【第一章 - 間章 2】紅月の祝祭
無事宿に戻ってきたれいり達は、部屋のベッドにダイブする。
それから甘猫と色々な話をしているうちに、外はいつの間にかすっかり暗くなっていた。
「もう、こんな時間…あっ、そうだ。 今日は紅月の祝日じゃなくて…こっちでは紅月の祝祭って言うんだっけ…今日って、その日じゃなかった?」
その言葉に、甘猫の表情が一瞬だけ強張る。
「えっと、その…あーっと」
「どうしたの?甘猫。……あ、なるほど、ちょっと苦手意識あるんだ…」
れいりは深くは追求せず、ベッドから降りてベランダへ出た。眼下では、滝の周囲に灯りがともり、人々のざわめきが波のように広がっている。
「ほら、もうすぐ始まりそうだよ。甘猫も一緒に見る?無理なら、ここで休んでてもいいけど」
「…せっかくですし。見ましょうか」
そう答えた甘猫は、れいりの少し後ろに立った。やがて、滝の方から音楽が流れはじめる。広場に設えられた舞台に、柔らかな光が落ちた。
* * *
ある日、街を日傘を片手に歩く少女が居た。
いつも通り、その美貌に人々は足を止め、自然と視線を向ける。だが、そんな中で、少女がただ一人、一目置く少年がいた。
「そこの君!」
声を掛けられ、少年は思わず足を止める。
「え、僕ですか?」
咄嗟に逃げようとしたが、少女は迷いなく少年の腕を掴む。
「そう、そこの君。ちょっと、あそこのカフェでお茶でもしません?」
彼女に導かれるまま向かった店は、庶民には到底縁のない高級カフェ。少女は、窓のカーテンを閉めてから、テーブルに肘をつき、組んだ手に顎を乗せて微笑みかける。
「あら、ごめんなさい。私、日光が苦手なもので…」
「いえ、いやそうじゃなくて、どういう状況なのか教えてもらっても……」
「君に一目ぼれしたから連れてきた。ただそれだけだよ?」
その言葉に、少年は一気に顔を赤くし、思わず両手で顔を覆った。
「あらあら…そんな反応まで可愛いのね」
少女は楽しそうにメニューを眺め、やがて顔を上げて店員を呼ぶ。
「このお店で一番渋い紅茶と、一番甘い紅茶をひとつずつ」
「かしこまりました」
ほどなくして、二つの紅茶がテーブルに並ぶ。
「れっと…僕は、どちらを飲めばいいんでしょうか…?」
「それはもちろん、両方よ」
「えっ…?」
「だって、まだ君がどんな味が好きなのか、分からないんだもの」
その一言に、少年は再び顔を真っ赤にし、ついには机の下にしゃがみ込んでしまった。
ーーこれが、後に伝説となる二人の出会いなのであった。
* * *
それから約一年が経った頃、少女の予言していた通り帝国全体は病に侵され疲弊していた。
「じゃあ、私はもう行ってくるから!」
「えっ、もう行っちゃうの?」
少年は、もじもじしながら少女に訊ねる。実は、病の流行により聖女である少女はいつもよりも忙しくなっていたのだ。
「ごめんね!帰ってきたら一緒に紅茶飲も?」
「うん…」
少年は落ち込みながらもそう了承した。
月日は流れ、冬が訪れた頃帝国全体の二人に一人はこの病に侵されていた。
少年もその一人ではなく、その病にかかってしまったのだ。
「大丈夫?ごめんね、私のせいで…」
「ううん、全然大丈夫。それに君のせいじゃっーー」
少年は、そう言いかけたところでせき込んでしまった。
「ほら、横にならないとダメでしょ?」
少女はヴァンパイアであるため、こういう感染症にはかからない体質、しかし、菌を持ち込むことは出来るので自分経由で少年にかかってしまったのではないかと、心配していたのだ。
それから、一週間ほど経っても少年の症状は一向に回復し始めず、逆に悪化するばかりだった。
「もう、僕はダメかもしれない」と少年が弱音を吐くくらいには酷い状況だ。
「そんな弱音は吐いちゃいけません!そんなんじゃ病気に負けてしまいますよ?」
しかし、そんなのは口先だけで少女もどこか心の奥底で少年が助からないのかも、と心配していたのだ。
そこで、少女はあることを思い付いた。
