第37話 扉をあけて
『あなたの存在が、私の心を変えさせたのですよ……エレナ殿』
『そんな……私如きが……魔族の尊い方に……そのような……アシュレイ様……もしよろしければ、エレナと呼んでくださって結構ですの』
おっ。何? エレナたん。甘ったるい声出して。まんざらでもないってか? ん? おっ? ゴルァ。
『これは……恐悦至極』
オイオイオイ。死ぬかコイツ。お前ゼノヴィアとか言うのに求婚すんじゃなかったんかよ。
あ、ルートヴィヒが剣にぎってる。抜くなよ? こんな所で。
「ぬぅ。兄として許さんぞぅ!」
興奮すな。どうどうどう。
『正直なところ、私は今回の出征後魔王陛下のお嬢様に求婚する予定でした、それは魔族としての地位を固めるために必要な政略でした……しかし……』
おい、引っ張んな。
『この地で、あなたに出会ってしまった……』
『……アシュレイ様……』
『アシュレイ……と呼んでください、エレナ……』
うわぁああ! なんだよ! この間はっ! きになるぅうう! うわぁああん!
『それに……』
エレナが続けた。
『この私の血に眠る、超魔導大帝国のアウレリウス様のことも気になります』
『おおっ……』
ここぞとばかりにアシュレイの声は弾んだ。
『それは当然のことです、あなたのご祖先が築いた、偉大なる帝国のことです』
声が一段高くなり、早口気味にしゃべり出しおった。
『この世界の文明基盤はすべて超魔導大帝国が築いた物なのです。それに比べれば現魔王陛下は、単に魔族の過半を取りまとめている家臣筋にしか過ぎない……いや、その力があることは認めていますが……古代魔族からの正当なる後継とは言い難い』
あーあ。こいつとうとう魔王様を下げだしたか。殿、謀反にござるぞ。
『ええ……その、偉大なる血を私は継いでいるのですね……』
エレナの声に、感嘆が混じる。
『そのとおりです』
アシュレイは得意げに語り始めた。
「アシュレイがエレナに超魔導大帝国の話をしている」
リョージは二人に大体の内容を伝えた。
「エレナが興味を示している。……ように聞こえる」
リリアが小さく頷いた。
「エレナ様は何かを考えていますね……」
アシュレイの声が続いていた。
『そして——そのノクス・コルは知っての通り』
『ただの装飾品ではなく。ルミナス・ハートへの扉を開く鍵なのですね』
エレナの声には、わずかな喜びが混じっていた。
『そうです。この遺跡の地下には、古代の魔法陣があります。魔族の血を引く者がノクス・コルを持ち、その魔法陣に立てばルミナス・ハートへの扉が開く……伝承ではそう言われています。ですが……』
『?……』
アシュレイの声が暗くなった。
『古の伝承によれば、扉を開いた者は二度と戻れないと言われています。死んでしまうのか、どこかへ閉じ込められるのか……詳細は分かりません』
沈黙が辺りを支配した。
『ふふ……』
僅かな笑い声——
『それは、おかしいですね』
エレナの声が、静かに響いた。
『……おかしい? と?』
『ええ』
エレナの声が弾む。
『扉を開いた者がその場で死ぬのであれば——なぜ、ノクス・コルが人間の家系に代々伝わっているのでしょうか』
アシュレイが息を呑む。
『もしその場で死ぬのなら、ノクス・コルは魔族の手に残るはずです。どこかに閉じ込められたなら、ノクス・コルも失われる。しかし、実際には私の家に伝わっている。』
エレナの声には、確信がにじんでいた。
『……』
『つまり——』
エレナの声は、言い切るように確信を込めて響いた。
『ルミナス・ハートへの扉を開いてもノクス・コルの使用者は死なず。ノクス・コルを後世に託した。そうではありませんか?』
沈黙。
長い、長い沈黙。
やがて——
『……なるほど』
ため息とともにアシュレイの声が、感心したように響いた。
『確かに、その通りだ。我々は伝承を鵜呑みにしていたが……あなたの推測は正しいかもしれない』
『では』
アシュレイの声が、期待を含んだ。
『ノクス・コルを貸していただけないだろうか。部下の魔族に、実験体になってもらおう』
「実験体……」
リョージは思わず呟いた。
「部下を実験に使うつもりか……」
ルートヴィヒが眉をひそめた。
リリアが静かに言った。
「そう言う男です」
