【第二章 - 1】天体観測宇宙科学論
「れいり様、朝ですよ。……いい加減起きてください」
ーー例の日から約一週間。
そう、今日は待ちに待った教養試験の日である。
だというのにも関わらず「無理…。今すごくいい夢を見てて…」と、れいりは相変わらず起きるのを渋っていた。
「夢の内容なんて知りませんよ。そんなことより早く起きてください」
キレ気味に、甘猫はれいりの被っていた布団をばっとめくる。
「甘猫ー、ひどい」
れいりから吐かれた言葉に、甘猫は呆れる。
「さて、本当にひどいのはどちらでしょうか……あ」
それから、甘猫は何かに気がついた様に、窓の方へ視線を向ける。
窓の外には、こっちに向かってくる豪華な馬車の姿があった。それから、やわらかな口調でれいりに言う。
「れいり様のお母様がご帰宅の様です。私はお迎えにあがりますが、れいり様は…」
「行く」
即答だった。
布団から勢いよく飛び起きたれいりは、外へ出ようと玄関まで走り出す。
それを見て、甘猫はため息を吐いた。
「普段からこのくらい早く起きてほしいものです…」
* * *
「ただいま。れいりちゃん」
笑顔で、馬車から出てきたのは、片手に紅茶を嗜んでいるお母さんだった。
やはり、紅茶禁止令はお母さんにとって苦痛で仕方がなかったのだろうか。
「おかえり、お母さん」
れいりは、お母さんの胸に飛び込む。
「あら、れいりちゃん寝巻きだなんて。もしかしてついさっきまで寝ていたの?」
「そそそ、そんなことないし…」
れいりは焦り、反射的に一歩前に下がる。
「さぁ、どうでしょうか……」
「あら、子猫ちゃん。大丈夫よ。れいりちゃんの嘘なんてバレバレなんだから。とりあえず家に入りましょう」
そして、お母さんは歩き始めようとした足を止め、れいりの方に視線をやる。
「っと、その前にれいりちゃんはちゃんと身支度してくるのよ?今日は教養試験でしょ」
「え……そうなの?」
それから、れいりは早足で自分の部屋に向かう。
部屋は、自分の部屋だと思えないほど綺麗に整っていてピカピカだ。
髪を軽く手櫛でとかし結んだ後、クローゼットを開けると、棚の上に綺麗にセットで畳まれた服が置いてあった。
それを見て、れいりは感心する。
服に無頓着なれいりにとって、服選びとはどうでも良いもの。
しかし、こういうちゃんとした試験などに着る服を考えるのが苦手だったため、甘猫にはどこか感激する部分があった。
服をきた後は、もちろん。今回は、三大賢者としての試験でもあるので、ローブを羽織る。
このローブはセットアップと呼ばれる分類の服らしい。
普通の魔導ローブの上に、短めのマントを被せるような上のデザインに加えて、スカートの上から被せるフリルのような、このデザインがとても可愛い。
ちなみに、三大賢者のローブは全部受注生であり、これはステータスや武器、属性によってオーダメイドするのが基本である。
通常は、自分でデザインするらしいが、勿論、装飾センス皆無なれいりのローブは受注生だ。
少し、鏡の前で見惚れた後、部屋の階段を降りる。
「れいり様、とてもローブがお似合いです。朝ごはんは、アイルー様からのお申し付けで、『甘猫はやらなくても良い。いや、やらないでくれ』と言われたので、今日の朝ごはんは、アイルー様が作ってくれるそうですよ」
「そ、そうなんだ…」
甘猫のご飯は、どれも絶品だというのに何故なのだろうか。れいりは疑問に思う。
テーブルに並べられた料理は、全て同じ品ではなく、各自それぞれに用意されたものだった。
れいりの朝食は、トーストに死灯蜜の蜜を凝縮したジャム。飲み物は大好きなアイスコーヒー。
お母さんは、言わずとも分かる紅茶に加えて…良く分からない謎のスープ。
お父さんの所には、砂糖たっぷりの紅茶とサンドイッチ。
「甘猫も食べるだろ?何かアレルギーとか、嫌いなものはあるか?」
