【第二章 - 11】ミラグロス帝国第一皇女
それから案内されたのは、ザ・宮殿という感じの部屋。どこが、そうなのかと聞かれれば、天井の高さ、無駄に広い部屋などだろうか。
すると、エリーナが部屋の中にある階段を上り始めた。何故だろう、と疑問に思うれいりを見てか、エリーナは口を開く。
「さて、無駄に広いこの部屋を有効活用したい所なのだが、我はあまり落ち着かなくてな、2階に我の書斎がある。そこで付き合ってもらおうと思ってな……」
その部屋に入ると、さっきとは打って変わって宮殿っぽさは一気になくなった。
だからといって、別に悪い意味ではなく、逆に落ち着く安心感がある部屋だった。
「ここは、前ウォークインクローゼットだったんだがな、こうやって普通の部屋に改造して貰ったんだ。どうだ、落ち着くだろ?」
すると、隣にいた甘猫が口を開く。
「それで、要件はどのようなものなのでしょうか」
すると、エリーナは少し不満そうな表情をする。
「そこの童。我の話には付き合ってくれぬのか?」
「はい」
その回答を聞いて、エリーナは「フッ」と鼻で笑った。
「貴様、もう少しは社交というものを学べ。メイドに最も必要なもの、それは社交性だ。何故なら、こういうずば抜けた才能を持つ主人は大体、社会不適合者だからな」
なんだか、少し鼻につく発言である。
「まぁ、良い。童、こういうのはどうだ?」
そう言って、甘猫に差し出したのは舞踏会の招待状。
「そういえば、童はセイシスト教会孤児院出身だったな。あそこは、狭い世界だ。この舞踏会には、帝国各地から有名な貴族から下流貴族まで色々な人が来る。どうだ?少し広い世界を見に行ってみるのも悪くないだろう」
「良いのですか?この舞踏会、確か宮殿からの招待でしか行けないものですよね」
「何を言っているんだ。我は、宮殿の者なんだが。まぁ良い、これは我からの投資だ、貴様は優秀なメイドだ。それに、そもそも、君の通っていたシスター養成所の教育に社会性を身につけさせる授業がないことが問題なんだ」
それを聞いた甘猫は、エリーナから素直に招待状を受け取る。
「それで、要件って……」
そう言ったれいりに、エリーナはまたもやため息を吐く。
「ほらな?主人に社交性があるように見えるか?」
「いいえ」
「ひどい!」
「まぁ、余興はこのくらいにしておこう。今日は時間がありあまっている訳でも無い。さて、本題に入るが、貴様プロソポンという男は知っているか?」
その言葉に、れいりは背筋が凍りつく。
これは、どう答えるのが正解なのだろうか、とそう考えているうちに、甘猫が先に口を開いた。
「もちろん。存じ上げております」
「やはりな、童らも知っている通り、帝国とセイシスト教会は友好関係を結んでいる。そして、我はその管理を任されているのだ。勿論、童がしでかした事件に関しても、内部事情についても良く知っている」
「え、私の事件…。何のことです?」
「そう警戒しなくても良い。別に、君を処刑する気なんて最初から微塵もない、あんな孤児院の環境じゃ、ああなるのも時間の問題だと思っていたしな……」
エリーナはそう言って、戸棚の奥から書類を取り出す。
「ほれ、職員に関しては一人ひとりちゃんと死亡届を作っておいたから安心しておけ」
確かに嘘はついてなさそうだ。
視線も、息づかいも特に変わった所はない。
だが、きっと皇族である以上、嘘を見抜けなくするための訓練はしているはずだ。こうなると魔法に頼れないのも厄介な所だ。
「それで、プロソポンがどうしたのですか?」
「セイシスト教会は、今や帝国にとって排除しなければいけない存在だ。しかしながら、帝国が真正面から戦いを挑むのも良くない。信用というのは、手っ取り早く相手を潰せる」
その時ーー。
エリーナの目の色が変わる。
「そこでだ。我は、貴様らが優秀な人材だと、そう信じている。結局政治というのは賭けだからな、あんまり深く考えすぎるのも良くない」
ペンで机を「トン」と叩き、エリーナはれいり達に真剣な眼差しを向けた。
「セイシスト教会の孤児院を全て潰してはくれないか?」
