母の留守中にて 2
……その後、母と僕は数週間後にはそのアパートを出ることになった。
そもそも父の浮気が原因での離婚だったが……。
実は誤解があって……父が浮気をしてないことが証明されたらしく〈再婚〉となった。どうゆう経緯かは詳しく分からないけれど、幸いなことに僕は元の家に戻れることになった。
それから数年経ち……。
僕は高校を卒業して大学には行かず社会人になり、実家を離れ初めての1人暮らしをすることになった。
ある休日、母が気を遣って自分のマンションまで惣菜や野菜や米を持って来てくれると連絡が来た。自炊や料理もまだまだままならない僕にはありがたいことだった。
《……ピーン……ポーン……》
「あ……来たかな?」(なんや、やけに早いな……)
僕はマンション据え付けのモニター付きインターホンの通話スイッチを押して応対しようとする……が、手が止まる。
そのモニター映っているのは花柄のワンピースにバケットハットを深く被るくたびれた中年女性だった。母ではないとすぐ分かるが、無意識にインターホンの通話スイッチに指先が当たって押してしまった。
《……ピッ……》
「…………」(やべ!変な勧誘とかだったらめんどくさい……)
僕は警戒して黙った。
すると……
『【開けてー】……』
……声がした。
それは、小学生の頃に聞いた……【あの声】だった。
僕の中で忘れていた記憶が吹き上がるような恐怖と共に蘇る。
「………………っ」(ヤバいヤバいヤバい)
『【ヨウスケー?おるんやろ?あけてー】』
あの時と同じ文言、同じトーン……それを聞いたとき僕の恐怖はピークに達した。
「……ぅ!うわぁああああ!」
《ーーピッ……》
僕は叫びながらインターホンの通話終了ボタンを押した。
「ーーハァッ!ーーハァッ……!はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……、な、なんやねん【アレ】……気持ち悪い……」
僕はその場にヘタリ込んで息を荒くして言葉を吐いた。
すると……
《……ピーン……ポーン……》
また、鳴る。
僕は反射的にモニターを見てしまう。すると今度はちゃんと母が映っていた。
僕はすぐにインターホンの通話ボタンを押した。
「ーーおかん!周りに変な奴おらんかった?大丈夫か?」
『え!?ビックリした!なんなん急にそんな大っきい声出して。別に誰もおらんけど、どーしたん?』
「……いや、ちょっと後で話す……すぐに開けるわ」
僕はマンションのエントランスのドア開錠ボタンを押した。僕の部屋はこのマンションの2階の角部屋、エントランスからそう遠くないので、すぐ来るだろうと思って部屋を出て廊下を一望出来るように部屋の前で待っていた。
《……チーンッ……》
エレベーターが2階に着く音がする。すぐさま母の姿が視界に入る……
【そう思っていたのに……。】
目に映ったのは……
あの花柄のワンピースを着た……
【気味が悪いほど腰の曲がったバケットハットの中年女性】だった。
「ーーーーひっ!!」
《ーーガチャンッッ!!ーー》
僕は思わず悲鳴を上げ、急いで部屋に戻り鍵を閉めた。
「ーーハァッ!ハァッ!ハァ……ハァ……ハァ……
ハァ……ハァ……なんやねん……ホンマ……なんやねんアイツ……はぁ……はぁ……はぁ……」
《……コッ……コッ……コッ……》
廊下を歩く靴音が聞こえる。
《……コッ……コッ…………》
「………………」
息を殺して靴音に耳を澄ませた。
「………………」
《………ガチャッ!……ーーガチャッガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ……》
『ヨウスケー?おるんやろ?開けてー』
《ーーガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ………………》
出入り口のL型のドアノブを激しく動かしているのをマジマジと見ながら僕は恐怖に叫ぶ。
「ーーぅぅぁぁああああっっ!!!!ーー」
《ーーガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャーー》
「ーーやめてくれよっ!!いい加減にせぇよっっ!!コッチ来んなっっボケぇええええええええええっっ!!!!ーー」
《ーーガチャ……ガチャ……ガチ…………》
恐怖とパニックと勢いで、罵声をドアに向かって言った後……ガチャガチャの動きは鈍くなり、間もなく……止んだ。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
(……終わった?……言ってみるもんやな……)
《………………………………》
突然の静けさの中、とても小さい声がドアの向こう側から聞こえた。
『【ごめんな、ヨウスケ。ごめんなぁ……】』
悲しそうに謝るその声は僕の母を模した声ではなく、聞いたことのない女性の声だった。
《………コッ……コッ……コッ…………》
足音が遠ざっていく……。
「ーーっっっっはぁぁぁぁぁぁ……」
緊張が解かれ、大きなため息が出る。
すると……
《…………ブブブ!!ブブブ!!ブブブ!!》
……部屋のテーブルに置いていたスマホのバイブが鳴る。
「ーーっっ!……」
驚きながらも急いでスマホを手に取ると、母からの着信だった。
《……シュッ……》
スワイプして電話に出る。
『もしもしー?タカユキー?お母さん今から家出るわーーそんだけーー……』
「……はぁ……うん、わかった……」
『なんや元気ないやん、どないしたん?』
「……おかん……やんな?」
『何言うとんの?何かあったんか?』
「……後で言うから、はよ来てや」
『はいはい、着いたらインターホン鳴らすわ』
「あー!いやいや!着いたら電話して!エントランスまで迎え行くから!」
『あんなぁ、お母さん別に1人で部屋まで行けるけど』
「ちゃうねん、そうゆうことちゃうねん!とにかく!着いたら電話してな!」
『はいはい分かったから……変な子やねぇ』
《……シュッ……》
変ちゃうわ!と、思いながら僕は一度電話を切った……。




