【第一章 - 10】ただの通りすがり?
「誰…⁉」
木の影から現れた男は冷酷な視線でこちらを見据えていた。
「まさか、同行者が三大賢者だったとは…」
その男の胸元にはセイシスト教会の紋様が刻まれたブローチが付けられていた。
「貴方は一体どこから入ってきたの?」
「さぁ」
ルミナの息はどんどん荒く、苦しげなものへと変わっていく。
「ルミナ。このままだと死んでしまいますよ…どうするんですか、お嬢さん?」
「どうするも何も、一体ルミナに何をしたの…」
「そんなこと、そう容易く教えるわけないじゃないですか」
男はクスッと笑ってから、何か思いついたようにぱっと顔を上げる。
「じゃあ、こういうのはどうですか…?少しゲームをしましょう。ルールは簡単。一分間私の相手をして頂きます。僕が貴方にかすり傷一つつけることが出来たら僕の勝ち。反対に、君が僕にかすり傷一つをつけられたらあなたの勝ちです」
「あなたが勝ったら、ルミナに何が起きているのか教えましょう。これでどうです?」
「もし、引き分けだったら…?」
「その時は、貴方の勝ちです」
『三大賢者にかすり傷一つつけてみろ』だなんて、自分から負けを認めているようなものだ。
それでも、三大賢者に挑む自信があるということは、相当の実力者なのだろう。
しかし、このままルミナを放って置くわけにもいかない。
「分かった」
その瞬間ーーれいりの頭上から何かが降りかかってきた。
「…っ⁉」
れいりは、とっさに右へ身をずらしそれを回避する。
「なかなか良い処理速度ですね。ただ反射神経はどうかと思いますけど…」
「私、一応三大賢者なんだけど…」
れいりは、じっとりと冷や汗をかいた。
三大賢者と互角に戦ってくるなんて。セイシスト教会は、バケモノぞろいの集団だったのだろうか。
その時ーー背後から何かが近づいてくる気配を感じた。
れいりは空中へ飛び上がり、木の上へと移ると、収納魔法から自分の武器ーー刀を取り出した。
「君は、刀を使うのですね。珍しい…」
れいりは、鞘から刀を抜き、そのまま木から飛び降りて、斬りかかる。
ーーしかし、目の前から、男の姿が消えた。
(後ろに回られたかっ…!)
れいりは即座に、自分の周囲へ防御結界を展開する。
「ちっ、そう来ましたか…」
恐らく、刀の構えで次の攻撃を読まれてる。このまま刀で戦いつづけても不利だと判断し、れいりは刀を再び鞘へ収めた。
「降参するのですか?」
「ちょっと戦い方を変えるだけ」
れいりは「身体能力強化魔法」を発動する。
次の瞬間、ルミナの元へ駆け寄り、腰のベルトに付いていた拳銃を手に取った。
そして、わざと無邪気な声で言う。
「ねぇ、銃って、どうやって使うか知ってる…?」
男は一瞬だけ目を細め「…知るわけないです」と吐き捨てた。
れいりは口の端をわずかに上げる。
「へぇ。使い方、知らないんだ」れいりはそう言ったと同時に引き金を引いた。
男は軽く身をひねり、銃弾を回避する。
ーーしかし。
弾丸が地面に突き刺さった途端、そこから青白い稲妻が迸り、男の足元を走った。
「っ…!」
男の動きが一瞬だけ止まる。
れいりは男に向けて拳銃を構え、もう一度引き金を引いた。
「あれ、この銃連射性能ないじゃん…」
「あなた、銃使えないんじゃなかったでしたっけ?」
銃弾を回避しながら、男は皮肉混じりに言う。
「私が銃を使えないだなんていつ言った?それに、もう一分経った」
れいりは魔法でタイマーを表示し、にっと笑う。
「それに、ちゃんと傷もつけたしね?」
「まさかこの僕が負けるとは…三大賢者はやはりレベルが違いますね。それはそうと、負けてしまものは負けてしまったので、約束通り教えて差し上げましょう」
男が説明を始めようとした時、れいりが文句をはさむ。
「私、そんなに舐められてたの!?」
「今はそこじゃないだろう?ほら、ルミナを見てください」
「確かに」
ルミナに目を向けると、意識こそ保っていたものの今にも気を失いそうな状況だった。
「ルミナの状況を一言で表すと、呪われたというのが妥当でしょうか…」
呆れたように男は言う。
「この人がセイシスト教会にとって不都合なことを言うから…」
「だからって、呪っちゃだめでしょ⁉」
「まぁまぁ落ち着いてください、この呪いをかけたのは、私じゃない…。それに今ならまだ間に合います。今すぐ呪いを解けば、記憶喪失くらいで済むと思います…」
「じゃあ、何で戦いなんて…、それに何で此処に?」
「色々と事情があって…本当に奇跡的に遭遇しただけなんです」
「それで、呪いっていうのは?」
「私から言えることは殆どありません。ただ一つ言えるのは…そのブローチ」
男は、ルミナの胸元に視線を向ける。
「このブローチを媒介に、遠隔から呪いがかけられた、ということだけは確かですね」
その言葉を聞いてれいりはようやく理解した。
ーーつい先ほど、ルミナのブローチから一瞬だけ魔力が見えた理由。
にしても、なんと卑怯なやり方なのだろう。
「で、ルミナの呪いをどうやって解けばいいのか…もちろん、知ってるよね…?」
その言葉に、男は反射的に一歩引き下がった。
「そっ、それは…私も知らないというか…」
「へーっ。本当に、本当に知らないんだよね?」
怒っているのか、笑っているのか分からない声色で、れいりは一歩踏み出す。
「ほ、本当に知らないんですっ!」
「じゃあいいよ。私の身内に、そういうの得意な人がいるから、その人に見てもらう」
その言葉に、男は思わずほっと息をついた。
ーーが。
その様子が気に入らなかったれいりは、にっこりと笑って付け加える。
「もちろん、君もセイシスト教会代表として一緒にくるんだよ…?」
男は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、特に反論はしなかった。
ーーまだ、この先に何が待っているのかも知らずに。
れいりは足元に落ちていた枝を拾い、地面に線を引き始める。
「…何をしてるんですか?」
「魔法陣を描いてるの。こうすればすぐ移動出来るでしょ?」
描き終えた線の上に、れいりは指をそっと置いた。
すると、魔力が液体のように流れ込み、魔法陣全体へと広がっていく。
「じゃあ、この上に立って」
ルミナは、地面に倒れ込んでいたルミナを抱きかかえる。ルミナを抱いたまま、れいりが右手をぎゅっと握った瞬間ーー
視界が、一瞬白く弾ける。
気づけば、目の前の光景は一変していた。
そこには、一軒の家がぽつんと建っている。
「お母さん、ルミナがっ!」
その声に応じて、家の中かられいりの母親が顔をだした。
「あらら、それは大変ね。…あら、お客さんもいるじゃないの」
その隙をついて、こそこそと逃げようとした男の腕を、れいりは片手でー「ガシッ」と、つかまえた。
「ちゃーんと、詳しく聞かせてもらうから…」