気遣うようにお父さんは甘猫に問いかけた。
「いえいえ、私は結構です。あまり朝は食べられないので……」
あの日、目を覚ましたれいりの記憶は途切れていた。それから、甘猫について色々とこれまでのことを教えてもらった。
幸運なことに、私の記憶はルミナとの任務以降以外は鮮明に残っていた。結局、記憶を失ったとはいえ、甘猫とは仲良くやっている。
やはり、元々気が合うタイプなのだろうか。
「れいり様、今日の教養試験ですが今から一時間後、ルミナスタウンの宮殿にて執り行われる予定です。簡単な筆記試験と面接のみですのでご安心を」
パンを一口かじった所で、れいりはあることを思い出す。
「甘猫ってあんな大事件を起こしちゃったけど、大丈夫なの…?」
別に、皮肉っているわけではない、ただ気になっただけだ。
「その件に関しては、顔見知りが片付けてくれましたし、私のことはバレていません。それに、今回の試験はセイシスト教会ではなく、帝国のものなので問題ないと思われます」
それを聞いたお母さんはどこか不思議そうな顔をしている。
ーー朝ごはんを食べ終えたれいりは、一度、甘猫と一緒に部屋へと戻る。
「れいり様、ちゃんと持ち物をお持ちになられましたか?」
その点に関しては、最初から、必要なものなど無いので問題ない。
でもーー
「甘猫、何をやっているの!」
「いや、必要なものを鞄に詰めているだけですが…」
甘猫が心配性なのかは知らないが、出かけようとするたびにこうなってしまう。
それに頭を悩ませたれいりは、甘猫に助言をする。
「収納魔法。使えば?」
収納魔法、それはこの世界で一番助けになる魔法といっても過言ではない。それに、収納魔法自体、魔法としては珍しく属性を問わないのだ。これ以上良い提案は無いだろう。
「収納魔法なら、もう使っていますよ?ただ…収納魔法の中がいっぱいになってしまって……」
それを聞いたれいりは、一瞬沈黙した後、頭が混乱する。
(え、収納魔法の中がいっぱい?意味が分からないんだけど…え?あの世界最大級と呼ばれるアースドラゴンすら5頭は入ると言われてるんだよ。というか、そもそもその物量を貯めるのに、そんなにかからなかったの?)
「えーっと……何が入っているの?」
「ちょっと待っててくださいね…」
そう言って、収納魔法を発動した甘猫はその中を覗く。
「えーっと、アースドラゴンの爪に、牙。あと、死糖蜜に、星雫飴。あと、武器とか机とか椅子とかティーカップとか…。あとは、大量の魔導書ですかね…。私、魔導書を読むのが趣味なんですよ」
れいりの憶測だと、多分殆どが魔導書だ。
「で、どんな魔導書が入っているの?」
れいりが、そう尋ねると甘猫は中に手を入れごそごそと何かを探る。
「例えば、これなんてどうでしょうか!つい昨日、ルミナスタウンで買った物なのですが……」
その本の外見は、金色の装飾に、星が書かれた表紙。
とても可愛く美しい見た目である。
「天体観測宇宙科学論?」
「はい、珍しいですよね。この世界には、色々な分野の研究がありますが、最近一部の層で天文学が話題になっているそうで…。それによってルミナスタウンにも出回ったのだと考えられます」
確かに、この分野はなかなかに珍しい。
でも、天体観測宇宙科学論はれいりの研究している魔法陣とは比にならないレベルの話だ。
そもそも、この分野はあまりにも難しすぎるあまり、帝国史上この研究をしていた者は一人しかいない。
いや、そもそもその人がこの分野を生み出したのだ。
それから、れいりは興味本意にその本を1ページめくる。
「れいり様。何をしているんですか?もう、家を出発しないと間に合いませんよ?」
甘猫は、その本を閉じ、そのまま収納魔法の中に放り投げた。
「ところで、準備は終わったの?」
「いいえ?」
「もう、良いから……いつもと同じで私の収納魔法に全部入れちゃって」




