第41話 さらなる旅立ち、西へ
ルミナス・ハートは、まだ赤く明滅していた。
どくり、どくり、と規則正しい鼓動。
アシュレイが消滅してから既に数分が経過しているというのに、赤い光が収まる気配がない。
「……おかしい」
エレナが呟いた。
リョージは彼女の横顔を見る。
その表情は、古代の記憶を探るように遠くを見つめていた。
「リョージ……起動プロセスが止まっていないわ」
「止まっていない?」
「ええ。アシュレイは死んだはずなのに……」
エレナがルミナス・ハートに近づく。
赤い光が彼女の顔を照らした。
「……地脈の力の配分が、変わり始めている」
その声には、はっきりとした緊張と焦りが含まれていた。
「どうしたらいいのか……」
今にも倒れそうなエレナをリョージは抱きしめる。
「俺たちだけで悩んでも仕方ない。一度、城に帰って皆と相談しよう」
◇◆◇
辺境伯はベッドの上で上体を起こしていた。
包帯を巻いた状態ながらも意識の方ははっきりしている。
まだ無理は利かないようだが今回は緊急事態ということも相まって、カイルとともに状況を確認してもらうことになった。
静寂が支配する中。エレナは深く息を吸い、自分に言い聞かせるようにゆっくりとしゃべり始めた。
「これから話すことは、私がルミナス・ハートの中で見た古代の記憶です」
一同はエレナの顔を見つめた。
「ルミナス・ハートの中にいる間、頭の中にアウレリウス様の記憶が流れ込んできました。あの方が何をしたのか、ルミナス・ハートが何のために作られたのか、全て」
エレナが胸元のノクス・コルに手を当てる。
「まずは、ルミナス・ハートとは何かについて」
一同は頷いた。
「ルミナス・ハートは、地脈の力を制御する装置です」
「地脈の力?」
「ええ。この世界には、大地の深くを流れる大いなる力があります」
リョージの問いにエレナは何かを思い出すように遠い目をして答えた。
「生命の根源とも言える、活力とも生命力ともされる力。私たちは普段それを意識しないけれど、全ての生命はその力の恩恵を受けて生きています」
リリアが小さく頷いた。
「魔族の間では、『源流の力』とも呼ばれています」
「その力は、本来なら全ての生命に対して等しく分け与えられていました」
エレナが続ける。
「人間にも、魔族にも、獣にも、植物にも。分け隔てなく」
「——本来なら、と言うことは……」
カイルがつぶやいた。
「誰かがそれを変えた?」
「そう」
エレナが頷く。
「遥か古代、魔族の中に現れた優れた力を持つ者たち。彼らは、地脈の力を自分たち魔族だけで独占しようと考えました」
「……」
「そのために作られたのが、ルミナス・ハート。地脈の流れに介入し人為的に制御した地脈の力を、魔族だけに流れるよう変更する装置」
辺境伯が低く唸る。
「そのおかげで古代魔族は、長年世界を支配するほどの力を保っていたのか」
「はい。古代魔族の力が圧倒的だったのは、地脈の力を独占していたから。
人間や他の種族は、本来受け取れるはずの力を奪われていた」
「……それを変えたのが、アウレリウス様なのですね」
「ええ」
カイルの問いにエレナの声が、わずかに震えた。
「アウレリウス様……我がノルトヴァルトのご先祖様は、魔族でありながらその不正を正そうとした。ルミナス・ハートを操作し、地脈の力の恩恵をあまねく全ての生き物たちが授かれるように、自然の配分に戻したの」
「だから、魔族の力が衰えた。というか、本来の力に戻ったということだな」
「はい。アウレリウス様により魔族一強の時代が終わりました」
部屋に沈黙が落ちる。
辺境伯が深く息を吐いた。
「……その再開が魔族の狙いか……」
「はい」
エレナの表情が曇る。
「起動させれば、地脈の力を再び魔族だけに集約できる。古代の圧倒的な魔族の力を取り戻せる」
「……」
カイルの顔が青ざめている。
「しかしすでに、アシュレイが無理矢理に魔力を注ぎ込んだことで、安定していた地脈の流れが乱れ、ルミナス・ハートは動き始めてしまいました」
エレナの声は静かだが、その言葉の重みは部屋の空気を重々しいものにしていた。
「現在、ルミナス・ハートは力の配分を変更している最中。この過程はほぼ一週間で完了します。完了すれば、地脈の力は完全に魔族へ集約されます」
「魔族の力が古代の水準にまで戻ってしまう……か」
辺境伯が呻くように言った。
「そうです」
リョージが口を開いた。
「それを止めることはできないのか?」
エレナが首を振る。
