【第一章 - 24】敬愛なる親友
セイシスト教会を出た甘猫は、属性の紋章に触れ、そこに魔力を流し入れる。
そこから、応答したのはれいりの父であった。
「あの……どこから話せば良いのか……とにかく、れいり様が少し厄介な状況ですので、来て頂ければ幸いです」
「分かった。今すぐ行くよ」
れいりの父は言葉通りすぐに来た。いいえ、直後甘猫の前に突然現れたの方が正しいだろう。
「その…れいり様のお父様…」
「そんな、堅苦しい言い方じゃなくてさ。アイルーって呼んでくれても……」
「では……アイルー様。プロソポンの犯行です」
甘猫はキッパリと言った。
すると、アイルーは一瞬だけ目を見開き、それから甘猫に尋ねた。
「それで、プロソポンは何処にいるんだい?」
甘猫は、考える隙も無く答える。
「逃しましたよ」
* * *
再び、サンクティアに戻った甘猫は、検問所の列を静かに待っていた。でも、そこにいたのは甘猫だけではない。
その隣には、アイルーがいた。
どうやら、帰るための手伝いをしてくれるらしい。
検問所の列が戦闘になった時、カウンターの前に立った二人は、受付嬢に話しかけられた。
「身分証をご提示ください」
でも、受付の人にそう言われたアイルーは意味の分からない発言をしだしたのだ。
「今、身分証持ってないんだよね……ほら、僕だよ。僕、なんか顔に見覚えない?」
「身分証をご提示ください…」
わけのわからない状況に甘猫はその場に立ち尽くしてしまった。
その後、何分かこのやり取りを続け、我に帰った甘猫は仕方なく、服にしまってあったセイシスト教会のペンダントを職員に見せる。
「隣の人は、私の助手でして……。すいません変わった人ですよね」
甘猫は苦笑いして言う。すると、受付嬢は驚いた様にすんなり受け入れた。
「これは……。誠に申し訳ございません。どうぞお通り下さいませ」
無事に検問所を通過した甘猫にアイルーは訊ねた。
「あのペンダントそんなに凄いものなの?」
「知らないのですか……。これは……やはり、何でもないです…」
甘猫はため息をついて空を見上げた。
空は雲一つない青空で、空気もとてもすんでいた。
「全然答えになってないんだけど…」
アイルーは不機嫌そうな顔で甘猫を見つめる。
「別に、なんでもいいじゃないですか。知った所でなんの得もないですよ?」
「まぁいっか……じゃあ、今から、今回の事件の真相について教えて上げる」
* * *
しばらく歩いてーーアイルーが止まった場所は、正に聖堂の目の前だった。
「何故ここへ……」
「まぁまぁ、騙されたと思ってついて来きなって」
(いや、特に何も疑って無いのですが……)
甘猫は半信半疑になりながらも、そのまま聖堂の中へ足を踏み入れた。
「ほら……」
アイルーが指を差した場所は聖堂の中にあるガーデンであった。
正に、甘猫が昨日親友と会った場所である。
周りを見渡しながら、階段を登り、ガーデンへとつなぐ扉を開けると……目を疑う光景がそこにはあった。
「七猫っ!」
駆け寄ってきて甘猫を強く抱きしめたのは、甘猫の親友。
同行していたアイルーは気まずそうに言う。
「僕はこの感動的なシーンにお邪魔するのも悪いし……君の泊まっていた宿の片づけと、チェックアウトでもしてくるよ……」
でも、甘猫はアイルーに向かって鋭い目で睨みつけた。
「乙女の部屋に勝手に立ち入ってはいけません。私が全てやりますので、貴方はそこら辺の魔導書店で本でも読んでいてください」
「え、ほんと?魔導書あるの……じゃあ、そっち行ってくる」
「本当、変わり者ですね…」
思わずため息をこぼす甘猫を見てか、親友は微笑んだ。
「どうかしましたか?」
「いや、なんだか七猫も成長したなって…。あんなに泣き虫で、ずっと机に伏せていた甘猫が……」
