(Part63)クックックッ……黒マダンテ
そのときだった。まさに、そのときとしか形容できない刻だった…!
「──!」
目を背けなかった秋野だから見えたもの。それは、切断されて吹き飛ぶ仲間の身体ではなかった。……どす黒い球…!
轟音…。
「「「…」」」
秋野、金田、機堂、そしてアーク。4人は轟音を聴き入っていた。
…。音が止んだ。舞う砂は空気よりも重いがために時間をかけて地面へ還ってゆく。中から姿を表したのは、どこかで見たことのある形をしたものだ。
このとき、まず声を張り上げたのは金田だった。それを、一緒に倒れていた秋野は見守っている。
「彩扉先生…」
-そこには、いつか授業を受けたことのある…とある[数学教師]がいた。
「先生、は…元、だけどな」
少し笑って、彼は汗を拭いた。
「…あ、」
アークがポソリと言う。
「今、金田さんの神になるための権利が増えました…53、ほど」
次に間抜けに声を吐いたのは秋野である。続いて金田。
「…あ、」「え?」
どうやら、彩扉が魔法を使って代わりに倒してくれたらしい。その魔法で神候補たる土の魔法使い・孔は気絶、【負】けを体が認めてしまったのだろう。
かくして、戦いは終わったらしい。…最後、思いもよらない方向に突っ走っていきながら。
しっかし…。
彩扉は笑いそうになった。
ずっと前に、俺は自らの手でこいつらを殺そうとした。でも今度は、こいつらを助けた…んだよな?
と思うと、途端におかしかった。
去年、7月。神の座を巡る戦いの始まったその日、彩扉は金田…そして秋野を殺そうとしたのだ。当時神候補だった彼は、そうしてまで神になるための権利をかき集めたがっていた。また、公園では、金田を殺す計画の邪魔となる秋野も殺そうとしていた。…ふと思い出す。
「そういえば、あの日…秋野と戦った夜もお世話になったなぁ…」
と言って、携帯を取り出す。かけた先は…救急円盤だ。
とにかく色々、言いたいことがあったが、少し喋ろうとすると泣きそうになる歳を取った涙腺を恨みながら、ちびちびと口を開くしかない。
「しかし…便利だよな、救急円盤は。昔、地球の救急車から着想を得た知恵使いが作ったらしい…。アダムスキー型UFO…を真似して作られた、空飛ぶ救急車なんだと」
…雑学をつい言ってしまうのは、教師時代からの癖だ。
何を言ってるんだ俺は…。真に聞くべき事は、山ほど……。秋野、金田、機堂。そちらに倒れているポニーテールも、前あったことがある。お前たちは…今、何をしている?どうしてこんな目に?金田、お前 まだ神候補やってるのか?
そこまで口に溜めて…いや、と思いとどまり、呑み込んだ。今言ってやるべき言葉は、元々教育者だったから思いつくことができたのかも知れず、
「もう…大丈夫だ」
と言う。
ただ2人には、あまりにも、その言葉…。秋野はつぅーーと、金田は ぼろぼろと、涙は落ちてゆく。
いつも迷惑をかけて申し訳ない、直利病院…。秋野はぼんやりとそんなことを思った。
6人収容可能な病室。一つは空いている。
「…なんで?」
秋野はボソリと声を落とす。あまり大きな声は出せない。
「医療関係者には頭が上がらないよネ。」
「なんでお前がいんだよッ!!」
秋野の隣には、土の匂い…土臭い魔法使いがいた。孔土文。
規律使いが口を挟む。
「きっと、もう大丈夫でしょう。孔さんの持っていた神になるための権利は、既に全て秋野さんに渡っていますので…戦う理由もないでしょう」
「それ以前に、戦える体じゃないネ。全身骨折ネ。」
全身骨折…なんてことはなかったが、ここにいる5人は全員、疲労困憊 満身創痍だった。
病院も驚いたことだろう。網目状にビッシリと敷かれた法が支配するこのご時世に、魔力切れで5人同時に病院行きになっているのだから。
魔力切れというものは日常でまず起きることはなく、喧嘩…程度では魔力は使い切らない。殺し合った結末としてよく待つものなのだ。
ガラ…。
扉がスライドされる。
「彩扉先生。」
入ってきたのは、ここのベッドにくたびれているやつらに病院を手配した張本人。魔法『魔弾手』の使い手、彩扉。
「元気そうではないけど…皆さん少しはマシになったのかな?」
金田は微笑みながら、
「でも意外だなぁ。助けに駆けつけたのが、先生だなんて。すごい偶然」
と言う。
「ああ、実は…」
ここまで言ったとき、開きっぱなしだった病室の扉をまた一人、くぐり抜けた。そよ、と風が吹く。
「妻が」
入ってきた。
入ってきたのは、彩扉先生の妻であり──ずっと前に金田は会ったことがあった。
「ハルさん…!」
会ったことがあったのはずっと前、彩扉先生が神候補をやめたばかりの時代だ。
「こんにちは」
両手をふりふりと、可愛らしげに動かす。若い。
「ハルが規律使いで良かったと思うは何度目だろう。…妻は規律使いだ。だから、神候補の存在に気づいたんだ」
しかし、とアークがふと思う。
「神候補だからといって、駆けつけたのですか?その神候補が秋野さんや金田さんだとは限らなかったのでは…?」
「ああ、と…そちらは規律使いの方か」
彩扉はアークの方を向く。包帯をぐるぐる巻かれた、翼と思われる部位が痛々しい。
「言うのは恥ずかしいんだけども…言ってしまえば、罪滅ぼしに過ぎないな。俺は、自分の生徒を自分の手にかけたことがあった。でも、それはあまりにも愚かなことだった。だから、もう二度と、生徒を…」
「そうでしたか…。言いづらいことを言わせてしまい、すみません」
秋野は、今なら彩度先生を心の底から許すことができた。金田よりは少し遅かったが。
そして、秋野は小さな少女ながら、やはり実感する。神候補の、神になろうと思った理由、原動力の強さを。重さを。覚悟を。
「…」
「…彼女が秋野ちゃんね」
突然!ギロリという擬音が聞こえそうだった!
