第46話 魔族領ふたり旅
食事で大満足した後。
「リョージ、話があるんだが」
メルディアから呼び出された。
片足に大きな鉄球付き鎖を嵌められたカイロス。
そして蜂蜜色の髪をした藍眼の美少女、ルーシーが同席していた。
「リリアは無事に帰ったことを伝えに、知り合いを巡っているわ」
リリアの不在を先に知らされた。
少し空気がおかしい。
「リリアを救ってくれたこと、改めて感謝するわ」
もう何度目になるかの感謝の言葉。
「今回、伴侶が決まったことでリリアはサキュバス族の次期族長に確定した」
カイロスが神妙な顔つきで言う。
「だが、その君に心苦しいお願いをしなければならない」
「リリアには聞かせられない話なんですね?」
「そうだ、だからリリアのいないこのタイミングでしか話せない」
「リリアが聞いたら怒ります?」
「間違いなく——正直今のリリアが本気で暴れたらグラ=トルザムを持ったメルディアと私が揃っても抑え込めるかどうか」
それほどまで、か。
「ルミナス・ハートの起動により、我々に『源流の力』が流れ込み日増しに魔力が増大しているのよ」
「リリアはルミナス・ハートの起動時のその間近に身を置いていたという、おそらくはより大きな影響を受ける体質になったのだと思う」
二人の間ではもう結論が出ているのだろう。
「リリアを魔王城に向かわせるわけにはいかない」
あー。
「現時点でキューバ族最強の魔導士を人間と同道させて魔王城へ赴くのは——」
「明確に魔王に敵対したとみなされてしまうだろう」
「キューバ族全体のリスクになると?」
「そうだ、申し訳ないがキューバ族全体を危険に晒す訳にはいかない」
たしかにリリアが聞いたら怒りだしそうな話ではある。
でも——。
「そこで一つ提案がある」
メルディアが空気を変えるように言う。
「ルーシーを魔王城まで連れて行ってもらいたい」
ここで出てくるのか、ルーシー。
リョージは傍らでじっと話を聞いていた美少女を見た。
「魔王城までの道筋は覚えてる。きっちり案内してあげるわよ」
ずっと黙っていたルーシーは大きな瞳を細くしてリョージを流し見た。
なんかドキドキする。
正直言ってめちゃくちゃ美人なんだ、ルーシーは。
「魔王城には何のために?」
当然ルーシーに確認する。
「あなたと同じ、魔王陛下との謁見を望んでいるわ、詳細については秘密だけど」
とんでもないことを口走っている。
「魔王城に行くまでの間、魔王軍の守備部隊が居る、人間領侵攻の準備で混乱はしているが、ルーシーがたった一人でたどり着けるほど魔王軍は甘くはない」
「キューバ族の護衛をつけるわけには行かない状態だったところへ、君が来た」
「あくまで『人間が自力で魔王城へたどり着いた』ということにしたい?」
「そう、人間が自力で魔王城にたどり着けば、魔王様は必ず謁見に応じるでしょう」
「そして最悪の場合でも、あなたたちに加担したのは私とメルディア、両族長だけだったということにしてもらいたい」
自分達がすべてを被る覚悟——。
「わかりました——次期族長は知らなかったということで」
「察しが早くて助かる」
カイロスがいい顔で微笑んだ。
「ここから先はあの山脈を左手に見ながら進むわ」
ルーシーの案内は的確だった。
「この辺りは異なる魔族同士の緩衝地帯、一番見つかり難いルートなの」
メルディアとカイロスとの密談の後、リリアには会わずにルーシーと二人でサキュバスの村を出発した。
『必ず帰ってくる』と伝言だけを頼んだ。
同行することになったルーシーはあまり多くを語らない。
人間側の有力者から魔王にメッセージを届けるのだということ以外は教えてくれなかった。
森の木々や地形を利用し、なるべく見つからないように進んでいく。
その知識と技術はさすがに大したものだった。
推測するには王直属かそれに近い、それなりの身分の女騎士なのではなかろうか?
「リョージ、そろそろ休憩にしよう」
崖の下に二人が上手く隠れることができる窪みを見つけ、ルーシーは小休止を宣言した。
「ここで?」
「そうだが?」
確かに座れば真上と真正面を除き、周囲からすっぽり隠れることができる岩の窪みだが。
「何か問題か?」
ないのかよ。
嫁入り前(多分)の娘が得体のしれない男と肩をくっつけて座るというのは。
男はオオカミなんだぞ?
1.8人分のボックス席に体をねじ込む。
否応なく触れる肩。
ルーシーの体温が伝ってくる。
衣服の胸元を少し開き、岩にもたれかかってリラックスするルーシー。
ほのかな汗と甘い香りが鼻腔をくすぐる。
リョージ。
お前にはリナとザーラとサラとエレナとリリアという、将来を誓いあった女性たちがいるんだぞ?
「どうした? ずっと歩き通しだったからな、一度休んだら後は夜通し歩く。しっかり休んでおこう」
って。
休めるか!
リョージの気も知らずにルーシー。
リュックサックからカップを取り出した。
リョージのカップにも黒い粉末と水を注ぎ入れ両方を手で包み込んだ。
《カロル》
二つのカップの液体は、見る見るうちに湯気を発するまでに熱を帯びた。
「本当は砂糖をたっぷり入れたいんだけどね、白湯よりは味気はあるだろう」
たしかにここへきて暖かい飲み物は士気が上がる。
一口すする。
コーヒーだ!
こっちの世界にもあるんだ。
「ゼルカ茶は初めてか? いい香りだろう。苦いが呑んで眠ると短時間で頭がスッキリする」
ルーシーも香りを楽しんで一口すする。
「砂糖ならあるぞ」
ノルトヴァルトでたっぷりと仕入れてある。
小分けにした革袋をリュックサックから取り出した。
「おお、これは助かる」
甘いもの好きなんだな。
ルーシーのカップにも黄褐色のパンのような砂糖の塊から、ナイフで削ってたっぷりと入れてやった。
精製度が低く風味は三温糖に近い。
キューバスで貰った平べったい乾パンに、グリーン・フィールド産の木苺のジャムをつけて齧る。
「リョージのリュックにはなんでも入っているな、それは無限収納バッグか?」
さすがに貴族様。気づかれた。
「まぁね。ひょんなことから手に入れたんだ」
本当はスキルの無限収納だがな。
大陸に一人くらいのレアらしいから下手にばらさないほうがいいだろう。
「無限収納持ちで魔族領の奥深くまで潜れる冒険者か、かなりの腕前だな」
正式にはまだCランクだけどな。
「グリーン・フィールド村といえばノルトヴァルトの東にある小さな村だな、たしか牛や羊の放牧が盛んでトレントがよく採れる——」
よくご存じで。
木苺のジャムをきっかけに故郷グリーン・フィールド村や商都リベルタ、ノルトヴァルト領都での話をせがまれた。
ルーシーは冒険譚が好きらしく、目を輝かせてリョージの話に聞き入っていた。
気が付けば、食い入るように話を聞いていたルーシーの顔が近い。
「ぐっ」
すんでのところでぐっと耐えた。
「どうした、リョージ」
くうう、あざとかわいい。
ちゃんと正直に五人の妻(予定)のことも話したのに。
危機感持てや。
目の前の男はヤバいヤツなんだゾ?
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