【第二章 - 18】法悦
ーーそれから、五分が経っても一項にプロソポンは一向に現れなかった。
「おかしいな、確かに来ているはずなのだが…。子童、心辺りは?」
「そうですね…。私とプロソポンの思考は似ても似つかぬものです。愉悦、と言ったらいいのでしょうか。他の誰かになりきる行為、その境界線の消える美しさ。プロソポンはそれを演者として求め法悦を感じている」
「我にとってその感情は、少し理解が難しいな」
「そうでしょうね。これは、人の感性によって変わってきますから。そして、私は観客としてそういった愉悦を感じているのです。つまり、プロソポンの思考はこういうことです」
クローマの変装をして、愉悦を感じながら街で混乱を起こして、本物のクローマを処刑させる。
その予定のはずが、街に着くと周りには誰もいない。
それを見て、予定を変更しようと街から出ようとしたが、れいりの結界によって外には出られない状況になってしまった。
「つまり、餌(観客)を用意すれば良いのですよ」
「なるほど。我の作戦は、展開を悪くしてしまっていたということか…。ところで、小童。プロソポンに民衆を用意したとして、危害を加える危険性はあるか?」
「少なくとも、私ならしませんよ。大事な観客を失うわけにはいきませんから」
「分かった」
そう言って、エリーナは指を鳴らした。
すると、そこから波紋のようなものが町全体に広がっていく。そして、波紋が通過していくと、それと共に人が現れた。
「どういうこと?お姉さま」
「あまり気にするな。ちょっとした術式を使っただけにすぎぬ」
少し落ち着いた雰囲気が過ぎた後、周りに居た人の一人が声を上げた。
「エリーナ様に、カーロ様だ!それに、れいり様までいるぞ!」
それを聞いた者たちは、皆頭を下げ、最敬礼をした。それに呆れたエリーナはマントを高く振り払い大きな声で言った。
「皆の衆、我の事はあまり気にするな!それよりも、これから盛大な宴が始まる。心して挑むが良い」
エリーナが見上げていた場所は、近くの家の屋根。
そこには、ある一人の男が居た。
「プロソポン、ですね」
そのクローマの姿を模した姿をしている男は、皆に見られるとにんまりと笑った。そして、皆が叫び始める。
「あいつ、指名手配犯の男だぞ!」
「どどど、どうしましょう。僕、なにしたら良いんですか!」
本物のクローマがそう言う。
すると、プロソポンが降りて来て、クローマの顎を掴む。
「さて、君と僕どっちが先に掴まるかな?」
そう言った直後ーー。
なにやら、プロソポンの目が紫色に光る。
そして、次に瞬きしていた時には居なくなっていた。
「あいつ、随分恐ろしい男だな…。まぁ、安心しろ。我……」
「クローマ!大丈夫?」
れいりは、急いで駆け寄り、クローマの顎を持ち上げて顔をよーく見る。
「何ですか!急に」
どこか、顔を赤らめてクローマはそう言った。
「見た感じ、魔法じゃない…」
それから、れいりは返事もせずに、れいりは魔法陣を目にかざす。
「なぁ、甘猫。もしかしてあそこの二人って…」
「はぁ?な、訳ないじゃないですか…。なんなら、れいり様はあの人嫌ってるくらいでしたけど…」
そんな会話をしていると、れいりが困った声で言う。
「何これ…」
「はぁ?何よ。れいり様、そこをどいてくださいませ?」
言われた通りに、れいりは横にずれ、カーロはクローマのことをじーっと見つめる。
「なんですの?これ。呪術に博識の私でもこんなの存じ上げてありませんわ」
「呪術!僕、呪術かけられてるんですか?」
「そうですわ!私でも気づかないだなんて、やはり魔力が見えるのはやたらと便利ですわね」
カーロも知っているとは……。とれいりは驚く。
そして、おもlっつあ。もしかしたら、皇族は皆知っているのかもしれない。
そう、話しているうちに、クローマとプロソポンを勘違いした民衆が賞金を手に入れようと襲いかかって来ていた。
クローマを守っていた甘猫が言う。
「こんな量、捌き切れません。殺してはだめなんですよね?」
「勿論だ。作戦は変更だ!れいり殿、貴様のお母さんは呪術のほぼすべてを熟知しているようだな」
その言葉に、れいりは頷く。
「一旦、クローマを見せてこい。場合によれば、今日の作戦は延期する」
隣をみると、丁度良い所にセシリアが居た。
乗れと、言わんばかりの顔でこっちを見てくる。
(こんなに人が沢山騒いでいるというのに、暴れないだなんて…やばい、可愛いし偉すぎる)
れいりは、セシリアの上に乗り、魔法でクローマを引っ張り上げ、後ろに乗せた。
すると、セシリアは人ごみをくぐり抜け、宮殿の方へと走り出した。
それから、しばらくしてーー。
なんとか宮殿に着いたれいりは、セシリアから降りて、ついでにクローマも降ろした。
