【第一章 - 3】オバケなんて信じてないし…
就任式の夜ーー
式の後開かれた簡単な晩餐会を終え、れいりは帝都の中央にある「賢者専用宿泊棟」の一室に泊まることになっていた。
家までは空飛べば15分だというのに…。れいりはホームシック気味になりつつあった。
ローブを床に投げ捨てベッドにダイブしたれいりはため息を吐く。
先ほど案内係の人に「お疲れのところをご自宅に戻すのは心苦しいですわ」と言われ、その言葉に、なんだか帰るのが申し訳なくなってしまい了承せざるを得なかったのだ。
とはいえ、断れなかった自分に責任があることも勿論自覚している。
その時ーーベランダの方から、『トン』と小さく何かが降り立つ音がする。
「…誰?」
れいりは、腰を沈めながらゆっくりとベランダへと近づく。
もちろん三大賢者なので…あくまでも、オバケが出るんじゃないかとか、そんなことは思っていない。
警戒しながられいりがそっとカーテンをめくると、そこには銀色の髪を揺らす女性がーー
「ぎゃー! おオバケ、オバケが出た〜!」
れいりが腰を抜かして床に倒れこむと、その女性は目を丸くして、丁寧な口調で話しかけてくる。
「おやすみのところ、失礼いたします…」
それから女性は、れいりを見下ろして気まづそうに告げる。
「あと、その…私はオバケではないのですが…」
「へっ?」
その顔をよく見るとたしかにオバケではなく、確かに顔見知りであった。
「ルミナさん。どうしてここに?」
れいりが戸を開けるとベランダからからすっと入り、窓のカーテンを閉める。
そして、彼女はどこか張り詰めた様子で話し出す。
「視えてるんですよね、あなたも」
「…え?」
れいりの問いかけに応せず、ルミナは静かにれいりの目を見つめる。
「あなたの瞳は、あの線を捉えていた。空を走る、あのゆらぎを。それが何かは分からなくても、視えている。違いますか?」
部屋の空気が、少し冷たくなったように感じた。
れいりは言葉に詰まりながらも、小さく頷く。
「…なんで、ルミナさんがそれを…それに、なんで視えるって」
「この国で、視える人は極めて稀です。でも私は、祈ってきました。…ずっと。あなたのような、私と同じくそれに気づいている人に出会えることを」
ルミナはふっと目を伏せ、懐から紙封筒を差し出す。
「翌朝、正式な任務としてあなたをセイシスト教会本部へとお招きします。
ーーこれは建前上の護衛任務です。けれど、その深層にはもっと別の意味がある。
「どうか、来ていただけますか?」
れいりはしばらく黙ったまま、封筒を見つめた。そして、少し考えてから首を縦に振る。
それを見て、ルミナは少しだけ安堵の色を浮かべてーー「では、明日の正午この宿泊棟のエントランスで…」
ルミナはそのまま、再びベランダから静かに夜の闇へと溶けていった。
残されたれいりは、固く封をされた紙を手に、しばらく窓の外を見つめていた。
窓の外には、黒く塗りつぶされたキャンバスのような空が広がっていた。
でも、その奥に、何かが息を潜めている気がして……れいりはそっとカーテンを閉めた。




