第三話 その先のオチは、まだ誰にもわからない
アデライードは何も言わず、彼の言葉に耳を傾ける。
「兄上の件については、宮廷でも様々に言われています。私は兄上のように傲慢ではないつもりです。けれど、人を惹きつける話術があるわけでもありません。誰かが私の言葉と場を保ってくださる人が、私には必要なのではないかと……そう考えました」
「…………」
「誰が適任かと考えたら、あなたしか思い浮かびませんでした」
「…………」
「ですが、考え直しました。それでは兄上と同じです。あなたに、私の不足を隠す役目を押しつけることになる」
庭の木が初夏の風に揺れていた。
アデライードは窓の外に目を向けると、カップを置いた。
「では、殿下は私に何をお求めですか」
「力を貸していただきたい。王太子妃として、というわけではありません。まずは……顧問という形で、宮廷に戻っていただけないでしょうか」
エドマンドは、まっすぐアデライードを見た。
「私の言葉が誰かを傷つけそうなとき、教えていただきたい。私が気づいていないことを、指摘していただきたい。私が間違っているときは、間違っていると言っていただきたい」
ヴィルフリートは、人の目を見て謝ったことがなかった。
怒るときも、命じるときも、話すときも、どこかいつも相手の少し上を見ていた。
けれどエドマンドは、視線を逸らさない。
灰色の目が、真っ直ぐにこちらを向いている。
「殿下。ひとつ伺ってよろしいですか」
「どうぞ」
「今日、ここへ来られる前に、どのようなお話をなさるか、考えてきましたか?」
「考えました。考えをまとめるために、紙に書き出し、三度書き直しました」
「書き直した」
「ええ。最初は、もっと威厳ある形で依頼しようとしたのですが、読み返すと、ひどく高圧的で。それを直したら、今度は卑屈すぎて。三度目でようやく、これでよいかと」
アデライードはしばらく、彼の顔を見ていた。
それから、静かに言う。
「殿下。わたくし、つまらないお話をされる方は、心底嫌いなんですの」
「……はい」
「殿下のお話も、ただ人を貶めるような、退屈な話をされるようでしたら、わたくしは即座に席を立ちますわよ?」
「兄上のことを仰っていますか」
「殿下のことだけではありません。一般論としてです」
アデライードは微笑んだ。
「私はこの三年間、つまらないお話を面白く見せる作業に費やしました。もう、同じことは致しません」
「……はい」
「私がお手伝いできるのは、殿下ご自身のお話を、より良くすることです。私がオチを補完するのではなく、殿下がご自身でお話を組み立てられるよう。そのための助言ならば、致します。ただし」
「ただし?」
「殿下のお話が、今後もずっとつまらなかった場合は、そのようにお伝えします。聞きたくないのであれば、お断りください」
沈黙があった。
それは先程とは少し違う沈黙。
エドマンドは目を伏せ、しばらく考えた。
考えている、ということがわかる沈黙だった。
やがて彼は、静かに顔を上げた。
「……わかりました。努力します」
「努力?」
「面白い話ができるように。あなたに、つまらないと言わせないように。あなたを笑わせ、あなたの知性を刺激できる男になれるよう、一生かけて努力します」
アデライードは少し考えた。
「それは、なかなか良いお答えですわ」
「そうですか」
「ええ。オチがございました」
エドマンドは、きょとんとした顔をした後、小さく笑う。
声に出して笑ったのは初めて見たが、思ったより笑顔が豊かだった。
地味な顔立ちなのに、笑うと少し雰囲気が変わる。
アデライードは立ち上がり、まっすぐにエドマンドを見つめる。
「では、改めて。私にできる範囲で、お手伝い致します。まずは宮殿に戻りましょう。……殿下、ひとつだけ確認させてください」
「何でしょう」
「宰相夫人のことを、ご存知ですか?」
「刺繍がご趣味の……ああ、兄上が何か言ったとか」
「そうです。来週の夜会で夫人にお会いになる際、何を仰るかを、事前に考えておかれることをお勧めします」
「わかりました。早速の助言、感謝します」
アデライードは初めて、ほんの少し微笑んだ。
その日の夕暮れ。
侍女は、帰り支度を整えるアデライードを見て、そっと口を開いた。
「アデライード様が、王太子殿下の相談に乗り気になっていらっしゃいます?」
「乗り気、ではないわ」
「では?」
「……悪くない、と思っているだけ」
「それはつまり、殿下のお話が悪くなかったということですね」
「オチはあった、と言いましたでしょう」
「なるほど」
アデライードは窓の外を見た。
夕暮れが、庭を橙色に染めている。
つまらない話に数年を費やした。
それは無駄だったかもしれない。
けれど、言葉がどれほど人を傷つけ、どれほど人を救うのかを身をもって知ったという意味では、無駄ではなかったのかもしれない。
次の王太子は、少なくとも、書き直すことを知っていた。
それだけで、言葉を紡ぐ価値はあるのかもしれない。
今のところは。
そして、その先のオチは、まだ誰にもわからない。
最後までお付き合いありがとうございました。
私も何度か言われた記憶があるんですが……同様の記憶がありましたら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




