【第二章 - 3】教養試験
しばらくルミナスタウンの道沿いを歩いていると、今回の目的地である宮殿が見えてきた。
宮殿とはいえ、現帝王が住んでいる建物ではなく、5代前の帝王が住んでいた宮殿。
5代前というと、今から約200年前くらいになるが、定期的に修復が行われているお陰で今でもとても綺麗な状態で保たれている。
白と黒、そしてこのレトロ感には今にも目を奪われてしまいそうだ。
「れいり様。助けてください、宮殿が迷路過ぎてどこに行けばいいのか分かりません」
甘猫の方を見ると、地図を片手に困った顔をしていた。
「大丈夫だって、受付の人に聞けばいいよ。中に入ったら居ると思うよ?」
帝国ルミナス公園の丁度真ん中にたたずんでいるこの宮殿は、今は歴史博物館や試験会場など、今や帝国館として機能している。要するに、受付嬢が居ないはず無いのだ。
「そうですね。一旦中に入りましょう」
宮殿に入ると、カウンターには受付嬢が佇んでいた。れいりの予想通りだ。
それを見て、甘猫はカウンターにやや早足で歩いていく。
「あの、すみません。教養試験会場に向かいたいのですが……どこなのか教えていただけませんでしょうか」
それを聞いた受付嬢は、甘猫の隣を見て、目を見開く。
「大変ご無礼を働いてしまい申し訳ございません。三大賢者心虹・れいり様」
受付嬢はれいりにお辞儀をした後、カウンターの奥から何やら上着を取り上から羽織った。
「ご案内いたします」
* * *
受付嬢についていくと、ある一室に案内された。
「こちらが控室となっております。試験開始時間になりますと職員の方が来られますので、何かご用がありましたら、ここのベルを鳴らしてお呼びください」
説明を終えた受付嬢はお辞儀と同時に「失礼しました」と言い残し部屋を出ていった。
「れいり様、教養試験頑張ってくださいね!私のメイド人生がかかってますから」
「そんなプレッシャーかけないでよ……」
自信があるかと言われたら、それはもうれいりは即答する「ある」と。
この3日間、れいりは教養試験に関する知識を沢山詰め込んだ。
もちろん、復習もして100点満点だったということは筆記試験は絶対問題ないと、そう確信が持てる。
面接については、まず三者面談、その後戦闘試験らしいが…。
甘猫に出会ってから、その戦闘風景は今も目に焼きついているくらい凄い物だった。
「れいり様が記憶を無くす前は、メイドの尊厳として手を抜いていたのですが、もう見られてしまったからには仕方がないです……。れいり様!強くてごめんなさい」
と、ついこないだ甘猫が言っていたような……。
それはさておき、メイドの仕事として甘猫も多分試験でも手を抜いてくれそうだ。なんだか、三大賢者というプライドに傷がついた気がする。
「甘猫、この試験の結果はいつ出るの?」
「今日だそうです。シート評価ですし、受験者はれいり様と私だけですので……。あ、そうでした!れいり様の筆記試験の間、私もついでにセイシスト教会メイド免許更新に行こうと思っているのですが、良いでしょうか」
「セイシスト教会メイド免許更新?何、それ……」
「セイシスト教会メイド免許更新とは、その名の通りです。セイシスト教会のメイドは免許が必要でして、それ定期的に更新しなければいけないのですよ」
「でも、甘猫ってまだシスター養成所卒業してないんじゃ……」
「まぁ、それに関しては色々事情があるんです……また、別の機会に話しましょう」
甘猫がそう言い切ったと同時にタイミング良く、待合室の扉が開いた。
入ってきたのは、いかにも八百屋さんで働いてそうな雰囲気の、巨大でガタイの良い優しそうなスーツの男性。
「心虹・れいり賢者様、そして、そのメイド…猫星ルナ様ですね」
その瞬間、時が止まったように感じた。いや、そもそも理解が追いつかなかった。
それから、二人は口を揃えて声を上げる。
「猫星・ルナ⁉︎」
「えっと、どうかされたのですか……?」
驚いた職員に、甘猫は一回深呼吸をして、それから尋ねる。
「その情報はどこから……」
「帝国の書類ですので、帝国の役所に置いてある街の戸籍から取ったものだと思われます」
「それなら、もう少し詳しい情報を聞きたいのですが…。例えば、出生地とか」
それを聞いた職員はパラパラと書類をめくる。
「あ、これですね。役所はデゼルダですが、出生地はグラツィア……」
そのまま、職員は黙り込んでしまった。
グラツィアはもう滅びた地、きっと言いにくいのだろう。
「グラツィアですね。知っています、確か隣町のデゼルダにセイシスト教会の聖堂が出来るって聞いて自ら土地を渡したのだとか」
これは、半分合っていて半分間違っている回答である。セイシスト教会の教育だから、言いにくいところもあるのだろう。
では、何が間違いなのか、それはグラツィアは獣人族の多く住む街であった。
しかし、貧富の差が激しく少し不便、とはいえ治安が悪かったわけではなく、むしろ良心的な所。
今から13年前、デゼルダにセイシスト教会の孤児院を作るといった計画が作られた。
しかし、グラツィアの住人達はセイシスト教会に何か怨念があるらしく反対運動を始めた。
それを気に食わなかったのか、セイシスト教会はグラツィアの人を避難し始めたのだ。
ここからは、帝国中に大体的に報じられ無かった話であるが、れいりが昔読んだ本に記載されていた。
