第34話 エレナの決意
グレンの剣を抜きざまにノクス・コルを掲げるエレナに向かって切りかかった。
ギィン!
剣は、何もない空間で甲高い轟音を発し止まった。
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【スキル発動】
神チート〈ver.1.3.0〉:敵対存在を検知 前方 約1.5m
種別:不可視状態の魔族 (ヴァンパイア)
推奨行動:継続攻撃
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チート様の警告が視界の端に浮かんでいる。
リリアの説明が終わった直後、突然この警告が現れた。
狙いは夜輝核ノクス・コルか。
リョージは不可視の敵とエレナの間に割り込んで、もう一度刃を叩きつける。
ギィン!
またも轟音。手応えがある。
「ちっ」
空中から舌打ちが聞こえた。
次の瞬間、空気が揺らいで白髪の男が姿を現した。
黒いマントに鋭い目つき。
背から伸びた黒く大きな蝙蝠の羽が地面に影を落とす。
両手の爪が異様に長く伸びている。
やっぱりイグナートだ。
日中なのに元気じゃねぇかヴァンパイア!
「やるな、小僧」
「あの時……逃げた訳じゃないよな?」
姿を消して気配も絶った。
リョージに敵意を向けなかったからチート様も感知できなかったのか。
イグナートの口元が笑いにゆがむ。
「ご名答。手ぶらで帰ればアシュレイ殿に面目が立たんからな、おかげで我らを謀った痴れ者の上手い使い道が見つかったわ」
巨大な蝙蝠の羽をゆっくりと羽ばたかせながら、イグナートが砦壁の床に降り立つ。その長い両手の爪は、刃物のように鋭く光っている。
「交渉すると見せかけてノクス・コルだけかっさらおうとは、魔王軍もセコい真似をするな」
「権謀術策は仕掛けられた方には非情に見えるのが常よ! さて小僧、貴様の探知スキルはどこまで使えるのかな?」
「さあな」
すっとぼけておく。
アダマス・ヴァルトを構え直す。
「エレナ、ルートヴィヒ、下がって」
「……」
ルートヴィヒがエレナの腕を掴んで砦壁の端へと移動する。
イグナートが床を蹴った。
速い。人狼よりも。
長い右手の爪が真っ直ぐに喉元へ突き込まれる。
剣で弾く。お、思ったより重い。
イグナートはリョージの剣を流しつつ、左手の爪を振るった。
それをリョージは剣を横に滑らせて受けた。
更にイグナートは流れるように連撃を繰り出してくる。
右の爪、左の爪、上段、下段。
縦横無尽に繰り出される爪を何とか受け流しているが、神チートの指示からどうしてもコンマ1拍ほど遅れる。
自分の剣技で応対しないと——。
「ほう」
イグナートは一歩下がった。
「なかなかやるではないか」
リョージの息つく暇もなく、イグナートが再び踏み込んで来た。
緩急のつけ方がエグイんだよ、おっさん!
今度は両手の爪を交差させて振り下ろして来た。
——受け流せない。そう判断した。
がっしりと剣で受け止めた。
火花が散った。
イグナートの爪の見た目の質量と剣戟の重さが釣り合ってない。めっちゃやりにくい。
「なかなか良い剣を持っているな。銘は?」
「……《アダマス・ヴァルト》」
「『不壊剣』か。いい銘だ」
イグナートが爪を引く。
だが同時に、その右足がリョージの脇腹に向かって蹴り上げられてくる。
咄嗟に剣の腹で防ぐ。が、衝撃で数歩下がらされた。
イグナートはさらに距離を詰めてくる。
リョージの剣技の拙さが完全に足を引っ張っている。
まずい、このままじゃジリ貧だ。
「なるほど、これにも反応してくるか」
イグナートがどこか嬉し気に呟く。
チート先生の誘導は的確なのにリョージ自身が反応しきれてない。
でも神チートのフルオートよりはまだマシなんだと分かっている自分がいる。
アダマス・ヴァルトの性能をうまく引き出せてもいない。
焦燥感ばかりがつのる。
「ならば、これではどうだ」
イグナートの姿が霞んで消えた。
また不可視化か。
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【スキル発動】
神チート〈ver.1.3.0〉:敵対存在 右側へ移動中
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右!
剣を横薙ぎに振るう。轟音と共に見えない爪がリョージの剣を弾く。
「見えているのは大まかな位置だけの様だな」
イグナートの声だけが響く。
くそっ……あ、先生! あの夜みたいに魔力を視覚化して。
視界が変わった。——先生にお任せばかりじゃダメか、自分が能動的に能力を使っていかないと——。
濃い赤色の輪郭が浮かび上がった。
しかしリョージの反応から正確に見え始めたことを察したのか、赤の輪郭は後方へ跳んだ。
そこからさらに左へ跳んだ輪郭を追撃しようと踏み込んだ瞬間。
不意に目の前から輪郭が消えた。
え? 目で追えない動き?
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【スキル発動】
神チート〈ver.1.3.0〉:左はフェイント。敵本体は上方へ移動
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上?
