【第二章 - 8】猫が賢者に仕えた日
それから、約一週間が過ぎーーれいりの論文提出も無事終わり、れいりがやっと安堵の息をついた今日この頃。
ルミナスタウンではあるお祭りが開催されるのと同時に、いつもより街が色付いてきていた。
その一方で、れいりは朝ごはんに、リビングでお父さん特製れいり専用毒入りシチューを食べていた。
すると、リビングの掃除をしていた甘猫がれいりにこう尋ねた。
「あの、孤児院の件は解決しましたけど、もうすることはないのですか?」
その言葉に、れいりは少し考えた後、身体全体に稲妻が走る。そう、れいりは重大なミスを犯していた。
「ルミナ!」
そう、ルミナを魔力中毒症状から救う方法を考えなければいけないのだ。
「確かに、一旦魔道具で延命をしていますが、このままでは最悪死んでしまいますし……。私も、まさかこんな状況になるとは思っていませんでした」
「私が、お父さんから聞いた内容だと、遠隔で回復魔法をかけ続ける呪いみたいなのがルミナにかけられてるって、診断結果だったんだけどさ…そんな感じで合ってある?」
「それは、私にも分かりません。今の所、その状況を覚えているのは、クローマ様と、お母様くらいですからね。でも、アイルー様の言葉は信じていいと思いますよ?」
何故か自信満々に、そう言う甘猫。
一体、お父さんのどこに信用できる要素があるのだというのだろうか。
「もし、本当にそうなんだったら、犯人を捕まえて、殺すのが手っ取り早いか」
犯人というのは、ブローチに遠隔で呪いをかける細工をした人のこと。
そのブローチが、呪いをかけたからといって、別にそのブローチの罪ではない。
簡潔に言えば、結局は呪いっぽい魔術も、呪いをかけたのも、結局は細工した人の魔力で動かされている。
たとえば、そのペンダントに触れて呪いをかけたとかだったら話は別であるが、今回はあくまでも遠隔だ、その可能性はほとんど無いと考えて良いだろう。
では、何故犯人を殺すのが一番手っ取り早いのか。それは単純な話で、その人がこの帝国のデータから抹消される。
つまり、その人が持っている魔力も消えるからだ。
結界に刻まれたデータには、過去のものと、現在進行形のものがある。
勿論、死んだらその魔力は過去のデータとして記録されて、現在のものではなくなる。
極稀に過去のデータから記憶を引っ張りだして生まれる、いわゆる生まれ変わりみたいな場合は話が別であるが、そんなのは何百億分の一なんていう確率だから問題ないだろう。
「なるほど。人を殺すことにあまり抵抗はありませんが、他の方法はないのですか?」
「それは、研究するしかないね。でも、普通に殺人未遂だし、ルミナスタウンあたり、つまりここら辺は、だいたい死刑になるから、別に自分で殺しても、帝国が殺しても変わらないんじゃない?それに、私三大賢者だし、帝国に書類通せば問題ないと思うよ」
「三大賢者って、凄い地位ですね…。しかし、犯人に検討はついているのですか?」
「さぁ。私も知らない」
「これは、なかなか難航しそうな課題ですね」
「大丈夫、世間は思っているほど狭くて、想像してるよりかは広いから。きっと見つかるよ」
シチューを食べ終えたれいりは、甘猫に支度をするように言ってから自分の部屋へと戻り、用意された服を着て、その上から三大賢者のローブを羽織った。
本当は、家に引きこもりたかったのだが、ルミナスタウンの行事や仕事、頼みたいことがいくつかあって、結局行かなくてはならなくなってしまったのだ。
ルミナスタウンの中央にある、この細長く白いレンガ造りの城こそが、三大賢者の拠点である。
ここではいわゆる帝国の上層期間が動いている事務所のようなものだ。
とはいえ、三大賢者で社交的な人はめったにいないので、れいりは、就任してから一度もここで、他の賢者を目にしていない。
だからか、いつもかなりの歓迎を受けるのだ。
会議室にてーー。
「れいり様。もう三大賢者になってから、二週間が経ちましたが、もう慣れてきましたか?」
「ま、まぁそこそこって感じです。三大賢者って、思ったよりも仕事が少なくて安心しました」
「もちろんです。そもそも、三大賢者というのは研究をしやすくしてもらうために、定められた地位なのですから、仕事はなるべく減らす決まりになっているのですよ……。ところで、本題に入りますが、今日は二週間後に開催される灯光の夜と、任務依頼。そして、個人的に帝国に書類を提出したいと……では、まず帝国への書類を作成しましょう。三大賢者の仕事はその後です」
「まず、簡潔に言うと、殺さなくてはならない存在がいるんです」
「なるほど。暗殺業者に依頼しますか?」
帝国から排除すべきものを抹殺する、それが暗殺者である。
仕事上、帝国と暗殺業者は裏で、提携を結んでおり、通報や願い届けを深刻に受けた場合には、暗殺業者に依頼することも出来る。
別に、帝国側の人間を殺そうとする暗殺業者もいるが、帝国と提携を結んだ方が給料が何百倍にも跳ね上がるので、提携を結びたがる業者もこの頃増えてきていて、年々帝国関係者内の原因不明の死亡件数は減少傾向にある。