彩扉を強く睨みつけた、両腕が義手の彼女は、彩扉ハル。しばらく秋野の方を向いていたと思ったら、急にどうしたのか。
「はい…」
か弱い声で彩扉は返事した。
「ちょっと失礼…」
と言うと、ハルは右の義手で、ぐい、と彩扉を力強く引っ張った。病室から2人が消えてゆく。
ベッドで安静にするよう言われた秋野には、綺麗で清潔なレモン色の病室を見渡すことしかできない。
「ど、どうしたんだ?」
と、不思議がってみせる。
「さあ…」
金田が特に無い適当な意見でも述べようとしたその瞬間!バシーン!と酷い音が聞こえた。
「…い゛っ」
と遅れて、彩扉の、抑えた声の叫び。
突然すぎて驚いた。なんなら、孔も驚いた顔だった。少し前まで驚異的な土の魔法使いだったが、神候補をやめてからただのオッサンに見えてきた。相当すごい魔法使いであることに変わりはないのだが…。
「なにが…」
とにかく部屋の外で何が起きたか聞いてみる。いや、聞かなくても、真っ赤に、真っ赤になった彩扉の頬を見れば分かる。
「この処分に文句はない。……秋野と金田を殺そうとした俺は、つまり彼女に引っ叩かれても仕方ないということだ」
かしゃんと音を鳴らし、右の義手を付け替える、彩扉ハル。攻撃用の義手にでもしていたのだろうか。
攻撃用の義手は流石に痛いな…。
と彩扉は頬をさすった。攻撃用の義手は、ある。
ハルは、キッと目に力を入れる。
「…秋野さん、金田さん」
「?」
そして、これ以上なく綺麗に頭を下げる。
「ごめんなさい。私のせいで。私のせいで、2人は危険な目に遭ってしまった」
「「!」」
多くは言わなかったが、ハルのその態度は真剣そのものだった。
「そんな──」
いい返事を思いつく前につい口を開く秋野の声を─遮る声─
「なんなのかネ?お涙頂戴モノ的な展開は他所でやって欲しいネ。」
孔にとっては訳の分からない展開だ。神候補と戦っていると思ったら、部外者が急に攻撃をしてきていつの間にか勝負に負けていたのだから。
「む…なんだよ、お前。私たちに負けたくせに」
難癖。
孔は、
「別に、そこの男が急に余計な手を出してきたってだけで、お前たちには負けてないネ。」
とだけ言うと、二度と口を開くことはなかった。
いつまでも病院に居るわけにもいかず、しばらくすると彩扉は去ることになる。できることなら、あと10時間、10日間だってずっと謝り続けたいところだったが。
最後に一つ、これだけを彩扉は聞きたかった。
「ところで…まだ、神候補続けてたんだな、金田」
彼は、秋野が神候補になったことを知らない。金田だけが神候補だと思っている。
「はい」
「金田…今日、俺が魔弾手で邪魔をさせてもらった、そこのベッドにいる魔法使いだが…」
彩扉は孔をチラリと見て、震える右手に左手を少しあてがう。そしてこう続ける。
「恐ろしく強い。…あのとき使っていた槍のような魔法、本当は俺の最大魔弾手でも通用しない代物だ。ずいぶん疲れていた様子で、助かった」
言いたいことは一つだ。
「俺が神候補だったときは考えが甘かった。きっと、これから神候補を続けるとなると、あれ以上の強者と巡り会うことは必然だろう」
なのに、
「まだ続けるのか?」
今度はアークの方を見る。
「あんたが、金田のペアの規律使いか?俺が言えた立場じゃないが、どうしてこんな中学生…子供に…」
「それは──」
そもそも彩扉が思っているように、ご存じ、アークは金田に最初の神になるための権利を渡した規律使いではなかったが、アークはそれでも心が痛んだ。
結局、そうなのだ。神候補の子供達をアークはどう扱っていいものなのか、ずっと悩んでいた。秋野、金田、また機堂の、覚悟は知っていた。知っていたが、悩まずにいられる理由にはならなかった。
ここで、ご本人からの回答だ。金田が口を開く。
「俺は…神候補を続けます。決して、軽くない理由を持ちながら」
それは、決して、軽い言い方ではなかった。
金田が…金田の仲間が、何を背負っているのかは彩扉に見えなかった。だけども、見えないほど大きなものであることは伝わった。
「そう…か…」
「いやーッ、しかし、彩扉先生ねェ」
去った後に、機堂は喋ってみる。
「お前らを殺しかけたようには見えへんなァ」
