第52話 闘いの後はおなかが空くじゃないですか。そして…
「——1、2、3——」
フリーゼの震える声がカウントを始める。
どこか遠くから聞こえてくるような。
心にしみわたるような響き。
「——4、5、6——」
起き上がろうと藻掻いて、膝が崩れて落ちた。
「——7——」
ジョーエンが動いた。起き上がろうとして——また倒れた。
「——8——」
立て——。立て、立て、立てぇ!
「——9——」
リョージは闘技台に拳を叩きつけた。膝を起こした。
「——10——」
リョージは立っていた。
リョージの両脇を、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったアグレシアとルーシーが支えていた。
……あれ? これ反則負けじゃね?
「……どうしますか? ジョーエン」
こちらは落ち着いた声のフリーゼ、少しだけどこか優し気な顔つきになっている。
「……儂の……負けだ」
アグレシアとルーシーに支えられながら小突かれているリョージの姿を、ジョーエンは眩しそうに見つめながら言った。
「この野郎、心配させやがって」
「本当よ、死んじゃうんじゃないかと思った」
ぐずぐずと鼻を啜りながらゆっくりとリョージを座らせる。
(ああ、何とかやり切った)
神チートを切ったのは完全な賭けだった。
もちろんこれまでの戦いの中で自分の体が戦い方を覚えているという自負もあったが。
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【スキル発動】
神チート〈ver.3.2.0νἀⅱ〉:再起動中
結果:神征魔王軍四天王【炎】《ジョーエン》撃破
経験値:187,000獲得
レベルアップ:Lv.158 → Lv.167
HP:956/15,800 → 16,700/16,700
MP:1,532/15,800 → 16,700/16,700
〇スキル習得
《炎無効》
〇称号取得
【魔族無双】→【魔族無双Ⅱ】魔族幹部に対しても無双効果
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なんだかレベルの上り方が尋常じゃないんだが。インフレ大丈夫か?
「フィーッ……安心したらなんだか腹減ってきたぜ。リョージ、なんか食わしてくれよ」
闘技台に寝転がったアグレシアは遠慮のかけらもなくおねだりしてきた。
よしよし、まかせんしゃい。
当然のようにリョージが無限収納のダミーリュックから取り出したのは。
「こっちが梅干しでこっちが昆布、そしてシャケとおかかだな」
昨夜、大量に炊いたごはんで作ったおむすびを山盛り取り出した。
さすがに海苔はまだ発見できていないので見た目は塩むすびだ。
「……」
「……無限収納バッグか」
お父さん、解説ありがとう。
「ええ、だから作り立てです。良かったら皆さんもどうぞ」
手拭き用のおしぼりを渡しながら言った。
「へへっ、いただきます」
さっそくパクついたアグレシアはガブリと嚙んで、眉根を寄せて困った顔をした。
「酸っぱかった? それが梅干し……ルベラの酢漬けの塩ジャムだよ」
干したルベラという木の実の酢漬を塩ジャムにしたものらしい。
色はライムグリーンだけど味と食感は練り梅そのものだ。
サキュバスの村では発見が多かった。
そんな娘たちの姿を、当惑と困惑の表情でジョーエンは見つめている。
「これは……」
白いおむすびを見つめるジョーエン。
「スライの実ですよ、ジョーエン殿」
ものおじもせずにルーシーが言った。
王国貴族とはいえ魔王軍四天王に気やすく声をかける胆力は大したものだ。
「スライの実? たしかキューバスで収穫される……」
「そうです、キューバスでは甘く煮つけて赤や緑の色を付けてお祝いの席などで食べられるスイーツ粥ですね。他の魔族領では鳥の餌だと言われて食されていないとか」
ジョーエンはルーシーから手渡されたスライのおむすびを二つに割った。
中身は昆布だ。