そして、ついでにセシリアを撫でて…それから宮殿の中に入る。
多分、お母さんが居る位置は、先ほどの会場。
急ぎ足で会場へと向かい、外から会場を覗き込むと予想通りそこにはお母さんが居た。
でも、皇帝から一度場を追い出されたれいりは、なんだかその空間に入りづらい。
「よし、クローマ行ってこい!」
「無理ですよ…。僕、帝国の兵士から捜索されているらしいじゃないですか。ここから会場に入るだなんて、自分から罠に入りに行くようなものですよ」
そんな事をこそこそ話していると、後ろから何か足音がした。
れいりは、咄嗟に柱の後ろに隠れる。どうやら、隣を見ると、クローマも一緒に隠れた様で。
少し、覗き込むと案の定帝国の兵士であった。
そこで、れいりは思い出す。
(あれ、私魔道具つけっぱなしじゃないっけ…)
れいりは魔道具をもう一度起動してから、思い切って廊下に出てみたが、特に何も起こらなかった。
多分、人に触れない限り大丈夫なのだろう。
それから、れいりはお母さんの方へと行き、肩を叩いた。
「あら」
お母さんは、それだけ言ってれいりについて来てくれた。
* * *
「あの意味の分からない理由で追い出された件については、ちょっと意味が分からなかったのだけれど……。その顔をみれば大丈夫そうね?良かったわ」
「それで、本題にはいるんだけど、クローマの目」
「あぁ、これね。死ぬわ」
お母さんは真剣な眼差しでそう言う。
「別に、彼が死んだところで、私には関係ないのだけれど」
「は?死ぬ?この、僕が?」
「えぇ。そうね…、あと三日後くらいに、どこか崖っぷちにテレポートかどっかの荒波に落っことされるかって所ね」
「お母様、僕に助かる方法は…」
「ないわ?自殺に見せかけるための呪術ね。暗殺とかに良く使われる物よ?そもそも、あなた指名手配犯じゃなかったかしら。私からしてみれば、広場の真ん中で首切られるよりかはマシだと思うのだけれど」
「お母さん。それは勘違いだよ!あれはクローマの姿をした偽物!」
「あら、れいりちゃんが言うのなら…。でも、紅茶理論を守らない貴方は既に万死に値する罪を犯しているわ?」
真顔でそんな事を言い続けるお母さんに、クローマは困り果てたのか、れいりの肩を揺さぶって来た。
「れいり様ー、このおばさんなんとかして!僕の事、殺そうとしてくるー」
「だれがおばさんですって?」
笑ってそう言うお母さんを見て、クローマは早口で言い返す。
「聞き間違えじゃないでしょうか…。お姉さんって、僕は言いましたよ?」
「本当かしら。それならいいのだけれど…」
それから、お母さんは笑いながらクローマの襟を掴んだ。
「それで、れいりちゃんはこの、ポンコツ頭の呪いを解いて欲しいの?」
「うん…、まぁ…」
れいりは怯えながらそう言った。
「分かったわ?じゃあ、2日まって頂戴。今日は無理だから明日からね、この呪術の解除方法を考えておくわ?」
「良いの?」
「えぇ。可愛い娘ちゃんのお願いだもの」
* * *
「って訳で、クローマは一旦お母さんの方に預けてるんだけど…。多分、バレない様に工夫してくれてるはず」
先ほどの場所に戻ったれいりはエリーナに現状報告をしていた。
「なるほどな。なら、都合が良い。これで、プロソポンを捕まえやすくなったな」
「エリーナ様、安心してはいけませんよ。あの人、もう用済みだからって、帰るつもりです。れいり様、結界解析されてるでしょ?」
「本当だ……」
「あいつ、さっさと逃げあがって、私、全然気が済んでいないのだけれど」
「じゃあ、プロソポンと戦うか…」
そう言って、エリーナは人の集まっている方に行こうとする。
「でも、あのプロソポン本人じゃなくて幻影、幻想ですよ?」
「でも、結局プロソポンは何処に居るのだ?」
「それは、意外と身近なところに居るのです。例えば、れいり様とか…」
「え、私!いやいや、私じゃ無いって」
そう言うと、エリーナが魔力の塊、すなわち魔法で作った水をれいりの上に放り投げた。
そして、それを被ったれいりはびしょ濡れになる。
「流石の反射神経だ。こいつは、正真正銘のれいりだな」
「いや、どういう試し方だよ!」
「れいり様。その服、着替えてきてください……気持ち悪いです」
甘猫はれいりを避ける様に一歩下がる。
「そんなこと言われても、着替えとか持ってないんだけど…」
れいりが、そう言うと、甘猫が収納魔法かられいりがいつも来ている服を取り出し、れいりに差し出した。
「宮殿の近くに銭湯があります。セシリアにでも乗って行ってください」
「えー」
れいりがそう言うと、セシリアから先にれいりの方へとやって来た。
可愛すぎたので仕方なく乗り、れいりは銭湯へ向かうこととなったのだった。




