【第一章 - 23】演劇
※これは即興演劇であり、物語本編といくつか入れ違う部分があります
一番最後の孤児院。
その扉の向こうにはロープで宙吊りにされていたれいりがいた。
「れいり様、ご無事でなによりです」
まだ殺されていなかった、そのことに安堵した甘猫はそう言った。
すると、れいり様が不思議そうな顔をして、甘猫が思ってもみなかった返事をする。
「なんで、私の名前知ってるの?そもそも、貴方は誰?」
「えっと、れいり様……冗談、はやめてください」
「冗談?何を言っているの…」
もし、この現状が本当なのだとしたら……と思うと背中がゾッとする。
すると、奥から見覚えのある顔が出てきた。
「こんにちは?かな。君は孤児院の子?いや…セイシスト教会の子みたいだけれど、何か用かな…」
「私は、もうセイシスト教会の子ではありません。それに……白々しく優しい風に見せるのはやめてください。私貴方のこと知ってますよ?」
彼は、甘猫がこの孤児院に居た時甘猫を含め上位5人を管理していたプロソポンという職員である。
ちなみに本名はサイザーというらしい。
「あぁ、懐かしいですね。あの裏切り者ちゃんじゃないですか……。なるほど。貴方は、れいりの専属メイド兼、サポートをやっていてれいりを助けにきたと…」
プロソポンが考え込んでいる。その隙を狙って甘猫は奇襲を仕掛けた。
とはいえ、こんな格上の相手に勝負を挑んだ所で勝てる気がしない。甘猫は真正面から堂々と戦うわけもなく、甘猫はれいりの首元にナイフを近づけた。
「さぁ、どうしましょう?今から貴方が動いたら私はれいり様を殺しますよ…」
ここからは心理戦、そのためか甘猫は不気味な雰囲気を漂わせる。
それを見たプロソポンは血の気が引いたような幸せそうな表情を見せた後、にんまりと笑ってこう訊ねた。
「いったい何をしているのですか?貴方が助けたいのはれいり様なのでしょう……それではれいり様をただ殺してしまうだけではないですか…」
「気づかない振りをするのはやめてください。貴方の目的は、れいり様の実験…そうですよね? 貴方は頭脳と勘、それに魔法まで帝国トップクラス。ですが、貴方は神を駆使する魔法を使えない…」
甘猫がここで言いたいことを要約するとーー死んだ者を生き返らせることは不可能とされている。しかし、甘猫のような隠れた天才や三大賢者、上級魔法使い。もしくはセイシスト教会の者はそれを可能にする力を持っている。
でも、この魔法には一つ弱点がある。それは、一分以内に必ず魔法を発動しなければ蘇生できないという事である。
そうだというのに、残念ながら今、この施設全体でそのような事ができるのは、甘猫たった一人だけ。
他の場所から呼ぶにも一分以上の時間を要すだろう。要するに、れいりを殺したら甘猫は立ち去り、チャンスはなくなる。
そのまま甘猫を逃がせばもう一度チャンスがあるともいえる。
この2つの選択を、もし普通を普通の人に提示したら必ず後者を選ぶはずだ。しかし、プロソポンはとても勘の働く男だ。
プロソポンはもちろん前者を選んだ。
プロソポンは、次の瞬間甘猫に向かって詠唱をした。
「ピェルス・メロディ」
余りにも早い発動に甘猫は、れいりの首を切る間もなく、そのまま結界を発動して、何とかその場を切り抜ける。
「あ、危ない…私、なんでいきなりこんな目にあってるの」
ブルブル震えながられいりは言った。
すると、プロソポンは落ち着いた声で言う。
「あぁ、大丈夫ですよ? このナイフは『セイクリッド・ナイフ』と呼ばれていて、このナイフで切った時の傷の治りが異常に早いのです。きっとこの子は浅く切ってそのまま貴方を連れ去ろうとしていたのでしょう……」
それから、プロソポンは大きく息を吸う。
「それに自分の主人を殺せるわけないじゃないですか…」
甘猫は、想定外の出来事に驚く。
「さて、では本戦と行きましょうか…。貴方ほど強い人は久しぶりなので楽しみです…」
「その前に、少し質問を……貴方、ここの孤児院の施設長になったんですか。いつの間に…」
プロソポンの胸元に付いていた施設長のバッジを見て甘猫はそう訊ねた。
「あぁ、君が脱走してくれたおかげでね…。君の脱走を止められなかったから前の施設長はもうとっくに追放されたのさ。で、私が君の脱走を止めるのに一番貢献したから昇格したってわけ」
プロソポンの説明を他所にして、甘猫は既に短縮詠唱を始めていた。
「シャイン・テイア」
それを見たプロソポンは少し苦笑いを見せる。