良く見ると親友の目からは涙が溢れ出ていた。それを見て、甘猫は微笑む。
「泣いているのか笑っているのか良く分かりませんね」
そう言って、甘猫は親友の目をハンカチで拭った。
それから、甘猫達は少し、話をしたーー事件の真相を確かめるために。
親友は、甘猫と落ち合った後、そのまま舞台裏へと足を運んでいた。
しかし、そんなのも束の間、見張り官は親友をもう一度小屋に閉じ込め、どこかへ行ってしまったのだ。
「で、その後どうしたのですか?」
「それが、誰なんだろう……帝国の騎士かな……が来たんだよ。それで私を開放してくれて、それで今に至るってこと。それにしても、あの見張り官は何だったんだろう……」
正直、甘猫には心当たりがあった。でも、親友を心配させるのも良くないと思ったので、あえて親友には事実を伏せておいた。
* * *
甘猫が空を見上げた瞬間、風が吹いた。
「ねぇ、私が今から長い旅に出るって言ったらさ、貴方はどう思う?」
これは、ただの比喩表現であり、特に深い意味はない。でも、ただ気になったのだ、親友がどう思うのかを……ただ純粋に。
「うーん……私は応援するかな…。でも、もし二度と会えないくらい長い旅に出るつもりなら……」
親友は何かに気が付いた。そんな様子で、甘猫の頬にそっと手を当てた。
「毎日、甘猫が幸せでありますようにってお祈りする」
『本当にーーこの教会の人は皆狂っている』甘猫はため息をつくような、笑ったような呆れた顔をした。
「では、最後に一つだけ聞きたいことがあるんです。名前はなんと…言うのですか?」
そんな純粋な疑問に、親友はしばらくぽかんと放心状態になった後、笑い出した。涙ぐむ程に。
「こんなにもずっと一緒にいたのに……名前知らなかったの…?」
ようやく、笑いが治った親友は座っていたベンチからゆっくりと立ち上がる。それから甘猫の前で膝間づき右手を胸に手を当てた。
「改めて、私の名前はカーリッシュって言います。良い名前でしょ?」
微笑みながら、すっと顔を上げる。
「敬愛なるって意味ですか……。本当貴方らしい名前ですね」
まさか、最敬礼とは……甘猫も内心驚いた。
「それでは、私はこれで……また、会えることを願っています。次も…、またここで落ち合いましょう」
甘猫はガーデンから聖堂へと繋がっている扉を開ける。
そして、もう一度親友を見た。
最敬礼のまま止まっている彼女の瞳、いつもの麗しい赤色の瞳からは一粒の雫が流れ落ちていた。
* * *
聖堂から出た甘猫は、宿泊していたホテルに戻った。
「さて、まずは荷物をまとめましょうか……」
とは言っても、宿を殆ど使用していないため、そこまで片付ける物もなく、そこまで時間はかからなかった。
甘猫は掃き出し窓を押し開け、ベランダへと踏み出した。膨らんだカーテンが帆のように波打ち、隙間から入り込んだ風が彼女の髪をさらっていく。風に乗って届くのは、ほんのりと塩気を含んだ海の残り香。
「本当に……綺麗です」
聖堂の背後に鎮座する大滝には、降り注ぐ陽光をその身に湛え、砕ける水飛沫の一粒一粒が宝石の様な輝きを放っていた。
しばらく、景色を堪能した甘猫は、自分の荷物、兼れいりの荷物を持ち宿のフロントへと降りる。
「チェックアウト、お願いします」
静かな声で言う。
フロントに居た人は昨日とは違って、少し幼い子。どこか、はつらつとした雰囲気の子だった。
この宿を経営してる家の子供なのだろうか……。
甘猫はカウンターに銀貨7枚と銅貨3枚を置く。
「えっと、お会計は銀貨5枚と銅貨3枚のはずだけど…」
少し訛った言い方で少女は言った。
「いいえ、これで合ってます。少し利用時間が長引いてしまったので……。チップだとでも思っておいてください」
「おぉ、メイドの子ありがとよ!また利用してな」
甘猫はその子に、小さく手を振ってから店を後にした。