「いいえ。今回は個人的な問題なので、私がやります」
「個人的。それは、却下される場合の方が高いですね。では、どのような理由で?」
そう聞かれたれいりは、対談相手に、家から持ってきたペンダントを渡した。
「なんですか?これは…」
「これは、遠隔操作が可能なブローチです。身内の人が、このブローチからの遠隔操作で呪いのようなものをかけられたんです。今は、魔道具で症状の悪化を抑えていますが、いつ死んでもおかしくない状況。これは、完全なる殺人未遂です」
「なるほど。直近の技術での殺人未遂ですね。その身内とやらの個人情報をこちら側に提供頂くことは可能でしょうか。提供いただかなくても結構です」
「彼女は、ちょっと出自が特殊でして…。それは難しいと思います」
「しかし、殺人未遂ですか。れいり様の顔を見る限り検討はついていないと。恐縮ですが事件性があると考えた場合、帝国からの同行者一人を付けさせて、アリバイをつけなくてはならないのです。それを受け入れてくださるのなら、この書類は受注することが可能だと思います」
「甘猫でも?」
「えぇ、最近甘猫様はセイシスト教会所属を辞退したと、れいり様からお伺いしましたので。もし、甘猫様を選びたいのでは、フリーの状態から帝国側の所属に切り替えるこで可能となります」
帝国の所属はあまり制限が少ないので、多分問題ないと思う。制限が少ないどころか、手当がかなり厚く設定されているのだ。
しかし、その分求められるものは大きくなる。つまり、信頼が重要だというわけだ。
それから、色々な仕事を片付け、市場で買い物をしていた甘猫と合流して、開口一番にれいりが発した言葉は「甘猫、メイドとして帝国に所属しない?」であった。
「良いですけど…でも、帝国所属って推薦が必須条件じゃなかったですか?」
それも、問題ない。れいりは、先ほど書いた推薦書類を甘猫に差し出した。
「私からの特別推薦って感じでさっき書いて貰ったの」
「分かりました。では試験日程などは何時頃…」
「確か、三日後だったかな?私は同行できないみたいだけど、大丈夫?」
「もちろんです。安心してくださいませ」
* * *
それから、三日後ーー。
れいりの留守番をとても不安に思いながら、甘猫は試験会場へと足を運んだ。試験会場とはいっても、ルミナスタウンのギルドである。
扉を開けると、そこにはとてつもなくガタイの良い人が立っていて、それを見た甘猫は恐怖のあまり腰を抜かしてしまう。
「ヒッ、ひぃー」
* **
部屋で、論文を読んでいたれいりは、下のドアから「カラン」と鈴の音が鳴ったのを聞いて、玄関へと走った。そして、扉を開けて、甘猫にこう言った。
「試験はどうだった?」
「ま、まぁ。合格は合格でしたけど…、怖かったです」
一体何があったのだろうか。
多分れいりの予想だと、あのギルドマスターに問題がある気がする。なんと言っても、根は優しいのだが、きつい言い回しにあのガタイの良い体。
私も、初めて会った時は怯えたものだ。
「それで、このキーホルダーを貰ったんです。帝国所属証明の証だとか、れいり様は何処に付けてらっしゃるのですか?」
「ここ」
そう言って、れいりが指を示したのは他でもない耳。
「れいり様って、ピアス開いてたんですね。とっても可愛いです!私も、ピアスを開けたくなってきますね」
「良いじゃん?せっかくだしこの機に開ければ?でも、自分で開けちゃだめだよ。猫ちゃんの耳はとっても敏感なんだから……ちゃんとお店で開けるんだよ?」
「そうなのですか。れいり様は、物知りなんですね。私も、れいり様とおそろいでピアスにしようと思います。それまでは、指輪にしようかな……。あ、それと、今日頼まれた者。こちらになっております。中身は何なのでしょうか…」
「あぁ、そうこれこれ」
れいりは、嬉しそうな顔をして、甘猫に見せつける。
それは、ネックレスに似たような、銀色が基調で星が付いているとっても可愛いチョーカー。
「これは、私から専属メイドの証に送るもの。ここら辺の風習でね、普通のチョーかにはあんまり良くない意味があるから、オーダーメイドで少し特別なのを用意して貰ったんだ」
チョーカーは、基本的に主からメイドへと贈呈するもの、ここまでは一般的な解釈であるが、獣人の場合はちょっと難しい。
獣人がチョーカーを付けている場合、昔の名残や、今でもスラム街の影響で、奴隷として見られてしまうことが多いのだ。
まぁ、メイドだって、奴隷と言われてしまうとそれも違うわけではないが、扱われ方が変わってしまうし、奴隷と分かると誘拐されてしまう場合も多いので、トラブルを避けるためには、これがもっとも良い選択肢だろう。
「すっごく可愛いです。試しに付けてみても?」
「もちろん」
チョーカーを付けた、甘猫はクルリと一回転をし、れいりに見せつける。
「どうですか?似合ってます?」
それはもう、可愛すぎてれいりは今にも心臓がはち切れそうであった。
「どうしたんですか?れいり様」




