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楽園の祈り  作者: 大拓 陽
第二章 ミラグロス帝国

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【第二章 - プロローグ】

ーーこれは、紅月の祝福劇が始まる少し前。つまり、甘猫とれいりが宿へと戻った時の話。


部屋の扉を閉めた瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。

二人は申し合わせたように、荷物を放り出してベットへと身を投じる。


「はぁ……やっぱり疲れたあとのベッドダイブは至福の時間。意識が溶けてしまいそうです……」

「同感。本当、最高……っ」

シーツに顔を埋め、柔らかな感触に身を委ねる。

れいりはそのまま深い眠りへと誘われようとしていたが、甘猫は重い体をよじり、寝返りを打ってれいりを見つめた。


甘猫はベッドに寝そべったまま、れいりの方へ寝返りを打つ。それから、ベッドに横たわった体を重そうに起こした。


「そういえば……れいり様に、私がセイシスト教会で経験したことを、まだ詳しくお話していませんでしたね」

「確かに。甘猫がどうしてここに来たのかとか、もっと大変な事とか」

「よく、覚えていらっしゃいましたね」

「そりゃあね。私にとっては、何よりも重大な出来事だったから」


れいりが知っているのは、甘猫が孤児院からシスター養成所へ移り、そこでルミナという教師に出会った……という断片的な事実だけだ。


「はい、ですが、肝心なのは孤児院の話です。私は孤児院を飛び級してシスター養成所へと移ったのですが……。その…孤児院が結構深刻な問題を抱えていまして」


「今、とんでもなく凄い事さらっと言ったけど……飛び級?」

目を丸くして、れいりは問いかけた。

「はい、孤児院で成績優秀者もしくは突出者は飛び級という制度がありまして……普通とはまた違った形なのですが、シスター養成所で先行して勉強が出来のです」


初めて出会った日から、それからさっきの戦闘も含め、何かおかしいと感じていたれいりであったが、予想外のスケールに驚愕する。

「普通とは変わった形って……」


「暮らす場所が、シスター養成所の寮ではなく孤児院のままだったり、孤児院でやらなければならない日常生活をシスターにサポートしてもらうとかですかね……」


* * *


ーーそれは、今から約3年前のこと。

甘猫はわずか六歳という若さで、養成所への「飛び級」を果たしていた。

養成所の見習い期間は通常六年。十四歳で入学し、二十歳で卒業するのが通例だ。


特例中の特例として入学した彼女は、本来なら今年、十四歳でシスターの座に就くはずだった。

けれど、運命はその歩みを残酷に止めた。

理由はーーあまりにも執拗な「いじめ」だった。


「お前さ、魔法が少し得意だからって調子ってんじゃねぇよ……」

放り投げられた罵声。甘猫は階段から突き飛ばされ、冷たい床に叩きつけられる。いじめっ子たちは、倒れ伏す彼女をあざ笑うようにしてその場を立ち去った。


主犯の名は『セレナ・ヴァレス』。甘猫の同級生だ。

二十歳という大人に近い年齢でありながら、彼女は自分より遥かに幼い甘猫を、六年間ずっといたぶり続けていた。


なぜ、そこまで執着したのか。それは皮肉にも、甘猫の圧倒的な才能ゆえだった。

帝国の血を引き継ぎ、次期徐行とまで目されるヴァレスに取って、名もなき「孤児」に実力で完敗したという事実は、耐え難い屈辱だったのだ。


シスター養成所は、孤児だけが集う場所ではない。

特に女帝の次期候補なんかであれば、セイシスト教会が権力を持つ時代ーーその管理下に置かれた学校に入学しなければならないのだ。


その話を聞いて、れいりは甘猫に問いかける。

「でも、その子が同級生じゃなくなったらもう大丈夫なんじゃ……」

「私も、そう思ってたんですけど……休憩時間になると、わざわざ自分の教室にやってくるんです…」


やはり、ヴァレスは帝王の血を引く大いなる一族、そのため権力はとてつもないものであった。

