【第一章 - 13】『死灯蜜』と『星雫飴』
「こ、怖かった…」
少女は浅い呼吸を繰り返しながら、震える声でそう訴えた。
「ほら、ここならもう大丈夫。ね?」
れいりが声をかけ、しばらく背中をさすっていると、やがて少女の呼吸も少し落ち着いてくる。
「…大丈夫だった?私のお母さん、ちょっと変わってる人だから…驚かせちゃったよね」
「いいえ…大丈夫です。声が大きくて、ちょっとびっくりしちゃっただけなので…」
「そっか。それなら、よかった…」
れいりはほっと息をつくと、自分の部屋に隠していたお菓子を、魔法でそっと差し出した。「はい、これ」
「…なに、これ…?」
それは、れいりの大好物ーー死灯蜜だった。見た目は正直言って、不気味。黒い飴の中に入ったシロップは何故かぐつぐつと煮えていた。
本能が拒絶する、と言われても否定できない外見だ。
「え…『死灯蜜』ですか…?もう名前に『死』って入ってるじゃないですか…怖すぎます…」
「そう?見た目はちょっとアレだけど、結構美味しいんだよ?」
れいりは自信満々に続ける。
「中に酸っぱいシロップが入っててね、口に入れた瞬間、心臓がドクンってして…なんか一気に集中できるっていうか…」
ーーちなみに後になって判明することだが、このお菓子は暗殺にも使われる猛毒が使われている。
つまり、れいりは知らず知らずのうちに、致死量の毒を常食していたことになる。
「だ、大丈夫なんですか…?」
「平気平気!私、ヴァンパイアと人間のハーフだから!」
「それ、全然安心できる説明じゃないですよ…」
「多分、ヴァンパイアと同じで、死んでも生き返るはず」
「それは大丈夫の基準がおかしいです……もしかして、れいり様って日光、浴びられないんですか?」
「それに関しては人間のほうを受け継いだから大丈夫」
「なんと都合のいい遺伝子なのでしょうか…」
そこでようやく、れいりはもう一つ安全そうなお菓子を隠していたことを思い出した。
「じゃあ、こっちなら…」
差し出したのは、『星雫飴』
夜空のような色合いで、不気味さはまったくない。むしろ、回復効果がありそうな見た目だ。
「…! これ、いただきます!」
少女は猫のような瞬発力で、れいりの手から一瞬で飴を奪い取った。
「な、なにこれ…これ、なんていう味なんですか?」
少女はほっぺを押さえ、目を輝かせながら尋ねる。
「…甘い、かな…」
「なるほど…これが甘いというものなのですね…」
よほど気に入ったのか、れいりが飴を出すたびに、少女は素早くそれを奪っていく。
これが噂のわんこ麺という物なのだろうか。
* * *
「にしても…甘いもの、今まで食べたことなかったの?」
「はい…。貧乏で、そのあとも施設に入れられていたので…」
その言葉を聞いて、れいりはようやく思い出した。
ーーこの子は、きっとセイシスト教会の施設にいた子だ。
「…もしよかったら。貴方がいた施設のこと、教えてくれない?」
れいりはできるだけ優しく声をかけた。すると、少女は一度、視線を落とす。それから何かを思い出したかのように、小さく息を吸い、顔を上げた。
「…私も。ルミナお姉さんみたいに、強い人にならなくてはいけません」
そう言って、れいりに笑いかけた。
「でも…もし、また泣いちゃったら。その時は…慰めて、くださいね」
「もちろん」
れいりは、可愛いなぁと内心微笑みながらそう返した。
「えーっと…どこから話せばいいんですか?」
少女はそう言って、少し考え込む。
「え、そんなに長い話なの?なら、ざっくりと流れが分かれば良いんだ」
れいりがそう言うと、少女はどう答えればいいのか分からず、困ったような表情を浮かべた。
「それじゃあ、まずは…どうして施設に入ったのか?」
「分かりました…。そうですね…私も、あまりにも昔のことなので、はっきり覚えてはいないのですが…」
少女が少し言葉を探しながら続ける。
「私の家は、とても貧乏でした。お金に困っていた…という記憶は、あります」
「じゃあ、最初から孤児だったわけではないんだ」
「はい、……でも、お父さんはいなかった気がします…」
少女は自分の言ったことに疑問を抱く。
