【第一章 - エピローグ】
宿を出た甘猫は情報屋に来ていた。
今からアイルーを迎えにいっても良かったのだが……甘猫には少しやってみたいことがあったのだ。
「えっと、その……新聞を一つ下さい」
「あいよっ、ところでお嬢さん。なんの新聞が欲しいんだい?天文新聞から、帝国の政治新聞まで色々あるよ?」
「そうですね……。では、魔法研究に関する新聞を一つ」
それから、甘猫は銀貨2枚をカウンターの上に差し出す。
「銀貨二枚だって!? こんなに貰っちゃ困るよ……お嬢さん。この新聞は銅貨1枚だぞ?」
驚きを隠せないままポカンとした店主は、それからしばらくして、何かに気がついたように尋ねた?。
「もしかして……お嬢ちゃん、セイシスト教会の孤児院出身かい?」
その質問に、甘猫はコクリと頷く。
「そりゃそうだ」
店主は笑いながら言った。
「どういうことですか?」
「いやぁ、うちの店にもたまに孤児院出身の子がくるんだよ……。その度に、皆揃って高い硬貨を出してくるんだよ。いやぁ、育ちが良い……」
店主は困ったように頭を掻きながら言う。
「そういえば、店主さん。この辺に美味しいコーヒー屋さんや喫茶店などは……」
甘猫の質問に、店主は少し考え込んだ後、右の方を指差した。
「そこの角を曲がってしばらく進んだ所に良い所があるよ。裏道だから人も少なくて、穴場なんだ。……名前は『メリュー・フィラディ』だったっけな……」
すると、店主は奥から新聞を持ってきてカウンターの上に置いた。
「ほいっ、新聞だ」
「それじゃあ、銅貨1枚、いや情報量で銅貨2枚です」
甘猫はカウンターに銅貨2枚をきっちり置く。
「よし、銅貨2枚だな。ありがたく気持ち、受け取っておくよ。またおいで」
甘猫は情報屋を後にし、店主おすすめのその喫茶店へと向かった。
喫茶店の扉を開けると、店員が甘猫の方に駆け寄ってくる。
「おひとり様ですか?」
その言葉に頷くと、窓側のテーブル席へと案内された。
「ご注文は……」
「えーっと、メニューを……」
すると、店員は焦ったようにカウンターの方へ走っていき、片手にメニューを持って、それをテーブルの上に置いた。
「誠に申し訳ございません。初めての方だったのですね……えーっとですね。当店のおすすめは…」
「大丈夫です。あの、コーヒーというものを飲んでみたくて……」
「コーヒーですね。それなら、獣人様用のカフェインレスコーヒーというものがございますが……」
「じゃあ、それを一つと……。そうですね、一緒にアイスクリームもお願いします」
「かしこまりました」
そう言って、店員はメニューを持ち、カウンターへと戻る。それから甘猫は、先ほど買った新聞をテーブルの上に広げ、外を眺めた。
喫茶店でコーヒーを飲みながら新聞を読む。
やろうと思えば誰にでも出来ること。しかし、案外そうともいかないのが現実であった。
セイシスト教会という狭い枠に閉じ込められて育った甘猫は、かなり自由の無い生活を送っていた。
セイシスト教会は、沢山の本を管理しており、帝国中の本が施設内に集まっていた。
したがって、施設の中には図書部屋というものがあったのだ。
利用時間は、一日、一人1時間半。とはいえ、どこを見渡しても聖書や魔導書ばっかりだった。
施設に入ってから約一年。全ての魔導書を読破してしまった甘猫は、聖書になんて微塵も興味が無かったので、図書部屋にある本をもう一度全て読もうと、本を見渡していた。
ーーすると、ある本が目に留まる。
「ラシアの冒険記ですか……」
今思えば、どこにでもあるような本だ。でも、この頃の甘猫にとってはとても新鮮なものだった。
内容は、ただの冒険談。
でも、外の世界に触れる機会の少ない人から見てみればこれほど輝いて見えるものは無かった。
その内容の一つにあったのが、サンクティアの喫茶店でコーヒーを片手に新聞を読んだという日常の一コマ。
サンクティアには喫茶店が沢山あり、どこも美味しいと有名な地。
昔、甘猫が抱いていた憧れの一つ。いつからか、そんな憧れという感情はどこか遠くに行ってしまったのだ。しかし、サンクティアを訪れ喫茶店を見た時、もう一度その憧れという気持ちを身を持って体験した。
しばらくしてーー
「はい、カフェインレスコーヒーとアイスクリームね。今日のアイスはバニラ味」
甘猫は、運ばれてきたコーヒーをそっと口に運び、口に含んだ。
ーーその瞬間、甘猫の体全身に稲妻が走る。
(にっ、二ガ…。苦過ぎます!どうしよう、しかし飲み込むしかないですよね?これ、絶対飲み物じゃないですよ!)
