第39話 ルミナス・ハートの鼓動(どっくん どっくん)
リョージの腕の中で、エレナの睫毛が震えた。
どくり……どくり……
空気が規則正しく波打っている。ルミナス・ハートの脈動が、肌を通して伝わってくる。
「……ん……」
エレナがゆっくりと目を開けた。焦点の定まらない瞳が、リョージの顔を捉える。
「……リョージ?」
「ああ。無事か?」
彼女はリョージの腕の中で身体を起こした。足元がふらつき、リョージが腰を支える。
「ここは……」
「領都城の地下だ。魔法陣で転送された」
エレナは巨大な心臓の形をした魔導ユニットを見上げた。淡く明滅する魔法陣の光が、彼女の金髪を照らしている。
「これが……ルミナス・ハート」
彼女の声には畏怖が混じっていた。
リョージにもたれかかりながら、エレナは半透明な膜に手を伸ばす。
触れると、表面に波紋が広がった。
「ずっと……夢を見ていました」
「夢?」
「おそらくは古代の記憶。アウレリウス様の……」
エレナは目を閉じた。
「このルミナス・ハートは、大地に流れる地脈の力を操る装置です」
「地脈の力を操る……?」
「古代魔族は、魔族以外の生物や植物が本来は均等に授かるはずだった大地の力すべてを独占するために、このルミナス・ハートを作ったのです」
エレナはリョージを見上げた。
「アウレリウス様はそれを変えた。ルミナス・ハートを停止してくれた。奪われ、ただ虐げられるだけだった私たち人間や他の生物たちは本来の力を取り戻し、強力な魔法も使えるようになった」
「じゃあ、ルミナス・ハートを起動させたら……」
「大地の力のすべては再び魔族だけのものになる。人間やほかの生き物たちも……」
「それが本来の姿なのだよ、ニンゲン」
地下室の入り口から端正な声が聞こえた。
チート様の警告が脳内に響く。
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【スキル発動】
神チート〈ver.2.0.2〉:敵対存在接近
種別:魔族
推定:アシュレイ及び配下
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「ようやく見つけたよ、ルミナス・ハート」
黒い礼服の青年魔族が姿を現した。
青い肌、頭部から伸びる二本の曲角。
魔族の公爵子息アシュレイだ。
その後ろに続いて人型の竜魔族グラドと数人の魔族兵士が侵入してきた。
リョージは剣の柄に手をかけた。
「リリア、エレナを頼む」
「はい」
リリアはエレナを庇いながら後退した。
「リョージ……」
エレナの声が背中から届いた。
「大丈夫、絶対に護る」
リョージは振り返らずに言った。
「上の兵士たちはどうした?」
皆、中庭の入り口を守ってくれていたはずだ。
「ん? ああ……」
アシュレイは一瞬考えるような素振りを見せて、すぐに興味を失ったように首を振った。
「さあ、どうだったかな。纏わりついた塵芥のことなどいちいち気にとめてなどいられない」
リョージの拳に力が籠った。
アシュレイはつかつかと靴音を鳴らしながら無造作に歩み寄り、ルミナス・ハートを見上げた。その目に、狂気じみた歓喜が浮かぶ。
「美しい……実に美しい……」
彼は両手を広げた。
「これが起動すれば、我ら魔族は真の力を取り戻す。ニンゲンどもは地を這いつくばる虫けらに戻る。そして私は……」
アシュレイの視線がエレナに向けられる。
「その功をもって魔王陛下の娘を娶り、次代の魔王となる」
アシュレイは、顎をしゃくった。
「グラド」
「はっ」
「あの男を始末しろ。貴様たちも共にだ、イグナートを倒した奴だ、油断せず功名を上げよ」
「はっ!」
魔族兵士たちが一斉に剣を抜く。
「御意に」
グラドが前に出た。
「私はルミナス・ハートを起動させる。あとは任せた」
アシュレイはそう言い捨てると、リョージを無視してルミナス・ハートへ向かって歩き出した。
「させるか!」
リョージはアダマス・ヴァルトを抜いた。
銀色の刀身が、ルミナス・ハートの光を反射する。
グラドと魔族兵士たちがアシュレイを守るように前に立ちはだかった。
「お前の相手は我々だ、ニンゲン」
グラドが嗤う。
「行け」
グラドの声と共に、魔族兵士たちは一斉に跳んだ。
四人ともに剣を構え、殺気マシマシでリョージに向かってくる。
ガッ!
先頭の剣をアダマス・ヴァルトで受ける。
三本の銀色の軌跡が空気を裂く。
リョージは受けた剣を流すように斜め前に踏み込み、体を躱すと同時に剣線上に先頭の魔族兵を押し込んだ。
「なっ……!」
最前列の魔族兵士の体は、三本の銀線を一身に受け四つに分かれてどしゃりと床に部品をまき散らした。
リョージは左足を半歩前へ出し、二人目の懐に踏み込んだ。突かれる剣を下から弾き上げ、まっすぐ喉を貫き、前足を腹に叩き込みながら半旋回。
頸椎にかからない方に剣を振り抜く。
振り抜いた瞬間、横から斬りかかってくる三人目の剣を受け流す。
飛び込み前転しながらわき腹を斜めに切り裂く。
魔族兵士はまき散らした自分の中身に足を滑らせ、そのまま床に崩れ落ちた。
四人目はリョージの背後から斬り込もうとした。
神チートの後方警告で動きを察知。振り向きざまに力づくで剣を薙ぎ払う。
魔族兵士は剣ごと上下二つに分かれた。サヨナラ サヨナラ サヨナラ。
十秒足らず。
その間に、アシュレイは既にルミナス・ハートの前に立っていた。
彼は透明な膜に両手を当てた。
「ふっ、わかるぞ……操作は古文書のとおりか。さあ、目覚めよ……ルミナス・ハート!」
黒い魔力がアシュレイの身体から溢れ出し、ルミナス・ハートへ流れ込んでいく。
淡く明滅していた魔法陣が、不気味な赤に変わり始めた。
どくり……どくり……
脈動のリズムが速くなっていく。
「リョージ!」
エレナの悲鳴が聞こえた。
「駄目……起動が始まってる! 地脈の力が――」
リョージはアシュレイに向かって駆け出した。
だが――
「下がれ! ニンゲン」
グラドがリョージの前に躍り出て、巨大な爪を振り下ろす。
ガギィン!
重々しい衝撃音が、鋼鉄のカギ爪を剣で受け止めたかのように響く。
「アシュレイ様の邪魔はさせん!」
グラドは力任せにぐいぐいと押し込んでくる。
うおっ! 押される。
(なんだ……?)
グラドの身体から、赤黒いオーラが立ち上っていた。
ルミナス・ハートの赤い光が強くなるにつれ、グラドの力も増していく。
「ハハハ! 感じるぞ、力が! 力が溢れてくる!」
グラドが高嗤う。
リョージは剣を横に滑らせて竜の爪の衝撃を逃し横に跳んだ。
グラドの爪は空を切り、床の石畳を深く抉った。
さっきの魔族兵士たちとは比較にならない破壊力だ。
「どうした、ニンゲン! さっきの勢いはどこへいった!」
グラドが追撃してくる。
連続する竜爪撃を、リョージは剣で受け流し続ける。
イグナートに比べれば雑な攻めだが早すぎて切り返せない。
おまけに一撃一撃が重い。衝撃で腕が痺れて感覚が鈍る。
——その時。
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