「途中で止めることはできません。いえ、正確には……止めてはいけない」
「なぜです?」
カイルが問う。
「地脈の力に干渉すること自体が、極めて危険な行為だから」
エレナが真剣な表情で答える。
「ルミナス・ハートは、その危険な行為をしながら配分を変更している。もしプロセスを途中で止めたら……」
「制御が失われる」
リリアが低く言った。
「ええ。地脈の力が暴走すれば——最悪、世界そのものが崩壊します」
沈黙。
誰も言葉を発しなかった。
「……では、魔族の力が戻ることを、ただ見ているしかないのか?」
辺境伯が苦渋の表情で問う。
「いえ」
エレナが首を振った。
「完全起動の後なら、安全に停止させることができます」
「本当か?」
「ええ。ただし……」
エレナが言いよどむ。
「ただし?」
「停止には、数ヶ月の時間がかかる。ルミナス・ハートを常に監視し、手動で調整しながら、少しずつ配分を元に戻していく必要があります」
エレナが胸元のノクス・コルを見下ろす。
「そして、この制御には、ノクス・コルが必要。操作方法を知る者が、常に側にいなければならない」
「……お前は、それができるのか」
辺境伯が娘を見つめた。
「はい」
エレナは静かに答えた。
「アシュレイが無理やり魔力を注ぎ込んだせいで、いくつかの安全装置が破損しました。常に監視して、手動で調整し続けなければなりませんが……」
「そうせねば暴走の危険がある。と、言うことだな」
「その通りです」
重い空気が部屋を支配する。
緊張感に耐えかねたリョージは、不意に気になっていたことを口にした。
「一つ、いいか?」
全員がリョージを見る。
「なぜアシュレイたちは、すぐにルミナス・ハートの場所が分かったんだ? 遺跡から城の地下まで、どうやって辿り着いた?」
ふっ、と息を吐いたリリアが答えた。
「それは、エレナ様が遺跡から城の地下へ転送された時、地脈を通ったからですね」
「地脈を通る?」
「ええ。地脈は竜脈とも言われ、竜魔族はその流れを探ることに長けています。おそらくはグラドが、エレナ様を通過させた地脈の活性化に気づき、遺跡から痕跡を辿ったのだと思われます」
「……なるほど」
リョージは頷いた。
「それでは魔王軍の状況を報告します」
空気の緩んだところでカイルが現状報告を始めた。
「遺跡は制圧を完了。司令官と参謀を失った魔王軍は三々五々魔族領へ撤退を始めています。ただし、一部がゲリラ化して山林に潜んでおり、兄上が対応中です」
「……一週間後には、どうなる?」
リョージの問いにカイルが答えた。
「魔族の力が古代の水準に戻れば……魔王軍本体が動く可能性が高いでしょう。現在撤退している部隊も、再び侵攻してくる可能性が高い。それどころか……」
カイルは言葉を切った。
「魔王自身が動くかもしれません」
◇◆◇
「魔王に会いに行きます」
部屋の全員が、リョージを見た。
「魔王に会って、増幅した魔族の力は一か月しか持たないことを説明して魔王軍を止めさせる」
「……それは」
カイルが眉をひそめる。
「無謀ではないですか?」
「でも、他に方法がありますか?」
リョージは真っ直ぐに皆を見た。
「魔王が話を聞くとは限らんぞ」
辺境伯が呟く。
「それでも、やるしかない」
「私が道案内をします」
リリアが申し出た。
「魔族領への道は複雑です。私なら、最短ルートを知っています」
辺境伯はリリアとリョージの顔を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……分かった。お前たちに任せる」
カイルが何か言いたそうだったが、辺境伯が言葉で制した。
「カイル、ルートヴィヒへ報告し、魔王軍の侵攻にも備えよ。王都への援軍要請も忘れるな」
「……はい」
カイルが頭を下げる。
「リョージ殿、どうか……ご無事で」
◇◆◇
エレナの協力もあって準備は、思ったより早く終わった。
無限収納にばっちりと物資を詰め込んだ。
城の中庭で、馬が用意されていた。
「リョージ」
エレナの声に振り返る。
ノクス・コルが、胸元で静かに輝いている。
「……気をつけて」
「ああ」
城門が開く。
ダリウスと衛兵たちが、敬礼している。
「リョージ殿、ご武運を」
ダリウスの気持ちのいい声が響いた。
リョージは手を上げて応える。
馬が走り出す。
城門を抜け、城下町を通り、西へ。
いざ、魔族領へ。
安心の完結保証付きです。
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