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楽園の祈り  作者: 大拓 陽
第一章 セイシスト教会本部孤児院

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【第一章 - 4】セイシスト教会本部

「…ふあぁ…ん。朝…?」

 まどろみの中、れいりはゆっくりと目を開ける。 陽の光がカーテンの隙間から差し込み、宿泊棟の天井に淡く影を落としていた。


 ふわりとベッドに寝返りを打ち、そのまま枕に顔を埋めた


 それにしても昨日の就任式の余韻がまだ体に残っていて、まぶたが重い。

「やっぱり二度寝しようかな…」


 ふにゃっとした声でそう呟いて、再びまぶたを閉じかけたその時ーーふいに脳裏に昨夜のことが蘇る。ベランダに現れたルミナ、静かに差し出された封筒。


「明日、教会で」と告げられた言葉が、不思議と胸の奥に引っかかっていた。

なんだか、思い出したしてきたお陰で、目が覚めて来る。


 れいりは渋々とベッドの上に体を起こし、寝癖のついた髪を手ぐしで整える。

 足元には昨夜脱ぎ捨てたローブが丸まったまま落ちていた。


 机の上に目を向けると、そこに封筒が置かれている。彼女はそれを手に取り、指先で封を開けた。


【任務通達書】(一部抜粋)

 任務種別:セイシスト教会本部及び護衛任務

 所要時間:片道三時間

 任務内容:関係者(※リスト省略)の安全確保、及び特別保護区〈結界扉前区域〉への同行

 ※備考:対象区域において、視認資格を有する者には限定的情報の観測が可能。特に「記録碑石」は、視認可能者にのみ、その内部構造及び指示文が現れることがある。

万が一、該当対象者が反応を示した場合は、記録を取り、現地責任者に報告することとする。


 これって多分ルミナの任務通達書だよね…それにしても、「…視認資格って…」

 れいりは、任務文書の一節に目を止めた。


 見慣れない言葉だった。視認資格とは、つまり「視えるかどうか」ということだろうか。


 空に走る線、それを誰かに言ったことはなかった。誰にも信じてもらえないと思ってたし、自分でもよくわかってなかったから。


 もう一枚の封筒には、ルミナの執筆で小さな一文が添えられていた。

「あなたなら、気づいてくれると思っています。明日、教会で」

 れいりは、しばらくその文字を見つめてから、封筒をそっと閉じた。


「…よし、準備しなくっちゃ」


* * *


 朝食の席には、母シュタンと、帝都の管理者が一人同席していた。

 まだ少し眠そうなれいりに、管理官が恭しく告げる。


「心虹れいり様、本日正午より、セイシスト教会本部への護衛任務にご同行いただきます」

れいりは昨夜ルミナに言われたあの任務だと、瞬時に理解する。 管理官の言葉に小さく頷きながら、ふと顔を上げた。


「…あれ、そういえば、リフレイトさんは?」

「彼なら昨日、式の直後に塔の裏口から帰ったわよ。何も言わずに、ね。あの子らしいといえばらしいけど」

 お母さんはそう答えながら、口元に微笑を浮かべた。


「それにしても、れいり。本当によく頑張ったわね。昨日のあなた、とても立派だったわ」

「えっ、そんな…全然、頭の中真っ白だったし…」


「ふふ、そう思えるくらいのほうがきっと良いのよ。賢者だからって完璧である必要なんてないんだから」


 れいりは少し頬を赤らめながら、指先でもじもじとローブの裾をいじった。

「では、心虹れいり様。正午には馬車が迎えにまいります。出発場所は宿泊棟のエントランスになりますので、時間に合わせてご準備ください」


* * *


 正午。宿泊棟のエントランスを出ると、そこには艶やかな黒の馬車が。

 車体の側面には、セイシスト教会の紋章が金色で刻まれており、その脇にルミナが静かに立っている。


「おはようございます、心虹れいり様」

 ルミナは凛とした声でそう言うと、スカートの裾を持ち上げお辞儀をする。

 れいりは少し驚きながらも。「おはようございます」とれいりは思わず頭を下げ返した。


 すると、ルミナは小さく笑みを浮かべて言う。

「もう頭を下げる必要なんてありませんよ。あなたは三大賢者なのですから」

「えっ…でも、ルミナさんの方が年上…というか、いろいろ詳しいし…」


「それでもあなたは賢者です。あなたが賢者である限り、私はあなたを敬います」


 ルミナは変わらぬ所作で静かに馬車の扉を開ける。

「どうぞ、れいり様」

 柔らかな声とともに手を差し出す。 れいりは一瞬だけ戸惑った表情を見せたあと、少しだけ眉をひそめる。


「様付けなんて……そんな……全然呼び捨てで。大丈夫ですっ」

「私がれいり様とお呼びしているのは三大賢者になれたからじゃありません。私は、れいり様という人に礼を尽くしたいだけです…」


 ルミナはれいりに小さく微笑みかけた。

 その笑みに、れいりは少し頬を赤らめながらも、ルミナの手を借りてそっと馬車に乗り込んだ。


 扉が閉まると、馬車はゆっくりと石畳の道を走り出す。

 窓の外には帝都の街並みが広がっていた。

 太陽の光を受けて、塔の屋根の露店の旗がきらりと揺れている。


 けれど、れいりの目はそれを追わず、膝の上の封筒に目を落としていた。

「ルミナさん。昨日の封筒に書いてあった記録碑石って…」

 れいりの問いに、ルミナは少し視線を伏せ、馬車の振動に揺れながら言葉を選ぶように少し考えた。


「記録碑石は、セイシスト教会本部の奥ー結界扉「ゲート」の前に置かれている、魔力石で作られた記録装置です。しかし、それを視認出来るのは…限られた者のみなのですよ」

「視認できる者…って」


 れいりが問いかけたその時、ルミナは軽く首を横に振った。

「…すいません。私自身にも、全てを語る権限はありません。ただ…視える人がいる、というだけです」


(視える……か)

 れいりは心の中でそう呟くと、ふと窓の外へ視線を向けた。

 馬車のガラス越しに見える空は、真昼の青に澄み切っている。


* * *


 それから移動にかかったのは、大体一週間くらいだろうか。

 ルミナスタウンから馬車で行くとなると、24日くらいかかるのは想定していが、きちんと道が整備されているお陰でか、想定よりも早く着くことが出来た。


「れいり様、到着致しました」

 ルミナの声に促され、れいりはゆっくりと席を立った。扉が開かれると、目の前には広大な草原が広がっていた。


 ーーセイシスト教会本部

 草原の中にたたずむ白と金の大理石で作られたその建物は、帝都のどの施設よりも静かで、どこか息を潜めるような分厚さを纏っている。


「それでは、ご案内いたします」

 ルミナは一礼をし、先に立って石畳の道を歩き出す。 れいりもまた、しっかりと歩を進めた。


 この先に、何が待っているのかを確かめるために。


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