「もう、いっそのこと結婚しちゃえば病気が治ったりしませんかね?ほら、何か目標が出来ると劇的に回復したりするじゃないですか」
「…いいね。それなら、僕は君と結婚してみたいな…」
そう言った次の瞬間、彼の体に一瞬紅い光が走る。
ヴァンパイアと人間の結婚において、ヴァンパイアの方が人間へ血を飲ませるということが結婚の誓というものなのだ。
次の朝ーー彼の体調は劇的に回復していた。
「やっぱりね!目標があると劇的に回復するものなのよ!」
「…それにしても、少し早すぎる気が…」
「まぁ、良いのよ!元気になれば!」
結婚をした二人は子供が生まれ幸せな家庭を築いていった。
しかし、ある日の事…。
「エーオス殿、最近こんな話を耳にしてな…。お前のとこの旦那さんお前と結婚して病気が治ったんだろ?」
そう、セイシスト教会の司祭にある日そんなことを言われたのだ。
「ま、まぁそうですけど…」
「それって旦那さんに血を与えたから治ったんじゃない?なら、皆に血を分け与えれば!」
「それは、とっても良い考えですね!やりましょう」
言われるがまま、少女は川へと行き自殺し帝国全体へ自分の血を流そうと…。
* * *
そんな、シーンまでいった時、少女が何者かの乱入者によって森の方へと引きずられた。
「何なの?こんなに都合の良い話は、つまらないんだけど…最初の方は面白かったのに!紅月の祝日と全然違うっ」
宿のベランダから劇を見ていたれいりは甘猫にそんな文句をブツブツ言っていた。
するとーーなぜか、劇で少年役をやっていたクローマがいつの間にか着替えてベランダに入ってきた。
「あ、クローマ様。やはり、貴方だったのですね…劇を抜け出して一体どうしたのですか?」
「あのヴァンパイア役の子がたった今さらわれちまったんだよ!」
クローマが指した滝の上には確かに、先ほどの少女は見当たらない。それを今理解した甘猫は一気に顔が青ざめる。
「噓です…よね…。あの子がさらわれるなんて、犯人はあの子以外考えられない…」
甘猫は歯を食いしばり、なんとか冷静さを取り戻そうとする。
「でも、あの子どこ行ったの?」
「多分、私を孤児院に戻そうとしてるんだと…なら、やはり選ぶのはセイシスト教会本部孤児院…」
すると、クローマがポケットから何やら怪しいものを取り出す。
「ほら、ここに追跡魔道具が」
「クローマ様、何故そのようなものをお持ちで…」
「えっ、セイシスト教会の人は全員監視下に置かれてるから。まぁ、僕も例外じゃないけど…、立ち位置が上の方だとこういうのを使えるようになるんだ」
れいりは、その恐ろしい制度を知りセイシスト教会の怖さがより一層増して背中がゾっとする。
「とにかく、一旦善は急げって言うし、後を追おう!」
「かしこまりました」
そして、れいり達は自身に身体能力強化魔法をかけ、ベランダから屋根の上を飛んで滝の上の後ろにある森林の方へと走る。
「うぅ、夜の森林、今にもお化けがでそうですね…」
甘猫が怖いことを言うのでれいりもなんとなく寒気がしてきた。
「それにしても、クローマなんで普通にセイシスト教会のイベントに来てるの?掟破ったから記憶消されるんじゃ…」
「僕もそう思ってたんですけど、このイベントに必要な存在だから捨て駒には出来ない、だからまだ受け入れてくれるらしくて」
正直疑問点が多いばかりなのだが、とにかくクローマがセイシスト教会にとって大事な存在だということは理解できた。
「ところで、あの話途中から絶対修正したでしょ。なんか都合が良すぎてつまんなかったんだけど」
れいりは、怒り気味にクローマに文句を言う。心の中ではクローマが知るはずないとは思っていた、でも、どうにも怒りが抑えきれないのだ。
「そうですね…たしかに、あの話は途中から修正されてます」
「え、知ってるの?」
知らない前提で聞いたれいりはまさかの事態に驚く。
「まぁ、僕がなんでこのイベントに参加しなければならないのか…その理由も含まれてますから」




