第50話 魔王城いったりきたり
「ハァ……それで人間を二人も引き入れたと?——傍若無人にもほどがあるわよ? アグレシア」
「そこを何とか頼むよ、お母ちゃん」
青白い肌に空色の髪の美しい魔族の女性。
濃いブルーのローブドレスに身を包んだフリーゼは頭を抱えていた。
まぁ、自分の娘が敵対種族を魔族の本拠地に招き入れたというのだから気持ちはわからんでもない。
「わかりました。お母さん、俺とルーシーは一度外へ出ます」
おっかさんは顔をあげた。
「魔王陛下に『源流の力』のことを伝えるのではなかったの?」
「伝えますよ」
当然のことのように言った。
「一度外に出て。人間二人だけでまた侵入できる程魔王城は甘くないわよ」
「わかってます」
「なら……」
「短い間だったけど、なんだかんだアグレシアには世話になったし、意気投合できたと思っています。友達やその家族にご迷惑をかけてまで押し通す話じゃない」
「……」
アグレシアの母ちゃんは神妙な面持ちでリョージを見つめていた。
「ちょ……!」
何か言いたげに割って入ろうとしたルーシーを制しリョージは続けた。
「なんとかして魔王と面会にこぎつけますよ、できればアグレシアとお母さんとは僕たちとは戦わないように立ち回っていただけると助かります、紅茶ご馳走様でした」
頭を下げて立ち去ろうとした。
「ちょっ——!」
「ちょっ、まてよ!」
ルーシーが何か言いかけたが、アグレシアは発奮し言葉をかぶせる。
「ふざけんなよリョージ! アタイはそんな軽々しい気持ちで告ったンじゃねーぞ!」
「告っ……!?」
目を見開く母ちゃんを尻目にアグレシアは続ける。
「お母ちゃん! アタイはこの野郎に惚れた! 命を助けられた上に、恩義も返せないンじゃアタイに生きて行く資格は無いッ! アタイはリョージに付いて行くッ! ツガイになる男はリョージだって決めたんだ!」
母ちゃんの青白い顔が仄かな藤色に変わった、赤面したんだろうか。
「アグレシアっ! そう言うことはもっと早く――!」
「ちょっと! 私の話も聞きなさ――」
悲鳴に似た母ちゃんと誰かの叫びをかき消すように。
「ブリーゼェーー! 居るかァーー!」
ド太いオッサンの声が氷宮アイスパレスに響き渡った。
「旦那さま! お引き取りくださいっ! アイスパレスには出入禁止になっております!」
母ちゃんに似た意匠の簡素なドレスに身を包んだ魔族達が行く手を制して居るが。
ズカズカと進んでくる暑苦しぃ髭のオッサンは、まるで無人の野を行くが如く進んで来る。
「緊急事態だ! 後でフリーゼには詫びを入れる」
一言で言うとデッカイ赤鬼、リョージより頭一つはでかく肩幅も倍はありそうな、赤備えの鎧をまとった武人が現れた。
「【炎】殿、アイスパレスには出入り禁止を申し渡していたはずですが?」
一転、フリーゼ母ちゃんの態度はヒョウ変した。氷だけに。
「言うな。緊急事態だ! 人間族の虫ケラどもが魔王城に紛れ込んだと言う情報が入って来た。ここは過去のしがらみは抜きにして協力し合――」
赤鬼のオッサンはリョージと目が合った。
「……」
「親父! 母ちゃんには関係ないッ アタイはリョージに付いていくからなっ」
「アグレシア!」
フリーゼ母ちゃんがアグレシアを制すが、もう遅いんじゃないかな?
と言うか『親父』って言った?
もしかしてアグレシアのお父サマ?
「……コンニチハ。アグレシアさんと仲良くさせてもらってます、リョージです」
「……」
ジッとリョージの顔を見つめ、その隣のルーシーを見。
赤鬼のオッサンの口元がニヤリと砕けた。
「既に捕獲しておったとは流石だな神征魔王軍四天王【氷】のフリーゼ……」
四天王って何?!
「再び名で呼ぶことを許した覚えはありませんが? その者たちは娘の客人です、お引き取りください魔王軍四天王【炎】のジョーエン殿」
フリーゼ母ちゃんは氷のように冷たく言い放った。
ってか父ちゃんも四天王!?