余裕の表情でコーヒを啜っているれいりを見て、甘猫はコーヒーを見くびりすぎていたことに気がつく。
甘猫は、なんとかそのコーヒーを飲み込む。しかし、咳込んでしまった。
すると、先ほどの店員が急いで駆け寄ってきて、心配そうに言った。
「大丈夫ですか?コーヒー初めてなんですよね……」
「だっ、大丈夫っで……す」
せき込みながら甘猫は答えた。
「全然大丈夫じゃないじゃないですか!特別に、喫茶店店員の私がにコーヒー初心者の君に良い事を教えて差し上げます!」
店員は小さいグラスを持ってきて、グラスの中にアイスを半分入れる。
その上からコーヒーをかけた。
「ほら、試しにこれ飲んでみてください」
そのグラスに口を付けた瞬間、甘猫の表情がパッと明るくなる。
「なんですか?これ、凄く美味しいです!」
「ですよね?」
それから、甘猫はコーヒーに丸ごとアイスを入れ、夢の時間を楽しんだ。
* * *
「それでは、またのお越しをお待ちしております!」
それから、甘猫が向かったのは近くの一番大きい魔導書店だった。
「アイルー様、ただいま戻りました」
「あぁ、甘猫。楽しんで来たようだね? でも、今は良い所なんだ。ねぇ、もうちょっと魔導書読んでも…」
「ダメです!帰りますよ?」
「えぇ、あともうちょっとだけ…あと、少しだけだから…」
アイルーは甘猫を必死に呼び止める。
「もう、そんなに読みたいんだったら買ってけばいいじゃないですか……」
「君、天才だね!」
アイルーは指をパチンと鳴らして、甘猫に向かってウィンクをお見舞いした。
結局、アイルーが買った魔導書は17冊程……、これでも魔導書屋の本をほとんど読んだそうな…。
* * *
「合計金額が金貨7枚とは……。普通の家なら大破産レベルですよ。一体何してるんですか?」
甘猫はキレ気味に言う。
「まぁまぁ、うちの家には三大賢者が2人もいるからね…。ほら、収入も安定してるしさ……しかも、これなかなか手に入らない古い魔導書だよ?」
「アイルー様は一体何の仕事を……」
ため息混じりに甘猫は言った。
「普段は、遠方のギルドでクエスト受注の手続きを色々と…。僕、仕事が早いから週2行くだけで良いんだよね」
こうして、アイルーの謎は深まるばかりなのだった。
「さて、僕と一緒に家へ帰るかい?とはいっても帰ったら少し面倒な用事があって、出かけなきゃなんだけど……」
「はい。そうさせて頂こうかと…」
アイルーは、甘猫の事を少し見つめてから指をパチンと鳴らす。ーー次に目を開けた時、目の前にあったのはれいり達が住む家だった。
「瞬間移動魔法を一日でそう何度も使うだなんて……。私でもまだ使えないというのに」
「そう?結構簡単だよ。今度教えてあげる」
アイルーは甘猫の方を指さしてウィンクをしてどこかへと歩いていった。
ここまで、ウィンクをするとはもしや、いやナルシストなのだろう…。
甘猫は軽くため息を吐いた後、れいりのお母様の部屋へと向かった。
* * *
お母様の部屋をノックをしてから扉を開けて周りを見渡す。
すると、如何にも怪しそうな小さい扉が山積みの論文の下に隠れていた。その小さな扉を開き、甘猫は階段を降りる。
「お久しぶりです。お姉さん?」
甘猫が微笑みながらそう意地悪っぽく言う。
どうやら、れいりのお母様が研究所送りになった後も、アイルーが看病をしていたようで……部屋はとても清潔な状態だった。
甘猫は、近くの机にカバンを置き、机の下にあった椅子をお姉さんの横たわっているベッドの横に置く。
それから、その椅子に座った。
とはいえ、何か話すわけでもなくしばらくの沈黙が続いた。しばらくした後ーー甘猫はお姉さんの顔を覗き込みそっと頬に手を当てる。
そして、お姉さんの顔に一粒の雫が滴る。
「お姉さん。もう少しこうしていてもよろしいでしょうか…」




