第46話 魔族領ふたり旅
食事で大満足した後。
「リョージ、話があるんだが」
メルディアから呼び出された。片足に大きな鉄の球を付けられたカイロス、そして蜂蜜色の髪をした藍眼の人間の美少女ルーシーまで同席していた。
「リリアは無事に帰ったことを伝えるために、知り合い達に会いに行っているわ」
リリアの不在を先に知らされた。
なんだか少し空気がおかしいぞ?
「リリアを救ってくれたこと、改めて感謝するわ」
もう何度目になるかの感謝の表明。
「今回キミという伴侶を連れてきたことでリリアはサキュバス族の次期族長になることが確定した。——だが、そのために心苦しいお願いをキミにしなければならない」
インキュバスの族長。カイロスが神妙な顔つきで言う。
「……リリアには聞かせられない話なんですね?」
「そうだ、だからリリアのいないこのタイミングでしか話せない」
「リリアが聞いたら怒ります?」
「間違いなく——。正直今のリリアが本気で暴れたらグラ=トルザムを持ったメルディアと私が揃っても抑え込めるかどうか」
それほどまで?!
「ルミナス・ハートの起動により、我々魔族に『源流の力』が流れ込み日増しに魔力が増大しているのよ」
「リリアはルミナス・ハートの起動時のその間近に身を置いていたという、おそらくはより大きな影響を受けたのだと思う」
カイロスとメルディアが交互に語る。二人の間ではもう結論が出ているのだろう。
「リリアを魔王城に向かわせるわけにはいかない」
あー。
「現時点でキューバ族最強の魔導士を人間と同道させて魔王城へ赴くのは——」
「明確に魔王に敵対したとみなされてしまうだろう」
「……キューバ族全体のリスクになると?」
「そうだ、申し訳ないがキューバ族全体を危険に晒す訳にはいかない」
「……」
たしかにリリアが聞いたら怒りだしそうな話ではある。でも——。
「その代わりと言っては何だが一つ提案がある」
メルディアが空気を変えるように言う。
「ひとつ頼まれてはくれないだろうか? ルーシーを魔王城まで連れて行ってもらいたい」
ここで出てくるのか、ルーシー。
「これでも、魔王城までの道筋は十分レクチャーしてもらったからね。きっちり案内してあげるわよ」
ずっと黙って紅茶椀を口にしていたルーシーは大きな瞳を細くすぼめて流し見た。
なんかドキドキする。
正直言ってめちゃくちゃ美人で好みのタイプなんだよね、見た目だけは。
「魔王城に何をしに?」
当然ルーシーに聞く。
「魔王陛下との謁見を望んでいるわ、あなたと同じね。こちらの内容までは教えられないけど」
とんでもないことを何でもないことのように口走る。
「ここから魔王城に行くまでの間にいくつか魔王軍の守備部隊が居る、人間領侵攻の準備で混乱はしているが、人間のルーシーがたった一人でたどり着けるほど魔王軍は甘くない」
「かといってキューバ族の護衛をつけるわけには行かない状態だったところへ、君が来た」
「あくまで人間が自力で魔王城へたどり着いた。という体にしたい?」
「そう、この時期に人間が自力で魔王城にたどり着けば、必ず魔王様は謁見に応じるでしょう」
「そして最悪の場合でもキューバ族の中で、あなたたち人間に加担したのは私とメルディア……インキュバスとサキュバスの両族長だけということにしてもらいたい」
「……」
いざというとき自分らだけがすべてを被る覚悟か——。
「わかりました——次期族長たちは知らなかったということで……」
「察しが早くて助かる」
カイロスがいい顔で微笑んだ。
◇◆◇
「ここから先はあの山脈を左手に見ながら進むわ」
ルーシーの案内は的確だった。
「この辺りは魔族の中でも異なる種族同士の緩衝地帯になってる、一番見つかり難いルートのはず」
メルディアとカイロスとの密談の後、リリアには会わずにルーシーと二人でサキュバスの村を出た。
「必ず帰ってくる」と伝言だけを頼んだ。
計らずも同行することになったルーシーは多くを語らず、人間側の有力者から魔王に宛てた親書を届けるのだということ以外は教えてくれなかった。
森の木々や地形を利用して、なるべく見つからないように進んでいく知識と技術はさすがに大したものだった。
おそらくは王直属かそれに近い、それなりの身分の女騎士なのではなかろうか?