セイシスト教会はグラツィアのお金持ち達を秘密裏で虐殺し始め、それによって、より生活が厳しくなった貧困の人たちに子供を孤児院に入れて救い、お金を上げ、そして新しく出来たデゼルダの孤児院にその子達を入れさせた。
まさかとは思っていたが、多分甘猫もその事件の被害者の一人だろう。後は甘猫のお母さんが生きていることを願うのみだ。
「れいり様も、職員の方もどうしたのですか?二人して固まってしまって」
その言葉にハッとなったれいりは甘猫の方を見る。
「えっと、その話にはもっと深いものがあって、もし興味があるんだったら本貸すけど」
「良いんですか!ぜひ」
「えーっと、一旦仕切り直して、教養試験の筆記試験を始めましょう。猫星・ルナ様は筆記試験中の間セイシスト教会メイド免許更新を行うということでよろしいでしょうか」
その言葉に、甘猫はこくりと頷いた。
「試験会場はどこか分かりますか?」
「はい。先ほどここへくる途中に見かけましたので……」
それから、甘猫はれいりと職員にお辞儀をし、部屋を出て行った。れいりは、いつの間にか甘猫を目で追っていた。
ーーなんだか、少し心細い。
「それでは、試験の内容を説明いたしますね。この筆記試験はルナ様をメイドとして受け入れるための第一段階です。ただ、生活に関する質問だけでは模範回答がいくらでもあるので、それではれいり様と甘猫様が上手くやっていけるかはまた別の問題になってしまいます。ですから、応用問題の問題集のような形式です。ということは、あまりにも軸がずれていない限り落ちることはないと思ってください」
「ちょっと話がずれますけど、三大賢者の中で教養試験に落ちた人は……」
「そうですね。あの、問題児二人だけですよ。初代三大賢者のクローマ様、協調性があまりにも欠落していて不合格。れいり様の同期リフレイト様、人間恐怖症からの発作で不合格。でも、れいり様は私から見てもそう問題児には見えません。ただ、問題はルナ様の方に見えます」
職員は顔を顰めてそう言った。
「自分で言うのもなんですけど。私、昔から人を見る目があると自覚しております。元々セイシスト教会の方にいてですね、色々テクニックがあるんですよ。あの方は、あまりにも強すぎる。そもそも、メイドというのは主人に仕える者、つまり本来主人より下で無ければいけないのですよ。別に、れいり様が弱いとか、そういうことではないことは理解して頂きたい」
「ですよね。甘猫に私も勝てる気がしません、でも、主人の私は気にしていませんよ?」
「しかし、それを帝国の規則が許してくれるとは限りません」
「それについてなら問題ないです。ここだけの話、甘猫は手を抜くのが得意なんです」
それを聞いた職員は苦笑いする。
「それなら、大丈夫そうですね」
それから、職員から筆記試験のプリントを手わたされたれいりは、その一ページ目をめくった。
(1)あなたのメイドがもし、自分よりも強かったとしたら注意するべきか、はいかいいえで答えなさい。それぞれに理由もつけること。
これは考えるまでもない。
答えは、いいえだろう多分ここで、はいと答えるのが正解だと思うが、これは適正テストみたいなものだ。
嘘はよくない。
理由は、メイドになんでも言うことを聞かせるのは良くないから。
れいりは収納魔法でペンを取り出し、プリントに記入した。
* * *
「出来ました」
全ての項目を書き終えたれいりは、職員にそう言った。
「手応えはどうですか?」
「もちろん。最初の問題を除いて97点だと思います」
れいりは、職員にプリントを渡す。
「それでは、次は面接試験ですね。それも私が担当致しますので、ルナ様が戻ってくるまでご自由にお過ごし下さい。私は邪魔になると思いますので、少しばかり席を外させてもらいます」
そう言って職員はお辞儀をしてから部屋を出て行った。
最近、甘猫がいたので一人の時間が少なかった。
元々一人が好きなれいりにとっては、こうして一人でいるのも悪くない。
そう思い、れいりは外を眺めてみる。
雨が降っている、この独特な雰囲気は嫌いではないのだ。
それかられいりは、収納魔法からコーヒーセットを取り出し、魔法を使って入れ始めた。
そして、机には白紙とペン。
そう、論文の提出期限は一週間後、ここ最近忙しく論文を進められていなかったれいりにはかなり危機的な状況だ。
三大賢者になってから初めての論文、とはいえネタはつきないくらいに持っている。だから、ただ書き起こすだけで十分だ。
5日もあれば十分な量、れいりは見た目とは変わって意外と提出期限を守れるタイプ。
まぁ、論文提出の際に論文を家に置いてきたという酷い失態を犯したこともあるが……。
「詠唱魔術を術式に転換する魔法陣。改行」
世の中には、喋るだけで勝手にペンが動いてくれる、そんな便利な魔法が存在する。
れいりは喋りながら、抽出し終わったコーヒーをガラスのコップに移し、冷気で冷やしてから氷を入れる。
もちろん、濃いめのコーヒー豆を使っているので味が薄くなることはない。
そして、そのコーヒを一口含んだ。
鼻から抜けるようなこのフルーティーな香りがたまらない。
別にホットが飲めないわけではないが、あまり好きとは言えない。
コーヒーの苦味、どちらかと言えばアイスコーヒーの方がスッキリしていて飲みやすい。
香りを楽しむ為に飲んでいるので、基本的に飲みやすいアイスコーヒーの方を選びがちというだけだ。




