【第一章 - 12 前編】子猫ちゃん
扉を開けたその先に立っていたのはーー子猫ちゃん?
「いや、確かに子猫ではあるけど…」
扉の前に立っていたのは獣人族の少女。年齢は、13歳くらいだろうか。
金色の透き通る髪に、エメラルドグリーンの瞳。
しかし、髪は整えられておらず、服もところどころ擦り切れている。
何故、賢者として表舞台に出てから不思議なことがずっと続いているのだろうか。
「あの…」
少女は怯えた声で話しかけてきた。
「詳しいお話は後でで良いから。ほら、家に入って頂戴?」
お母さんはやさしく言う。
「もう日も暮れてきたし、こんな立ち話してたら風邪ひいちゃうわ」
れいりが空を見上げると、確かに西の空は赤く染まり始めていた。
「も、もうこんな時間!」
「別に、用事があるわけじゃないでしょう?そんなに焦らなくても大丈夫よ」
「で、でも…この時間まで戻らなかったら、セイシスト教会に怪しまれるかもしれないよ」
「そういうことは案外、どうにかなるものよ」
れいりがいいよどんだその時。
「…大丈夫だと思います」
少女が、はっきりと口を開いた。
「今、セイシスト教会では…それどころではないので…」
「あら…教会の事情に詳しいのね」
お母さんは一瞬だけ少女を見つめ、それから微笑んだ。
「まぁ、いいわ。さぁ、早く家に入りましょう?」
そう言って、少女の手を取る。
だがーー。
リビングが見えかけた、その瞬間。
少女は顔色を変え、母の手を振りほどいた。
「…っ」
逃げ出そうと扉に向かうが、鍵の仕組みが分からないのかその場に立ち尽くしてしまう。
「どうしたの?子猫ちゃん…」
少女は俯いたまま、かすれた声で答えた。
「...だって、セイシスト教会の人が…」
お母さんはそっと近づき、少女の頭を軽く撫でる。
「怖いの?」
「…はい。あの人たちは…」
言葉は、そこで途切れた。
「ねぇ、れいりちゃん。ルミナから何か聞いてない?」
れいりが考え込むより先に、少女が反応する。
「…ルミナ?それって、お…ルミナ様のことですか?」
「あら、貴方、ルミナを知っているの?」
少女は、少しだけ表情を和らげて頷いた。
「はい。ルミナ様は…とても優しい人です。私にとっては…母みたいな存在で…。もしかして、ルミナ様と顔見知りなのですか?」
一瞬、れいりは言葉に詰まる。
「…知ってる、というか。今、そのルミナが…この家にいるんだ」
「…どうしてですか?ルミナ様は、夕方には戻ると仰っていました」
その言葉に、れいりは一瞬、返答を失った。
何かを誤魔化せば、かえって傷つけてしまう気がしたからだ。
「ルミナちゃんはね、外出の途中で無理をしてしまって。今は休養が必要だから、うちで預かっているのよ」
空気を和らげるように、母は穏やかな声でそう告げる。
でも、少女はすぐ首を横に振った。
「…嘘です」
はっきりとした否定だった。
「ルミナ様は強い人です。それに、三大賢者の方と同行すると言っていました。疲れたから泊まるなんて、そんな説明では納得できません」
そう言って、少女は一歩前に出る。
「…何か、隠しているはずです。特に、そこのお姉さん」
その言葉に、胸の奥がざわつく。
ルミナの名前を出されただけで、心が揺れた。
「…だったら」
お母さんが、静かに口を開く。
「だったら…あなた自身で確かめてみてはどうかしら。大切な人のことなら、噂や言葉じゃなくて、現実を見るべきだと思うの」
少女は、一拍置いてから頷いた。
お母さんは少女の手を取り、れいりの部屋へと向かう。
そのすれ違いざま、耳元で囁かれた。
「クローマの見張り、お願いね」
母はそのまま歩み去った。
* * *
リビングではクローマが一人、窓に寄りかかって夜空を見つめていた。外の闇を眺める横顔は、どこか考え込むように静かだ。
「あ、れいり様。戻られるのが遅かったので、心配していたのですよ…」
振り返り、柔らかく笑う。
「この季節は、日が沈むのが本当に早いですね」
凍堕の季ーー
この世界で最も早く太陽が堕ちる季節。十二ヶ月ある一年の、最後の月である。
「…そういえば」れいりは、ふと、その季節名に疑問を覚える。
「この季節の名前。堕ちるじゃなくて、堕ちるだよね」
クローマは一瞬だけ目を細め、そして頷いた。
「えぇ、物理的な『落下』ではなく、墜落の堕ちるですね」
彼は、淡々と続ける。
「それには、セイシスト教会に伝わる神話が関係しています」