そのおかげで、甘猫はそこから大変な人生を歩むこととなるのだ。


* * *


今年も、進級できなかった甘猫は心に余裕も残っていないまま机に突っ伏していた。

それに、講義を聞いても何も入ってこず、何日か寝たままの日々が続く。


そんなある日の事、甘猫の前にいかにも意地悪っぽい子が現れた。

「あんた、あの時期女帝候補のセイレナ・ヴァレス様に喧嘩売った上に留年したんだって?」

嘲笑うかのごとく彼女は言う。


しかし、甘猫はその言葉に反抗する気力もなく、机に突っ伏したままだった。

でも、本当の問題はその子が新入生のバッヂを付けていたということ。


「は?なんか、返事しなさいよ……私よりも年上なんでしょ?」

そんなわけがないのだが、確かに今までに飛び級して留年した人は一人もいないだろう。


「もう、なんなの!?」


「まぁまぁ、落ち着きなって……」

宥めるように、その子の肩にポンと手を置いたのはのちに甘猫の親友となる子。

彼女の眼差しは驚くほど優しく、危ういほどに真っ直ぐだった。


「貴方、誰?もう良いわヴァレス様に何されたって知らないんだから……」


そのいじめっ子は腕を組みながらどこか不服そうな顔でその場を後にする。

彼女が教室から出ていったことを確認した、その子は甘猫の机に手を付いて、それから微笑みかけた。


「あんな子の言うこと、気にしなくて良いんだから」

無視する甘猫に何を勘違いしたのか、その子は急に自己紹介をし始める。

「あ、ごめんっ!私、まだ自己紹介まだだったね」


その子は胸に手を当ててお辞儀をする。

「私の名前はーー・ーよろしくね。今日転校してきたんだ!」


でも、甘猫にとって、そんなのはどうでも良かったし、名前すら頭に入ってこない。


「どうしたの?そんな浮かない顔して……話聞こうか?」

そんな優しい言葉に甘猫は反射的に返事をした。

「この学校はあのヴァレス様に支配されてる。私は、あの人に嫌われてるから話かけるときっと後悔するよ……」


何故、頑張って話しかけてくれたあの子にあんな酷い事を言ってしまったのか……。

しかし、甘猫の言ったこともまた事実。

でも、その子は変わり者で、特に気にしている様子も無かった。


もしかしたら、そういう性格が甘猫が救われた理由だったのかもしれない。


* * *


それから、特に何か改善されたわけでもなく、同級生からいじめられ続いていた。

きっと……ヴァレスが悪い噂を流したり、権力で威圧して言うことを聞かせていたのだろう。


それでも、その子は毎日甘猫の元に通い続けては、今日のくだらない出来事や授業の愚痴を話し続けた。

でも、そのおかげで彼女にはこんな異名が付いたそうーー「反逆者の犬」と。


それから、甘猫は3年連続留年。そして、親友が4年目へと進級した時のことだ。

「七猫、3年連続留年の大偉業達成!おめでとう!……って全然笑えないよね。でも、悪い意味で何も変わらないもんね。もったいないよ……せっかく頭良いのに」

不貞腐れた様子でその子は言う。


でも、その会話を最後に、親友は3週間ほど甘猫の教室に顔を見せに来なくなった。

だからといって甘猫には何か問題があるわけではない、なのに……。

なんだか、心の奥が冷たく感じたのだ。


そして、ある日の事。久しぶりに顔を見せに来た親友の顔はいつもとどこか違っていた。

「えっへへ、ごめんね。しばらく顔を出せなくて、寂しかった?寂しかったでしょ…」


その言葉に甘猫は「うん」と何気なく返事をする。

「え、七猫が喋ったっ!喋った?」

まるで、自分の子が初めて喋った所を目撃した親の様な目で……親友は目を輝かせた。


甘猫は机から体を起こして、その親友の顔を初めて見る。

しかし、目には何故かぐるぐるの包帯が巻かれており、甘猫はそれに違和感を覚えしかめた顔をする。


「あぁ、これ?この間料理実習してる時にけがしちゃって…」

そんなの嘘に決まっている。

(貴方くらいの膨大な魔力量の持ち主であれば普通の怪我だったら……回復魔法で、視界なんて回復するはず、なのに治らないってことは…)


