母の留守中にて 1
小学生の頃。
両親が離婚した。
僕は突然に、安アパートで母と2人暮らしをすることになった。そこで母は良くこう言っていた。
「お母ちゃんが帰るまで絶対にドア開けたらアカンよ」
僕はいわゆる〈鍵っ子〉で学校が終わって家に帰る時間は、まだ母は仕事中で帰って来ておらず自分で鍵を開けて……母が帰ってくるまで1人で留守番をしていた。大体19時から20時くらいに帰ってきてくれるが、遅いと21時過ぎくらいにクタクタになって帰ってくる。
そして、母の帰りを待つ留守中……。
たまに〈インターホン〉がなる。
ちなみに母は母でちゃんと鍵を持っているのでインターホンを鳴らすことはない。
母が言っていたことは
【コレ】に出るな。
という意味だった。
《……ピーン……ポーン……》
インターホンが鳴る。
「………………」
ダイニングにいた僕は直接出入り口の見える所にいて、ただ黙ってドアを見つめていた。見つめるドアの向こうに知らない人がいると思うと、1人で留守番をしているまだ子供の自分からすると当然怖かった。
1DKの安いアパート、室内インターホンはあるがモニターはなくシンプルに声のやり取りが出来るだけ……。当然それにも出るつもりはなくただ去るのを待って見つめるだけだった。
すると……
《……ピーン……ポーン……》
……再度、鳴る。
《……ピーン……ポーン……》
続いて、また鳴る。
まるで居るのが分かっているかのように短い間隔で鳴るインターホンの音。
『開けてー』
ドアの向こうからしたその声は完璧に【母の声】だった。それは更に続く……。
『ヨウスケー?おるんやろ?開けてー』
「………………」
僕は返事をしない。
『お母さんやで?開けてー、なあ開けてー』
「………………」
僕は絶対に返事をしない。
《ーーガチャ!ガチャッ!ガチャガチャ!!ーー》
出入り口のL型のドアノブを激しく動かす音がする。
『ヨウスケー?おるんやろ?開けてー』
『お母さんやで?開けてー、なあ開けてー』
《ーーガチャ!ガチャッ!ガチャガチャ!!ーー》
先程と同じ言葉を繰り返し、ドアノブを激しく何度も動かす……。僕はこの時間が怖くてたまらなかった。
完璧な母の声で繰り返される声のトーンがずっと同じで、それだけでも気持ちが悪いのに……ドアノブをガチャガチャする行為が段々とエスカレートしてくるのだ。
特に気味が悪いのが……その行動と声色が噛み合っていない点だった。
『ヨウスケー?おるんやろ?ーー
《ーーガチャッ!ガチャガチャガチャッ!!ガチャッ!ガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!!!ーー》
『開けてーー……
《ーーガチャガチャ!!ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ!!ガチャガチャッ!!ガチャガチャッ!ガチャガチャガチャガチャガチャッ!!ーー》
『ーーなあ開けてーー……
《ーーガチャッ!!ガチャッ!ガチャッ!ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……ーー》
母の声をドアノブの音で掻き消す程の異常な勢いでそれは続く……。僕はたまらなく怖くなって奥の部屋へ行き布団を被って、ただそれが終わるのを震えて待つしかなかった。
……しばらくすると、ピタリと止む。
少し涙目で恐る恐るダイニングに移動すると……
《ーーガチャッ!……バタンッ》
「ひっ!」
扉が開く音がして僕は小さな悲鳴を上げた。
『ごめーん、遅なったわ。ご飯すぐ作るからな、お腹すいたやろ?』
それは鍵を開けて入ってきたのは、ちゃんと【本物の母】だった……。
「お、お母ぁさーーん!……あんなぁ……さっきなぁ……」
「なんや何かあったんか?タカユキ」
今にも泣きそうな顔で母に話かけると神妙な顔で側まで来てくれた。僕はさっき起こったことを母に話した。
「…………そうかー……やっぱ警察に相談した方がええんかなぁ。お母ちゃんもなぁ……このアパートでおかしいこと何回かあってん。仕事休みの日、タカユキが学校行ってる間インターホン鳴らされたことあってん……すぐ出ても誰もおらんし……それ以外でも変な視線感じることあったりするねん……それにしても……
【ヨウスケ】って誰なんやろうなぁ……」
母の言う疑問は当然で……。
僕の名前はタカユキ……
【ヨウスケ】じゃない。