「全て」その言葉にれいりは息を呑む。
「勿論、全てとは言っても楽園と呼ばれる場所だけで良い。そこを潰せば他の小孤児院も勝手に潰れていくだろう」
「楽園っていうのは…」
れいりがそう尋ねると、エリーナがれいりを手で招く。
そして、机の上に置いてあった紙に、ペンで図を描き始めた。
エリーナの説明によると、楽園とはセイシスト教会の持つ孤児院の内7つの孤児院を示している。
その七つの孤児院では子供に何やら実験をしていて、それぞれで違う特徴を持っているらしい……。
その場所の一つには、甘猫やルミナが居たセイシスト教会本部孤児院も含まれている。
「それで、二つ目だな。聞いたことあるんじゃないか?帝国中で話題になったデゼルダ孤児院」
そして、エリーナは先ほど書いた地図の上をなぞる。そうして辿り着いた地はーー。
「そして、三つ目はアドゥリン孤児院。四つ目はすぐそばのアンフィティア孤児院。そこから、少し離れて五つ目ラビリンス孤児院。そして、六つ目レジスト孤児院。最後に、シュタリ院孤児院だな」
「それで、報酬何なのですか?」
「プラチナ硬貨100枚に、任務に必要な事は全て叶えてやる」
「少ないですね。れいり様は、ヴァンパイアですよ?そんな報酬じゃ100年くらい働かなくていいだけではありませんか」
「じゃあ、そうだな…。では、何か要望はあるか?」
エリーナは椅子を一回転をし、れいりの方を見た。
「それは、もちろん。帝国中の魔導書をください!」
希望に満ちた顔でそう言うれいりに、エリーナはポカンとする。
「え、それだけで良いのか?」
「はい。そもそも、れいり様の出費は大体魔導書です。それ以外にはあまりお金を使わない人なので、プラチナ硬貨100枚もあれば1000年くらいは問題ないと思いますよ」
とはいっても、魔導書というのは次から次へと出てくる物。
では、一体どうするのかといえば……。
「まず、一つの任務が終わるごとに好きな魔導書を100冊。全ての任務を終わらせることが出来たら毎年好きな魔導書を好きなだけ送ってやる」
その言葉に、れいりは目を輝かせエリーナの方へと駆け寄る。
「この任務。引き受けます!」
その言葉に、エリーナは苦笑いする。
「その言葉は嬉しい。だが、一旦落ち着け。我から少し離れるんだ」
言葉通りにれいりは、エリーナの前から一歩下がる。
「じゃあ、この契約書にサインをしてくれ」
そう言われて差し出された契約書は、少し高そうな紙に、達筆な字で契約内容が描かれていた。
とにかく要約すると、セイシスト教会に帝国との協力関係は絶対に話してはいけない。
なるべく援助をするし、必要とあらば契約に書かれている規則でも例外にする場合がある。
何かあったときは帝国が責任を負う。
「まぁ、ざっとこんな感じだな。この契約書は二枚ある。れいり殿は契約する気満々らしいが、そこの童がやりたくないのなら、やらなくても良いんだぞ?まぁ、その代わり任務には同行出来なくなるがな」
「いいえ、やらないなんて選択肢はありません。契約しなかったら、れいり様が何か抜かすのではないかと、不安で不安で昼寝が出来なくなってしまいます」
「別に、昼寝くらいいではないか」
「絶対ダメです!私は、昼寝をするために生きているくらい、身体が昼寝を必要としているのですよ」
さっきからの、甘猫やれいりの発言にエリーナは(本当にこの人達と契約しても大丈夫なのだろうか)と頭を悩ませるのであった。
無事、契約書にサインをした二人にエリーナは「今日の宴が終わったら我の部下をそちらに向かわせる。そしたら、ちゃんと付いていくんだぞ?」とだけ言い残し、部屋を後にした。
「それで、魔術の話って結局何だったの?」
純粋にそう訊ねるれいりに、甘猫は思わずため息をこぼす。
「まだ気づかないのですか?あれは口実ですよ」
「え、そうだったの?」
(これは、エリーナ様の言う通り本当に私が社会性を身に着けるしかないみたいですね……)
「れいり様、もうそろそろ時間です。会場に戻りましょう」




