【第一章 - 1】 朝の身支度
窓辺から光が差し込み、部屋の空気を柔らかく照らしていた。そんな、ある日の朝。
「……ま、まぶしぃ」
眩しさを感じつつも、れいりは布団にくるまり薄く目をあけたまま、ぼんやりと空を眺める。
視線の先にあったのは、一段と晴れていて雲一つないとても綺麗な青空だった。
れいりは空を見上げたまま大きなあくびをする。
「……リビング…行かなくちゃ」
なぜなら今日は三大賢者就任式の日なのだから。
寝ぼけた声で呟き、体を起こそうと寝返りを打とうと体をひねった瞬間「ドスン」と大きな音が部屋中に響く。
「いってて…」
寝返りを打てず床に落ちてしまった。
れいりは背中をさすった後、両手をついて立ち上がりふらつきながら一階のリビングへと、階段を降りる。
「おはよう、れいりちゃん。朝ごはん出来てるわよ」
「…ん、おはよぅ。お母さん」
リビングに着くとそこには朝ごはんが用意されていて、焼きたてのパンと紅茶の良い香りが部屋中に漂っていた。
「今日は、お母さんいつも以上に腕を振っちゃったわ! だって今日はれいりちゃんの三大賢者就任式だもの!」
三大賢者ーー
この帝国において最も博識で、魔術理論と歴史に通じ、研究において偉大な功績をのこした者に送られる帝国最高位に劣らない称号。
さらに、術式の実践適正も極めて高くなければならず、まさに文武文部両道の魔術師の最高到達点。
名誉の象徴であると同時に、国家機密や結界の中枢に触れることを許された存在なのである。
リビングの席に着いたれいりは、今更事の重大さに気づく。
テーブルに両肘をつき髪をぐしゃぐしゃっとかき乱した後、れいりは呆然と一点を見つめる。
「朝から元気ねぇ」
トーストを焼いていた母がからかうようにクスッと笑う。
「だって、なんか私が賢者なんて受け入れがたいっていうか……なんというか……」
とはいえ、もう決まってしまったことは後戻りは出来ない。
もう三代賢者になるしかないという運命から絶望感に苛まれ、朝から胃がキリキリして頭が痛い。
うずくまっているれいりを励ますようにお母さんがれいりに近づき言葉を続ける
「そうよ、三大賢者凄いじゃない」
「すごくないよ! なんで私選ばれたのか分からないし、うまくできる気がしないし…」
「あなたはね、自分で思ってるよりずっとすごいのよ」
なにかその言葉に救われたようにれいりは顔を上げる。
「三大賢者なんてただの称号に過ぎないんだから大丈夫よ…」
なんとか正気を取り戻したれいりは席に戻り、お母さんが机の上に置いてあるティーカップに出来立ての紅茶を注ぐ。
窓辺から差し込む光が、紅茶の表面をきらりと揺らす。
ーーそこに映っていた。
淡く、揺らめく空の裂け目。
それはまるで、光の反射が生んだ幻のように、かすかに紅茶の表面を横切っていた。
れいりはそれに驚きもせずに、それだけをまじまじと見つめた。
だってそれは慣れっこだったから。幼いころからずっと自分だけに視えてきた。
けれどそれが何なのか。なぜ誰にも見えないのか。それを知りたかった。だから、それを確かめるために三大賢者を目標にした。だから今日まで頑張ってきたのだ。
「…あ、もうこんな時間!」
れいりが紅茶のカップを机に置いたとき、空間に淡い音が流れた。天井の近くに浮かぶ魔道具のアラームリングが優しく揺れている。
「着替えてくる!」
階段を駆け上がり、自分の部屋に掛かっているローブを急いで羽織った。
それから寝癖を直そうと、鏡の前で格闘していると、背後から声がかかる。
「焦らなくても間に合うわよ。れいりちゃん」
振り返ると、ローブ姿のお母さんが腰に手を当てて微笑んでいた。
「今日は人生で一回しかない特別な日なんだからちゃん髪も結んでと可愛くしてよねっ」
「可愛く結ぶってどういう風にやるの?」
普段、常に神を下ろしているれいりにはヘヤアレンジやら可愛い髪の結び方やら、よく分からない。確か、最後に髪を結んだのは小学生の時だったような……。
「ちょっと髪貸して…お母さんがやってあげる」
お母さんは指先に魔力を集中させた。すると、れいりの髪がふわっと浮き上がり金色の糸が空気を泳ぐように形を整えていく。
最後に結い目の部分で光がぱっと弾けた。
「す、凄い! これって拘束魔法を簡略化してやったんだよね……」
「これなら輪ゴムを持ち歩く必要もないし、ほどけないから良いのよ」
髪は両サイドの髪が結われており下の髪は下ろしたままになっていて結い目からは薄っすらと虹色の光が輝いている。
「ごめんね、れいりちゃんの魔力、勝手に借りちゃって…でも、れいりちゃんの魔力で結わないと色々大変なことになっちゃうから」
「大丈夫、私もそれに関しては分かってるから……」
「じゃあ家を出ましょうか!」