「あれ…?私、孤児じゃないのに…どうして孤児院に…」
「親と一緒に暮らしていても、家庭環境とか経済的な理由で孤児院に入ることはよくあるよ。だから、そこまで珍しいことじゃないと思う」
「そうだったんですね…確かに、そんな理由だった気も…」
少女は一生懸命記憶を辿ってくれたが、これ以上は思い出せそうになかったので、れいりは次の質問に移った。
「そもそも…どうして…孤児院からここへ来たの?」
「えーっと…その…」
少女が言いよどんだ、その時ーー部屋の扉がノックされた。
「ちょっと入るわねー」
そう言ってお母さんが部屋に入った、その時だった。少女は、突然泣き出してしまう。
「あら、どうしましょう…。カモミールティーを持って来たのに…。さっきはごめんね?l怖かったわよね…」
「お母さん。多分…それが原因で泣いているわけじゃないと思う」
れいりは、今起きている状況を簡単に説明した。
「あらら…そんなことがあったのね。孤児院のこと、私も気になるけれど…泣いてしまう程ってことは、もしかしたら何か大変なことが起きているのかしら…」
お母さんは少女にカモミールティを手渡す。
少女は一口飲み「…美味しい!」と、ぱっと表情を明るくした。
「それならよかったわ。どう?これで少しは落ち着いたかしら?」
「はい、もう大丈夫です」
少女はカモミールティーを一気に飲み干し、近くのサイドテーブルにカップを置いた。
……立ち直りが早すぎる気もした。しかし、れいりは「若いってこういうものなのかな」と、謎に納得をし、あえて突っ込まないことにする。
「えーっと……施設のこと、ですよね?」
少女は少し俯いてから、施設のことについて話し始めた。
少女の記憶がはっきりし始めたのは、施設に入ってしばらく経ってから。その施設では、生活に殆ど不満は無かった。
教育は整っており、食事も満足できる量が用意されている。そして、定期的に「魔術試験」と呼ばれるものが行われていた。
その試験で、定められた魔術をすべて習得すると、 孤児院から、近くのシスター養成所へと移される仕組みだったという。
「じゃあ…」
お母さんが得意げに言う。
「ルミナは、シスター養成所の先生だった…そういうことね?」
「まぁ、そんな所ですね。先生よりは…立場は、少し上だったみたいです」
それを聞いてれいりは、なぜルミナがあれほど強かったのか、ようやく腑に落ちた気がした。
「それにしても…シスター養成所に関わる人を、私たちの家で預かってしまって大丈夫なのかしら…セイシスト教会に連絡した方がーー」
れいりと少女はほぼ同時に声を上げる。
「絶対にダメ!」
「……分かったわ。でも、もし見つかってしまったらー」
そう言いかけた瞬間、廊下の向こうからクローマの声が響いた。
「その点については、問題ありませんよ」
「あら、話に加わりたいなら、最初から部屋に入ってくればいいのに」
「いえ…その、少女が怖がるかと思いまして…」
「もう大丈夫です。あなたは危険な人じゃないって、分かりましたから」
少女の言葉に促され、クローマは部屋に入ってきた。
しかし、その顔色はひどく悪く、目の下には濃い影が落ちている。
…結果として、少女は再び身をすくめた。
「さっきは平気だって言ってたじゃないですか…僕、何かしましたか?」
「うーん…その、目が…」
「死人みたい、って言いたいんですよね…」
「言ってない…けど、だいたい合ってるかも?」
「それは流石に理不尽すぎませんか!?そもそも、原因はそこのーー」
言い終わる前に、クローマは首根っこを掴まれていた。
「失言が多すぎるわよ?」
そのまま部屋の外へ連行され、扉が静かに閉まる。
「ほら、もう怖い人はいないわ」
母はそう言って、少女の頭をやさしく撫でた。
* * *
少女の呼吸はようやく落ち着き、やがて小さな寝息が聞こえ始めた。
「今日は、相当疲れたのでしょうね…」
お母さんは少女をベッドに寝かせ、布団をかける。れいりが指先を軽く動かすと、床に淡い魔法陣が浮かび、部屋全体を包み込む結界が張られた。
「今日はここまでにしましょう。続きはまた、明日…」