「帝国条約における第13条、反逆者の刑に値する罰の一つ…」

それくらいじゃないと、こんな事になるはずない……。


でも、親友は焦って甘猫にこう耳打ちした。


「七猫、もうこれ以上はやめて。さもなと……貴方まで…」


それからというものの、甘猫と親友は毎日のように会ってはなんてことない会話をし、楽しい日々を送っていた。


別に、なんの対策もなしに話していた訳じゃない。

親友が甘猫と話していたなんて噂を聞いたらヴァレスがどんな事をしだすかたまったもんじゃない。


このために開発した魔法それこそが、後に危険と言われた魔法、精神感化魔法の始まりだった。


結局甘猫は、精神干渉魔法の成果もあり2.3年生へと進級に成功。

しかし、親友は甘猫が3年生になる時にはもう卒業しなければならない。

その寂しさに、甘猫は卒業式の日親友の胸の中で泣きじゃくったのをよく覚えている。


* * *


それからというもの、ヴァレスの残した油がまた燃え上がったかの如くまたいじめが始まった。


しかし、もう甘猫を助けてくれる者は誰もいない。

それから、どれくらいたったのだろうか……甘猫は休み時間に屋上に出て、空を眺めるのが大好きだった。


「よく、あの子とここで話したっけ…」

余韻に浸っていると上からひょこっと誰かの顔が見える。


「あれ……驚かないんですね。ここにいつまで経っても神の元へと行かないひねくれものが居ると聞いたのですが……。それってもしかして貴方のことです?」

「何を言ってるんですか。ここに、神の元へ行く権利なんてありません。孤児院出身の者は常に監視下に置かれていますから……私でも、それぐらい知ってます」


でも、甘猫は瞬時に理解した。この人は監視下を一時的に除外出来る権利の持ち主だということを。


「じゃあ、何故私達は常に監視下に置かれてると思う?」

「知りませんよ。そもそも……あなた誰なんです?」


それから、その人は、驚いた顔をして甘猫を見降ろしていた体を上げた。

「この私を知らないなんて、本当にひねくれ者なのですね…」

「で、名前は何と言うのです?」


「教えません。さて、私は貴方にお願い事をしに来たのですが……あ、名前はしばらくお姉さんと呼んでくださいっ」


* * *


それから、何故か、そのお姉さんと私の共同生活が始まったのだ。


強引に引っ張られていきなりそう告げられただけである。

「さて、まずはお掃除しましょうか!」

それからお姉さんはメイド服の袖をめくる。


でも、そんなのに興味が無かった甘猫は部屋の角でのんびり魔導書を読んでいた。それなのに、お姉さんは何も言わずさっさと掃除を進める。


その雰囲気に甘猫はうずうずしてきてついこう口走った。

「何故、私に何も言ってこないのですか?」

「なんでって……魔導書が読みたいんでしょ?私は掃除をやりたいからやってるだけで、貴方だって魔導書が読みたいから読んでるだけ。それの何処が変なの?」


甘猫にその思想はどうも理解出来なかったが、特にその時は何も気にしていなかった。

それから、大体30分が経った頃、部屋の掃除と家具の配置が全て終わったお姉さんは甘猫を呼んだ。


「じゃあ、なんで貴方をここに呼んだのかを説明しよっか!」

「……その前に簡単な自己紹介して欲しいです」


それから、お姉さんは立ち上がってお辞儀をする。


「私は、セイシスト教会でシスターをやっている者です。ここに来た理由は……そうですね……」

そのままお姉さんは黙り込んでしまった。


「で、名前はなんと……」

「それは、聞いてはいけません。それに、教えませんからね?あ……そうだ!ここへ来た理由を思い出しました!それはですね…」


お姉さんはくるっと綺麗なターンを決めて、目の前に置いてあった黒板の前へと立つ。

「いきなりですが質問です。貴方は自分がとっても幸運な子猫ちゃんだと思っていますか?」

「まぁ、そうですね。あの貧困から抜け出せたわけですし……」


この質問に対してはこう返すのが模範解答といった所だろう。しかし、返ってきた返答は意外なもので……。

「不正解です!貴方はとっても不幸な子猫ちゃんです。親元を離れ、施設に入れられ自由を奪われた。さて、貴方は自分が今、幸運だと思いますか?」


「思いません。だって、今貴方は私を不幸だと言いました」

甘猫は、空気を読む問題ではないと理解し、そう答えてみた。

「不正解、貴方は今とっても幸運な子猫ちゃんです。それに、私が先ほど回答した答えは今までの話です。今の質問は現在の話ですけど?」


「そんなの、分かりませんよ!理不尽です……」

「まぁまぁ、そんなこと言わずに……、今からお姉さんに付いてきてください」


* * *


そうして、案内された場所はいつも甘猫が暮らしている近くにある孤児院の倉庫と呼ばれる場所。

いつもなら、ここへ来ることが禁止されているのだが、今回はお姉さんの特別許可の元、外からばれないように覗けということだった……。


「あの、それって本当は見ちゃいけないんじゃ……」

「良いの!お姉さんからの助言です。バレなきゃ良いのバレなきゃ。ほら、早くしないと監視制限が解かれちゃうよ?」

窓からコッソリ見たその光景は今でも忘れられない。


視線の先、鉄格子に囲まれた監獄のような冷たい空間に、一人の少女がいた。

自分と同じくらいの年齢。だが、彼女の手足には太い鎖が巻き付けられ、自由を奪われたまま、ただ暗闇の中に繋ぎ止められている。


その異様な光景に、甘猫の心臓が脈打った。

底知れぬ恐怖が指先から這い上がり、膝の力が一気に抜ける。立っていられなくなった甘猫は、足場にしていた石の上でバランスを崩した。


その時ーーその落ちた衝撃で大きな音が一帯に響き渡る。

瞬時に、お姉さんは甘猫をお姫様抱っこし、近くの木へとジャンプする。


「大丈夫。お姉さん強いんだから……」

それから、お姉さんはいくつかの木の枝を足場にしてジャンプする。そして、家へと戻った。


「どうだった?貴方は幸運な子猫ちゃんでしょ?」

「はい……」

「あの子達はセイシスト教会の不良品。もう後は神の元へ行くのみ……私はあの子達を救わなければいけない。だから君にちょっと手を貸して欲しくて……」


* * *


「そういえば、昔は七猫と呼ばれていましたね……つまり、私はそれに了承して今ここに居るってわけです!」

「ごめん、全然分からないんだけど……。そういえば、結局あのお姉さんの名前は分かったの?」


「はい、私がセイシスト教会から逃げてきた日にやっと」

「で、名前は?」


そう訊ねると甘猫はどこか既視感のある雰囲気を漂わせてから口元に人差し指を当ててからこう言った。

「さぁ、誰でしょうか…本当はれいり様も気づいてるんでしょ?」


その瞬間、甘猫の髪が夕日に照らされふわっと広がる。

「さぁね?」

れいりは意地悪っぽくそう言った。


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