【第一章 - 間章1】 とある神話
それは、はるか昔の話。
後に初代三大賢者として語り継がれるセイシスト・リオンが、ある街を訪れていた時のことだ。
その街は、毎年貧困に苦しんでいた。その主な原因は明白ーー街の近くに、竜の巣があったから。
竜災ーー
それは、街を壊し、人を奪い、復興のたびに借金だけを残していく厄災。そこで今回セイシスト・リオンに渡されたのはこのような任務だった。
「…この街に住む孤児を、なんとかしろ、か」
リオンは、渡された命令書を見下ろし、呟いた。
「なんとかしろって…随分と投げやりだな」
この街では、竜災によって親を失う者、帰らぬ者が後を絶たない。子供を優先的に守る人類社会において結果として、孤児だけが増え続けていった。
順当なのは孤児院の設立だろうか…。そう考えながら歩いていた時だった。
「前、ちゃんと見て歩いてください!」
ぶつかった相手の、鋭い声。
「っ、そっちこそ避けてよ。僕、運動神経悪いんだからさ」
少年だった。
だがーその姿を見た瞬間、リオンは言葉を失った。
骨が浮き出るほど痩せ細った体。
足取りは覚束なく、呼吸も浅い。
(……これは)
ただの衝突ではない。この街が抱える現実そのものだった。
(孤児か…この様子じゃ、まともに飯も食えていないんだな)
少年を一瞥し、リオンは小さく息をついた。
そして、ふと思いついたように口を開く。
「君、孤児なの?」
「…はい、そうですが」
少年はそう答えると、視線を落とした。
「だったらさ、少し詳しく教えてくれないか?条件はー飯を奢る。それでどうだ」
「え、いいんですか⁉︎…でも、他のみんなの分はないですよね?……それなら」
(みんな、集団で生活してるのか…)
「分かった分かった。他の奴らの飯も奢ってやるよ」
少年が顔を上げる。
「一旦、近くのレストランに入ろう。全員は入れないから、持ち帰るとかでも…」
「ダメです!」
即座に遮られた。
「みんなで食べないと意味ないです!」
「面倒くさいな」
リオンは舌打ちをする。頭を掻きつつ、観念したように言った。
「じゃあ、他の奴らがどこにいるのか教えてくれ」
「無理です!あなた態度悪いし! 一旦ここで待っててください。連れてきますから!」
そう言い残し、少年は走り去っていった。
「…信用ゼロかよ」
リオンは肩をすくめつつ、少年の背中を見送った。
近くに海があったので、リオンは海岸沿いに腰を下ろし、足を組む。
指先で魔法を展開し、湯を沸かし、しばらく紅茶を蒸すと、ティーカップに紅茶を注いだ。
ーーその瞬間。
街中に「ゴォーン」と大きな鐘の音が響いた。
だが、リオンは眉ひとつ動かさず、紅茶を飲み込む。
「…にっが」
思わず顔をしかめ、咳き込む。
「なにこれ。めっちゃ渋いんだけど。僕、いつもフルーツフレーバーティーしか持ち歩いてないんだけど?」
ローブの袖を探り、茶葉を確認する。
しかし、それはフルーツフレーバーティーでは無かった。
リオンは、静かに街を見渡す。
「僕のフルーツフレーバーティーを盗むとは…治安、最悪だなこの街」
そして、なぜか真顔になる。
「これはもう、なんとかしなくちゃいけないね。じゃないと、二度と安心してこの街に来れなくなる」
ーー極めて個人的な理由で、やる気が満ち溢れてきた。
「よし。解決方法でも考えるか」
そう思った矢先。
「…ねぇ、うるさいんだけど。ちょっと黙ってくれない?」
振り返ると、街の中心は壊滅状態。
兵士は散り散り、建物は崩れ、明らかに死傷者が大量に出ている。
「はぁ……兵士が全然機能してない。竜災対策どうなってんの? こんなの見たら、孤児が多い理由も納得だよ」
そう、先ほどの鐘の音は竜災警報だった。
リオンが空を見上げると、Sクラスの竜が、計4体。悠然と空を舞っている。
「三大賢者の僕が居る時に来るなんて…君たち、本当運がいいね?」
ふっと笑い、紅茶に砂糖を山ほど投入しながら、同時に魔術式を組む。そして、超甘々の紅茶を一口飲んだ瞬間ーー完成した魔法が発動した。
竜たちの頭上に巨大な魔法陣が展開し、そこから槍の雨のような光が降り注ぐ。