「スライの実はたんぱくな味なので、中の具で味が変わります。その具はシナオの葉の肉厚のものを加工したものだそうです、リョージは『コンブ』と呼んでいますが……リョージ。ジョーエン殿にも『ミソシル』を馳走できないか?」
木のお椀を並べていたリョージは二つ返事で了解した。
「うん、今準備中」
手渡されたみそ汁の椀を眺め目を細めるジョーエン。
「これは、蒸したヨコヒ豆を潰し塩を混ぜ醗酵させたもののスープだそうです、具はシオナの若葉を塩で揉んだものですね」
『ワカメ』の『ミソシル』をジョーエンは見つめている。
「……シオナにスライか……」
「はい、どちらも魔族領ならば自生していますし、育成しやすいでしょう。ヨコヒ豆も魔素を多く含む魔族領では栽培は難しくないのではないでしょうか?」
「しかし……」
「はい、魔族の方がそれらを好んで食さないのは承知しています。だから付加価値をつけて交易品に仕立て上げてしまえばいいんです」
「!……」
「人間領ではこれから確実にそれらの食材が流行るでしょう、魔族の方は自分たちが好んで食さないそれらを売って、欲する小麦や果実に変えればいいんです」
『ミソシル』の椀に口をつけ、笑顔でルーシーは言った。
「だから、魔族の方々は人間領を占領しなくても食べることに困らなくなります」
真剣な顔でジョーエンはルーシーの笑顔を見つめる。
「ルーシー……殿。貴殿は一体……」
「……王国の特使……と言っても信用はできないでしょうが、魔王陛下にお会いできたならお渡しするべき書簡を預かっています。できましたら陛下への謁見につきジョーエン殿のご助力を賜りたく——」
バリバリと空を引き裂く爆音が響く。
ドンッ
ルーシーを突き飛ばしたジョーエンの全身が金色に輝いていた。
「ジョーエン殿!」「親父!」「あなた!」
「グァアアアア……」
突如落雷の直撃を受けたジョーエンは、ぷすぷすと黒い煙をあげながらその場に倒れこんだ。
駆け寄ったフリーゼは元夫に縋り付き回復魔法を発動している。
「こともあろうに神征魔王軍四天王筆頭【炎】のジョーエンともあろうものが、侵攻直前に人間とよしみを通じるとは。魔王陛下もさぞお嘆きであろう」
中央闘技場に猛き声が響き渡る。
「ボルガ!」
逆立つ金色の髪に黄金の鎧をまとった美丈夫が立っていた。
その脇に、ふよふよと黒いローブの塊が不安定に宙を漂う。
「シャンドゥ……」
二人を睨むアグレシアにリョージが問う。
「どなたら?」
「【雷】のボルガに【呪】のシャンドゥ。どちらも魔王軍四天王だよ」
苦しそうに声を絞り出す。
「なあ、おぬしもそう思うであろう? シャンドゥ」
「……」
傍らの黒いローブの人影はただふよふよと宙を舞うのみ。
「シャンドゥ、返事ぐらいしろ」
イラつく様子でボルガが吐き捨てる。
「……」
返事はない。
しぶしぶといった様子でボルガは懐から取り出した金貨をシャンドゥに向かって放り投げた。
はしっ
裾の煤けた黒いローブから意外にかわいく小さな手が伸び、宙を舞う金貨を掴んだ。
その手は何やら呪文を書き込んだ包帯がぐるぐると巻かれ、さながらミイラのようだ。
金貨が懐に吸い込まれると同時に。
「そーだーそーだー。魔王様がー大変だーー」
かわいらしい子供の声が棒読みのセリフを吐く。
見ればローブの頭巾からちらりと見える顔も、びっしりと呪符の書き込まれた包帯におおわれている。
「ま……待て、ボルガ。無駄に血を流さずとも魔族の存続が——」
瀕死から回復しつつあったジョーエンは、フリーゼに半身を支えられながらも必死の声でうったえるが。
「無駄ですと? 無駄ではないですよねぇ? もう魔王軍は全軍出陣の準備が整いつつあるんですよ? 今更人間領への侵攻を中止なぞすれば魔王様の威信が傷つきます。 下手をすれば暴動がおこりますよ?」
「そーだーそーだー、暴動だーー」
いちいち棒読みな煽りが少しムカつく。
「ここは人間共のスパイの首級を魔王様に献上し、神征魔王軍の士気をあげることを上策としましょうか——」
「献上だーー上策だーー」
「ま、まてっ。ボルガッ!」
「これ以上の問答は無用!」
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