「この虫けら共がアグレシアの客だと? ふざけるなよ、ニンゲンだぞ?」
じろりと赤鬼がリョージたちをねめつける。
「親父。アタイはこの人間たちに命を助けられたんだよ! それにゆくゆくはリョージと連れ合いになるんだ、リョージを連れて行かせるわけにはいかない」
アグレシアはぐいとリョージを押しのけジョーエンとの間に割って入った。
「連れ合いだと? 何を寝ぼけたことを言っているのか。神征魔王軍は以前の古代魔族の力を取り戻しつつある。ニンゲンなんぞもともと魔族の下僕に過ぎない。家畜と連れ合うなどと……」
「【炎】殿。ここはあなたの管轄の炎宮ファイヤパレスではなく私のアイスパレスです、勝手な行動は慎んでいただきたい」
険のある顔で毅然と言い切るフリーゼに、一瞬たじろぐもジョーエンは言い返した。
「今は非常時だぞ、所管だの縄張りだの言っている場合ではない」
「ほう? 非常時ですか。たかが人間が二人舞い込んだ程度の些事が非常時? 神征魔王軍四天王の一角ともあろう方が、随分と肝の小さいことをおっしゃいますね」
「むぅ……」
フリーゼの辛辣な物言いにジョーエンは険しい顔のままで押し黙ってしまった。
「……では、俺たちはいったん外へ出ます」
らちが明かない。
睨みあっている元夫婦にお断りしてこの場を去ろうとした。
「むう? 逃がさんぞ、ニンゲン」
【炎】のジョーエンが嚙みついてきた。
「逃げませんよ。アグレシアの好意に甘えてここまで入って来ちゃいましたけど、友達の家族に迷惑かけてまで押し通る気もありません、城門の外からやり直します」
そう言って部屋の外へ向かうリョージと、何か言いたげな表情のまま口をへの字にして付いていくルーシーをジョーエンは憮然とした表情で見つめていた。
「——ちょっと待て。お前らの言っていることが分からん。一度外へ出て城門から入りなおすとは?」
もう。何度も説明させんなよ! おっさん。
少しイラつきながらリョージは言った。
「時間が惜しいので手短に言います。俺たちは人間領への侵攻について魔王様にお話を聞いてほしくて来ました。道中でたまたま知り合ったアグレシアに城内に入れてもらいましたがアグレシアが四天王お二人の娘さんとは知りませんでした。お立場のあるアグレシアのご家族に迷惑がかかるのは本意ではありません。一度表に出てから城門で謁見をお願いしてきます」
まくしたてるリョージに目を白黒させながらジョーエンは聞いていた。
「リョージ……」
説明した後の間にルーシーが口を開いた。
「折角ここに魔王軍の幹部の方がお二人いらっしゃるんだから、魔王陛下への謁見を申し出てもいいんじゃないの?」
やっと言いたいことが言えた。とばかりに少しすっきりした顔のルーシー。
「あー……」
ルーシーのしたり顔にリョージは一度アグレシアとフリーゼを見、おずおずとジョーエンに向き直った。
「あー……えーと。お父さん」
ジョーエンに話しかけた瞬間。
「誰が『お父さん』か! まだ娘との交際を許したわけではない!」
怒声がアイスパレスに響き渡った。瞬間湯沸かし器かよ。
「いや、交際の話は置いておいてください」
「なにぃ! 娘に『惚れた』と言わせておいて責任放棄か! これだから人間は——」
「リョージの嫁になるのに親父の許可なんて関係ないからな!」
アグレシアも吠えた。
……あああ。めんどくさい。
「うぬぅ! 収集がつかんではないか」
憤怒の表情で【炎】のジョーエンはリョージを睨みつけた。
そういわれても困る。
「よし、こうしよう。お前、儂と仕合え」
はい?
「お前が勝ったら魔王陛下への謁見をとりなしてやる、娘との交際も認めよう」
おおーい。
「儂が勝ったら魔王陛下の元へお前らを引立てる。娘との交際は諦めろ」
「アタイは諦めねーからな! ぶったおしちまえ、リョージ!」
脳筋かよ。
でもどの道魔王に会えるんじゃん。これはラッキー……なのか?
ちらりとルーシーに視線を投げた。顔が疲れていたがOKと頷いた。
「わかりました、お父さん」
「だからまだ『お父さん』と呼ぶな!」
「では何と呼べば?」
「うぬぬ——。『ジョーエン』と呼べ」
「わかりました『ジョーエン』」
「——"さん"をつけろよ! 若造が!」
やれやれ、めんどくさいことになった。
安心の完結保証付きです。
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