周りに浮かび上がった鋭い宝石が強い光を放ち、プロソポンに突き刺さろうとする。しかし、その宝石達はあっけなく砕け散った。
「あの、僕の話聞いてた…?」
この程度の上級魔法をいかにも簡単に崩すとは…やはりそう簡単に倒せる相手ではないようだ。
ーー今、宝石が砕け散ったのは結界と衝突したからという訳では無い。
彼が、甘猫の放った魔法術式を組み替えた。というのが妥当な答えだろうか…。
それにしても、これが本当に厄介なのである。
「どうしたのですか、その顔。はなから私が組み替えられないくらい頑丈で完璧な術式を描けばいいのですよ」
それと並行して「ーーサウンド・クラップス」とプロソポンは詠唱した。
甘猫は、れいり様と自分の周りに結界を発動させる。この魔法を直接受けたものなら、鼓膜が破れるか、幻覚でも見える。そんな、危ない魔法だ。
「本当に面倒くさいですね…。もういっその事最終手段を…」
プロソポンと甘猫、この二人は魔法能力といえば、甘猫の方がやや上。しかし、術式を書き換える魔法があまりにも厄介すぎて話にならない。
「最終手段って……そんな、大袈裟な…君が僕にれいりを引き渡してくれれば良いだけの話なのに…早く何処か行って…?」
プロソポンは手をシッシっとこっちに向けてやってきた。
「そもそも、こんな狭い部屋で本気なんか出せませんよ。たまに腕も鳴らしたいですしね…せっかくですから外でやりません?」
もちろんーーその誘いで逃げるわけではない。
施設には高い壁がある上、テレポートを阻止するため、孤児院全体に特殊な結界が張られている。
「いいですよ。君の本気……見せてもらいましょう」
プロソポンは、返事をしながらも甘猫に微笑みかけた。
甘猫が指をパチンと鳴らすと、いつの間にかセイシスト教会孤児院の中庭に変わっていた。
もちろん、れいりが逃げられないよう木にロープで縛り付けられたままだ。
「制限時間はこのコインが落ちてから1分。貴方が私に傷を付けたら、貴方にれいり様をお譲りしましょう。しかし、貴方が負けたら……いえ、まだこれは秘密にしておきましょう…」
このルールは、セイシスト教会に乗っ取った伝統的なやり方。
セイシスト教会では、強者同士の試合、もしくは実力に差があり過ぎる試合ではこういったルールが設けられている。
「もちろんです。その話、乗りましょう」
プロソポンの返答を聞いた甘猫は、指にコインを乗せそれを軽く投げた。そのコインが床に落ちた瞬間ーー甘猫はしまっておいた自分の武器を取り出した。
しかし、そうしている間に向こうの詠唱はとっくのとうに終わっている。
「ーブレイク・メロディ」
その魔法は、三大賢者の一人であるリフレイト『狡猾な魔術師』が開発した魔法だった。
魔法の内容を省略すると、音の周波数を調整し、物を跨いで攻撃できるというもの。この魔法は音属性に大革命を巻き起こした。
この魔法は防御結界まで通過してくる厄介者。でも、だからといってそこまで問題ではない。
防御結界を最大まで強化して、音を吸収できるくらい柔らかい結界を張れば良いだけの話。
結界を貼りつつ、甘猫はもう片方の手で拳銃を抜き取り、プロソポンをめがけて撃つ。
その銃弾のうち一つは当たったもののかすり傷程度で…。
結局その後、両者手を止める事なく叩き合ったものの、なかなか決着はつかなかった。
そして、甘猫は少し後退し地面に着地した後、拳銃を戻した手を地面に勢いよく叩きつけた。
「ティア・グレイス」
その瞬間ーープロソポンの上空に光の弓の矢が降り注ぐ。
「シィア・コントロール」
甘猫が次に魔法を撃つと、プロソポンが床に倒れ、光の弓たちが次々と直撃した。
それを見た甘猫は、彼の額に銃口を当てる。
「私の勝ち……ですね」
タイマーを見ると丁度1分の所であった。
* * *
約束通り甘猫にはなんのかすり傷もない。それに、プロソポンはまぁまぁな負傷具合。
よって甘猫の完全勝利である。
「あっはは……参ったよ。僕の完敗だね…」
満身創痍のプロソポンは、床に身を横たえながら自嘲気味に言った。
「……どうする? 僕を殺して、この不愉快な孤児院ごと消し去るかい?」
甘猫は静かに銃を収め、気絶したままのれいりを背負い直した。
「いいえ。ただ……れいり様のお父様には、今回の件、事細かに説明させて頂きますので。覚悟しておいてください」
「……お父さん?この子の親って……そんな怖い人なのかい?」
不思議そうにプロソポンは首を傾げた。甘猫はそれに答えず、ただ最後に一度だけ丁寧にお辞儀をした。
「えぇ。貴方が知らずに済んでいるのが、奇跡に思えるくらいには」