同時に、竜の真下にも魔法陣が形成され、落下する竜たちを吸い込むように飲み込んでいった。
(討伐完了…)
リオンが最後の一口を飲み干す頃には、空には竜の影も残っていなかった。
「はぁースッキリした。良いストレス発散になった!」
ティーカップを収納し、背中を伸ばしながら満足げに息を吐いた。
「じゃ、これで百年くらいは持つだろう…あとは定期的に三大賢者を向かわせれば、問題ない!」
リオンがそう満足げに背筋を伸ばした、その時だった。
「あっ、さっきのお兄ちゃん!」
背後から駆け寄ってきたのは、さっきの少年ーーそれに仲間を連れて来ていた。
「さっき竜を、ばばばばんって落としたの、お兄ちゃん? お兄ちゃんってすごいんだね!」
リオンは鼻を高くして胸を張る。
「ふっふん。やっと僕の魅力に気がついちゃったか…君、目の付け所がいいね」
「お兄さん、ちょっと調子に乗りすぎじゃない…」
仲間の一人が冷ややかに突っ込むと、リオンはむっとした顔になる。
「君、随分酷いことを言うね…?まぁいいや、ご飯を食べに行くんでしょ?」
少し怒り気味にそう言った直後ーー
「え、お店は全部、竜に壊されちゃったけど…」
別の仲間が、ぼそっと呟いた。
「は、嘘でしょ…」
「嘘じゃ無いわよ?」
その声は、少年でも仲間でもない。もっと年上の女性の声だった。
「…誰?」
思わず口に出してしまい、リオンは焦って振り返る。そこにいたのは、リオンの同期である三大賢者の一人だった。
リオンが紅茶に夢中で竜に気づかなかったこと。そのうえ、紅茶を優雅に嗜みながら竜を倒した様子が、どうやら遠隔で見られていたらしく…その後、こっぴどく叱られたそうで…。
しかし、リオンが竜を討伐し、街の被害を最小限に抑えたのもまた事実。
「いや、僕のこと魔法で見てたなら、もっと早く転移してくればよかったじゃないですか!」
「無理に決まってるでしょ?魔法の発動にだって時間がかかるのよ。私は同時並行で見ていたんだから」
…と、そんなやり取りはさておき。
その後、復旧を任されたのは例の同期、そして彼女は街の復旧に大きく貢献した人物となった。
『国からの補助金(※ミスによりリオンが三割負担)さらに百年に一度の竜討伐規定を定め、街全体に防御結界を貼り、竜騎兵の強化も進めた」
孤児問題についても、後にセイシスト教会のものとなる孤児院〈ヘリオス〉が設立され、ひとまず解決を迎えたのだ。
それからーー
リオンがこの街を訪れ、竜を討伐してから、約三年が経った頃の話だ。
ある日、孤児院〈ヘリオス〉に不審な女性が侵入したという。
「…さて。今から、楽にしてあげるからね」
そう言って、女は銃を構え、スキルを発動させた。
次、目を開けた時ーー孤児院施設全体に巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。拘束されたのは、職員だけ。
「…ちっ。器用なことしやがって」
職員の一人が、そう吐き捨てた直後ーー施設内に、乾いた銃声が響き渡った。
「一人目…」
女は、歪んだ笑みを浮かべる。
「次に、死にたいのは誰…」
その言葉に、職員たちは一斉に震え上がった。
「あら、誰も名乗りでないのね…」女は肩をすくめ、残念そうに続ける。
「…可哀想。楽に死ねないなんて」
銃をもっていない方の手で口元を抑え、女は嗤った。
「貴方、よくも平然と人を殺せるわね...!人の心が無いんじゃないの?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
次の瞬間ーー再び銃声が響く。
職員たちは息を詰め、手足を震わせ始めた。
そして、職員達は息を詰まらせ、手足が震え始める。
「あら、どうしたの?そんなに震えて」
女は愉しむように言う。
「立場が逆になると…人って、こんなにも脆いのね」
ーーその後、孤児院で何があったのかは、今も詳しくは明らかにされていない。
セイシスト教会の警備隊が到着した時には、職員は全員、すでに息絶えていたという。
死者:23人(職員全員)
死因「銃殺・餓死」
行方不明者:92人(孤児院養護児童全員)