『……その前に』
エレナの声が響いた。
『魔法陣を、この目で見てみたいのです。アウレリウス様が使われたという、その魔法陣を』
『もちろんです』
アシュレイの声が嬉しそうに弾んだ。
『では、案内しましょう。あなたも、自らのご祖先の偉業を目にするといい』
『ありがとうございます』
エレナの声は、恭しく響いた。
立ち上がる音。足音。
地下を降りる音。さらに深く、深く。
「地下三階へ向かっている」
リョージはリリアに目配せした。やばい、あのときのコトを思い出してしまう……鎮まりたまへ。
しばらくして足音が止まった。
『これが、ルミナスへの扉だ』
アシュレイの声が誇らしげに響く。
『この魔法陣の上に、ノクス・コルを持つ魔族が立てば——扉は開くと伝えられている』
『……美しい』
エレナの声が、感嘆を含んでいた。
『ノクス・コルの輝きが……魔法陣に呼応しています』
あの魔法陣がノクス・コルのように激しく瞬く光景が目に浮かぶようだった。
『そうだ。あなたの血が、古の魔導帝国の遺産を呼び覚ましているのだ』
アシュレイの声が満足げだ。
『では、エレナ。ノクス・コルを——』
『その前に』
エレナの声が明るく響いた。
『アシュレイ。今宵は祝杯を上げさせていただけませんでしょうか』
『……祝杯?』
アシュレイの声が訝しげだ。
『ええ。この歴史的な瞬間の前に、アウレリウス様の偉業を称え、そしてアシュレイとの運命の出会いに感謝を……私、僭越ながら祝酒を用意してございます』
「……用意してある?」
リョージは思わず呟いた。いつの間に。計画的犯行か。
『おお……それは、心遣い痛み入ります』
アシュレイの声が嬉しそうに弾んだ。
『では、遠慮なくいただくと致しましょう』
足音が、地下二階へと向かう。
やがて、物音。食器の音。
『これは……見事な料理ですね』
『恐縮です。簡素ではありますが故郷の味を、少しばかり』
エレナの声が柔らかい。
『では、乾杯を』
グラスが触れ合う音。
『アウレリウス様に』
『……アウレリウス様に』
「エレナが、アシュレイに酒を勧めている」
リョージはリリアとルートヴィヒに囁いた。
「あー……強いぞ……アレは……」
この国の女性は酒豪ばかりなのか……。
エレナの声は、時折笑いを含みながら、アシュレイを立てている。
『アシュレイ、もう一杯いかがですか』
『ああ……これは、良い酒だ。なに、もう飲み干したのか、では私が注がしてもらおう』
『ふふ。お口に合って何よりです……私も……いただきますわ』
グラスに酒を注ぐ音。
何度も、何度も。酒を酌み交わしている。
『古代超魔導大帝国は……偉大だ……』
アシュレイの声が、次第に呂律が回らなくなっていく。
『アウレリウス殿下の……御血筋こそ……正統な……』
『そうですわね……私も……誇りに……思いますわ……』
エレナの声も、僅かに緩んでいる。
『魔族こそが……至高……エレナ……君は……理解して……くれる……』
『ええ、アシュレイ……』
『ふふ……君は……賢く……美しい……ゼノヴィアなど……足元にも』
やがて——
『……アシュレイ?』
エレナの声。
返事はない。
規則的な寝息だけが聞こえる。
しばらくの沈黙。
やがて、静かな足音。
エレナが動き出した。
階段を降りる音。
足音が止まる。
「……エレナが、また地下三階に行った」
リョージは二人に伝えた。
「一人で?……まさか」
ルートヴィヒの声が緊張を帯びる。
「ああ、無茶をする……だけど最初からこれがエレナの狙いだったんだ……」
相変わらず独断専行が過ぎる……今からでも救助に向かうべきか、だが確実に間に合わない、エレナを信じ状況確認を優先するしかない。無茶はやめてくれよ? エレナ。
静寂。
エレナの呼吸音だけが聞こえる。
そして——
『よくぞ来てくれました、エレナ殿』
低い、野太い声。
グラドだ。
「グラドが待ち伏せしていた!」
『……グラド殿』
エレナの声が、僅かに震えた。
『アシュレイ様のご推測どおりでしたな。お待ちしておりました』
『……』
『あなたを一人で泳がせれば此処へ来ると、アシュレイ様は読んでおられた』
『グラド、ご苦労だった』
アシュレイの声だ。
酔った様子は、まったくない。こいつもタヌキか!