「リョージ、そろそろ休憩にしよう」
崖の下に二人が上手く隠れることができる窪みを見つけルーシーは小休止を宣言した。
「……ここで?」
「そうだが?」
確かに座れば真上と真正面を除き周囲からすっぽり隠れることができる岩の窪みだが。
「何か問題か?」
「……」
ないのかよ……。
嫁入り前(多分)の娘が得体のしれない男と体を密着して座るというのはなんともはや。
男はオオカミなんだぞ? 気を付けたまえ。
1.6人分のボックス席的な隙間に体をねじ込む。
否応なく寄せ合う肩、ルーシーの体温が伝ってくる。
衣服の胸元を少し開き、岩にもたれかかってリラックスするルーシー。
ほのかな汗と甘い香りが鼻腔をくすぐる。
どうどうどうどうどう! 猛るな! リョージ!
お前にはリナとザーラとサラとエレナとリリアという将来を誓いあった女性たちがいるんだぞ!
「どうした? 少しきついがずっと歩き通しだったからな、ここで休みを取ったら後は夜通し歩くことになる。少し休んでおいたほうがいい」
って。休めるか!
リョージの気も知らずにルーシーはリュックサックから金属のカップを取り出し、リョージのカップにも黒い粉末と水を注ぎ入れ両方を手で包み込んだ。
《カロル》
二つのカップの液体は見る見るうちに湯気を発するまでに熱を帯びた。
「本当は砂糖をたっぷり入れた方が呑みやすいんだけどね、まぁ白湯よりは味気はあるだろう」
火を使い煙が出るのを忌避して魔法で温めたようだ。
たしかにここへきて冷たい飲み物よりは士気は上がるだろうな。
一口すすって。
「おう……」
コーヒーだ! こっちの世界にもあるんだ。
「ゼルカ茶は初めてか? いい香りだろ、苦いが呑んで少し眠ると短時間で頭がスッキリする」
ルーシーも鼻で香りを楽しんでから一口すする。
「砂糖ならあるぞ」
砂糖はノルトヴァルトでたっぷりと仕入れてある。無限収納からカモフラージュ用に小分けにした革袋をリュックサック経由で取り出した。
「おお、これは助かる」
甘いもの好きなんだな、ルーシーのカップにも黄褐色のパンのような砂糖の塊をナイフで削ってたっぷりと入れてやった。
精製度が低いのか風味は三温糖に近い感じだ。
キューバスで貰った薄平べったい乾パンのような非常食に、グリーンフィールド産の木苺のジャムをつけて齧る。
「リョージのリュックにはなんでも入っているな……それは無限収納バッグか?」
さすがに貴族様。気づかれた。
「まぁね。ひょんなことから手に入れたんだ」
本当はスキルの無限収納だがな。大陸に一人くらいのレアスキルだから下手にばらさないほうがいいだろう。
「無限収納持ちで魔族領の奥深くまで入れる冒険者か、かなりの腕前だな」
正式にはまだCランクだけどな。
「グリーンフィールド村といえばノルトヴァルトの東にある小さな村だな、たしか牛や羊の放牧が盛んでトレントがよく採れる——」
よくご存じで。
木苺のジャムをきっかけに故郷グリーンフィールド村や商都リベルタ、ノルトヴァルト領都での話をせがまれた。
ルーシーは冒険譚が好きらしく目を輝かせてリョージの話に聞き入っていた。
気が付けば、食い入るように話を聞いていたルーシーの顔が近い。
「ぐっ……」
すんでのところで重ねそうになった唇をぐっと耐えた。
「?……どうした、リョージ」
くうう、あざとかわいい。
ちゃんと正直に五人の妻(予定)のことも話したのに。
危機感持てや、目の前の男はヤバいんだゾ?
安心の完結保証付きです。
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