「はは…機堂の言う通りだ。俺も、俺らを殺しかけたようにはちょっと見えない」
「まァ、とにかく伝わッたようやな、お前の覚悟」
「そうだな…」
良かった。そして、覚悟はこれから、それまで以上に必要とされる。
「よっし!…でも、これから私たちはまず、大仕事が一個ある…!」
秋野が拳に力を入れる。
金田、機堂、アークは頷く。
「うん!」「せやな」「はい…!」
内容を端的に言っただけでは笑われてしまいそうな内容だが、それが大仕事の全てだ。そう、
「化物退治といきますか…!」
目指すは桃源共和国。孔を遣わせた、化物共を束ねる化物ボスを、倒しに向かわなくてはならない。
-[秋野]は勇気を振り絞って、やる気になる。一体どれほどの強者共が桃源共和国で待っているのかは分からないが、やるべきことは分かっている。
そうさ。私は、最悪なことに、世界を救う義務がある。
と、胸にグッと力を秘めた。
そのとき、孔が突然立ったものだから、4人はビビり散らす。
「!?…もう立て──」
もう立てるのか!?早すぎる!!
こう秋野が取り乱すのも当然だ。よく思えば敵が同じ部屋にいて、ただ仲良く一緒に眠っているわけにもいかない。
だが、あそこまで戦って、彩扉先生の強力な攻撃も喰らったのに、こんなに早く復活されてしまっては…あまりに怖い。
4人が警戒する中、そいつは意外なことを言った。しかし、望んでいたことだった。
「何を勘違いしてるのか、分からないけどネ。もう俺に戦意は無いネ」
アークがすかさず訊ねる。
「では、急に立ち上がって何をするつもりですか」
「神候補を失格している今、お前たちと戦う理由もないネ。ここから去る。いつまでもこんなとこにいられないネ。」
「そうですか…」
最後のアークの声はもはや聞こえてすらいない様子で、孔はガラリと病室の窓を開けた。
ガ、と窓枠に左足をかける。まさか。ここから飛び降りる気である。
しかし、クルリと振り返り、
「もう失うものも無いネ。俺ほどの凄いやつなら、これからどうとでもなる。」
続ける。
「何も失うものが無いついでに、元、所属していた団体について少しアドバイスしてやるネ。」
桃源共和国の例の話だ。
「ボスは、恐ろしく強い。俺が見てきた力使いの中なら、間違いなく、ダントツで一番ネ。…あれは人間じゃないネ。ずっと前、酔ったときにボスは『俺は不死身だ』とほざいたこともあったがネ…嘘とは思えないネ。」
「…」
「ボス…いや、アイツと戦いたいのなら…例えばそこの氷の魔法使いの少年。氷の盾で、トラック程度は防げるようになるべきだネ。」
「……」
なにがアドバイスだ、というのが全員の感想である。ただの化物の化物じみたエピソードだ。
「ま、そんなところかネ。じゃあネ…!」
ヒュッ!彼は夕焼けの染める地面の待つ、下へと消えていった。
とりあえず、強がってみる。
「び…ビビらせやがって」
体は正直で、ばくんばくん鳴る秋野の心臓の音は、自分以外にも聞こえてしまいそうだった。
「しッかし…怒涛の日やッたな…」
「機堂の言う通りだな。でも、明日からはもっと怒涛の日々が流れることになりそうだね」
「あァ、それもせやな。正直、今にも狂いそうなほど不安やなァ…桃源共和国の化物退治…」
機堂と金田が唸っているところを、秋野も参加する。
「はぁーーッ!急に自信なくなってきたよ!畜生!」
「何 急に自信なくしてんねん。急すぎてビビるわ」
「どうして私は、世界を救う役割を担ってんだよぉーっ!」
ごもっともと言ったらごもっとも…なのだろうか。
しかしいつまでも立ち止まって燻っているわけにもいかない。金田が、病院に迷惑がかからない程度…つまり結局小さな声だが、声を張り上げる。
「でも、俺たちはやっぱり倒さなければならないんだよな…神になって悪さしようとしている神候補を。よし、まず何か策でも練ろうよ」
「そうですね」
アークも賛同だ。
機堂も真剣に、化物退治に取り組もうとしていた。
「秋野は何か案ある?孔のボスを倒す案」
金田が聞いてみる。相手について分かっているのは、恐ろしく強い力使い、ということだけだが、そこからでも何か策は考えられるはずだ。例えば、これから提案される秋野の案は、
「クックックッ…メテオ呼ぶ。」
「あかん、壊れとるわこいつ」