「くそっ……!」
リョージたちは歯噛みしながらこの中継を聞いていることしかできなかった。
『エレナ』
アシュレイの声が、冷たく響いた。
先ほどまでの酔態は、微塵も感じられない。
『君は勇敢で聡明だ。だが——このようなことになって私も非常に残念だよ』
『……』
エレナは答えない。
足音。
ゆっくりと、エレナに近づく。
『君が素直に私のモノになっていれば、将来の皇帝の母ともなれたかもしれなかったのに……所詮は人間か、どこまでいっても愚かな』
アシュレイの声が、ねっとりと響く。
『グラド。腹だけは傷つけるなよ』
『……は』
『現代魔族と古代皇帝の血筋を交わらせる唯一無二の貴重な腹だ、丁重に扱え』
「……ッ!」
ルートヴィヒの握りこぶしが震える。
さらに近づく足音。
『さあ、ノクス・コルを——』
その瞬間だった。
駆け出す音!
『何を——!』
アシュレイの驚愕の声。
「エレナ!?」
思わず叫んだ!
エレナは——走っていた。
グラドとアシュレイに挟まれ、出口は塞がれた状態。
逃げ道は——一か所しかない。
『馬鹿な! 魔法陣に入れば——!』
エレナの声が、力強く吠えた。
『私は、ノルトヴァルトの娘です!』
光の波動が唸る。
魔力の波動が部屋全体を震わせ、空気すら歪ませた。
ルミナスへの扉、魔法陣が起動したのだ。
『魔族には決して屈しない! 未来永劫!』
「エレナが?! どうしたんだ! リョージ!」
ルートヴィヒが叫んだ。
『待て! ノクス・コルを——ッ!』
アシュレイの声が焦燥に満ちている。
光の奔流が最高潮に達し——
ゴォッという轟音。
そして——
静寂。
規則的な呼吸音が聞こえる。
エレナのものだ。浅く、ゆっくりとした呼吸。
「エレナが……魔法陣に飛び込んだ」
二人は息をのんだ。
「大丈夫だ生きている。呼吸音が聞こえる」
ルートヴィヒの拳が震えている。
「妹は……無事なのか?」
「分からない。アシュレイたちの声が消えた。魔法陣の部屋じゃないな」
チート様のウィンドウが視界の端に浮かび上がる。
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【スキル発動】
神チート〈ver.2.0.2〉:体内遺伝子追跡
対象:エレナ・ノルトヴァルト
状態:生存確認
現在位置:領都ノルトヴァルト城、地下深度約250m
備考:心拍数上昇。緊張状態だが健康。
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「……城だ」
リョージは立ち上がった。
「地下、約250メートル」
「なんだと……!?」
ルートヴィヒが目を見開いた。
「城の、地下に……?」
リョージは剣を手に取った。
「エレナを迎えに行く」
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