずです」
転移系の魔法は異様に魔力消費量が多い。そのためれいりは普段夕方から夜にかけてしか使わない。しかし、元から魔力量が多ければそれを心配する必要も無いのだ。
「でも、別にここでも良く無い?」
「いいえ。視界に人が一人でもいると集中力が切れてしまうので、術式の様な高難易度な魔術が使えなくなってしまうんですよ」
それから、リフレイトは建物の裏まで早足で向かい、建物の裏に来た所でれいりはリフレイトのローブの裾を軽くつまんだ。
それから、れいりがリフレイトの方を見ると深く瞼を閉じて、何かぶつぶつと呟いていた。
「152937621353…」
唇から零れ落ちるのは、無機質な数字の羅列。
するとーー、足元に魔術式が構築され始めた。
その魔術式が完成した瞬間、強い風が吹きれいりは思わず目を閉じる。
それからゆっくりと目を開けた、その先には、想像を絶するほどの大きな研究所。
「さて、それでは行きましょうか…」
リフレイトは、早足で研究所の入口の方へと歩き始めた。
「ちょっと待ってよっ!」
「どうかしましたか…」
無機質な声で返事をしたリフレイトの方を見てれいりは涙目になる。
「おばけ…。怖く無いの?」
リフレイトはこちらへと振り返り軽蔑した目でこちらを見てきた。
「はぁ…。おばけとか信じてるんですね。僕からしてみたら人間の方がよっぽど怖いですけど」
「おばけが怖いわけじゃ…」
「そうですか。なら、早く行きましょ」
「ちょっと待って!ランプだけでも……っ」
* * *
昼間だと言うのに廃墟になっているせいか研究所の中は夜といってもおかしく無いほどに暗かった。
それにしてもリフレイトのローブの袖からオイルランプが出てきた時は流石に驚いた。
収納魔法はちょっと特殊な部類で、魔法とはいえど全属性が扱える魔法である。その為、収納魔法を使えない人など居ないとおもっていた…が、しかしーー。
「僕は、魔力規定量が十二分に高い。そのデメリットですよ」
れいりの様に、魔力量が多い代わりに魔法習得にいくつかの制限があるらしい。
そのため、収納魔法と似た性質を持つ魔道具を使っているのだとか。
* * *
ーーそれからしばらくすると、ある部屋にたどり着いた。
『宗教と法悦』
机の上に置かれた本の上にかぶさっていたほこりを軽く払い落としてからリフレイトはその本のページをめくる。
「僕は法悦をこよなく愛している。一般的に使われる法悦というのは宗教との関係性が高く、神秘的な物だ。だから、僕はセイシスト教会に入った。客席から僕はミュージカルを見ていた。とても感動的な内容。周りの人は涙を流している。……僕はね、狂気を演じる役者にこそ惹かれる。自分以外の『誰か』になりきり、自己を消し去るその瞬間に、最高の愉悦を感じるのですよ」
「甘猫の言っていた内容と似てる…」
隣から覗き込んでいたれいりはボソッと言葉をこぼす。
「では、これを書いたのはプロソポンなんですね」
リフレイトはその本を閉じ裏表紙の方を見た。
『著者:…』
「随分と意地悪な方のようですね」
それからリフレイトは呆れ笑いをし、ローブの裾にその本をしまう。
「じゃあ、プロソポンはこの研究室に居るってこと?」
その疑問にリフレイトは首を横に振る。
「先ほどから聞こえる音の中にそれらしき人はいません。人間は居る様ですけど…早く出てきたらどうですか?」
リフレイトは後ろを振り向く。れいりも恐る恐る後ろを振り向くが、そこには確かに誰も居なかった。
「逃げられましたね……。では、お次はルミナスタウンの教会に行きましょうか」
「なんで教会?」
リフレイトは真剣な表情で言う。
「あそこの教会の地下。ちょっと特殊な構造をしているんですよ。僕の推理だとここか教会のどちらか。その二択の片方を外してしまったので消去法的に教会しかありえません」