見上げる。
赤色の輪郭が空中にある。蝙蝠の翼の輪郭が羽ばたく。
《アイスボルト》×20!
弾幕を貼るように拡散させた氷の矢を放つ。蝙蝠の輪郭は躱しきれずに数発が被弾したようだ。
「ぐっ」
イグナートの呻き声。
赤色の輪郭が翼を畳んで急降下してくる。
ガッ!
横へ飛び退く。床に爪痕が刻まれ破片が飛び散る。
脊髄反射的に剣を振り下ろしていた。
キィン!
イグナートが両手の爪を交差させて受け止めた。剣と爪が火花を散らす。
互いに力を込める。
だが、イグナートの方が強い。少しずつ剣が押し返される。
《アイスボルト》×20
至近距離で氷の矢の弾幕を放つ。
恐ろしい反射神経で躱されたが、かろうじて一本だけ腕を掠った。
「!」
一瞬だけ間が空いた。
その隙に距離を取る。
イグナートが蝙蝠の羽を広げた。
風が巻き起こる。
視界が遮られる。
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【スキル発動】
神チート〈ver.1.3.0〉:敵対存在 左側へ移動
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左!
剣を構える。だが、イグナートはもういない。
イグナートの爪がさらに左側から襲ってくる。
なんでいつも視界の外側にいるんだ?!
リョージは悲鳴をあげたかった。
反射的としか言えない速度で体を捻った。
爪が服を裂いた。ぞっと背筋を冷たいものが走る。
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【スキル発動】
神チート〈ver.0.5.5β〉:致命傷を検知。防御を実行しました。
結果:ダメージ軽減
HP: 9,200→8,328
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イグナートは砦壁から離れて距離を取っていた。
「……貴様、今のが効かないのか?」
イグナートがいぶかし気に呟く。
悪いな、そういう仕様なんだ。でも今のをあと8回もくらったら……。
「だが、これで終わりだ」
イグナートの輪郭が複数に分裂した!
赤い魔力の影が四方八方に四散する。
魔力探知を見抜かれた!
多分、魔力の塊をダミーとして複数飛び散らせて。神チートの魔力探知を事実上キャンセルしたんだ。
これでは本体がどの方向に動いたのか分からない。
ためらわず砦壁から飛び降りた。神チートの指示なんて待っていたら死ぬ。
高さは5メートル足らず。衝撃緩和はチート先生頼り。死にはしない。多分。
どこから本体の攻撃が来るのか、わからないのがまずかった。
だから強制的に距離を取った。ここなら、イグナートが来るのは必ず、上。
《アイスボルト》×100!
さっきまで自分がいた周辺を中心に半球状に魔法の弾幕を放った。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってなぁ!
首筋に冷たい金属の爪の感触が走った——。
——死んだ、ンゴ。
なぜ、背後にいる。
イグナートを捕捉できなくなった瞬間、リョージが飛び降りて敵の方向を特定させるだろうことまで読んだうえで、さらに待ち伏せしたことになる。これは——かなわない。
「小僧、おわ——」
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【※※ スキル緊急発動 ※※】
神チート〈ver.1.3.0〉:致命の一撃による転生者の死亡確率100%を感知。神スキル強制介入プログラム《デウス・エクス・マキナ》発動しました。
敵対者弱点《心臓》に対して最適効果魔法自動発動
結果:イグナート(Lv.420)撃破
経験値:420,000獲得
レベルアップ:Lv.92 → Lv.107
HP:1/9,200 → 10,700/10,700
MP:5,380/9,200 → 10,700/10,700
新スキル獲得:《インヴィジビリティ》
※アップデートの準備ができました。
☑今すぐアップデートする。
□0:00に自動アップデートする。
実行しますか?(Y/N)
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震えながら振り向いた。
イグナートの心臓を貫き天へ突き抜けた聖なる光の槍は、リョージの背中の辺りに展開された魔法陣から生えていた。
ドサリ。と、イグナートはその場に倒れ伏した。
黒い蝙蝠の羽が力なく広がっている。
身体が白い灰に変わり始めている。
白髪も、黒マントも、蝙蝠の羽も、すべてが灰となって崩れていく。
草原に吹く風が、イグナートを巻き上げ。
数舜のうちにイグナートの痕跡は完全に消え去った。
「……何をした?」
リョージのすぐ脇から静かな声が聞こえた。
礼服の角魔族。アシュレイの声はわずかに震えている。
——これは、神チートの機能なのか。
確かに、召喚者がすぐに死んでしまっては都合が悪いんだろうが。
なんだろう、ものすごく後味が悪い……。
今回リョージはあきらかに負けた。だが、神のスキルのおかげで命は助かり、勝ったはずのイグナートは滅びた。
アシュレイの苛立ちが空気を伝ってくるようだった。
砦のこんな近くにまで敵の司令官が近寄って来ていいのかという気もするが。
イグナートとリョージの一戦に介入してこなかったのは貴族としての矜持か。
「……」
アシュレイの問いにリョージは答えられなかった。神チートのせいですなんて言えないし。如何せん、リョージ自身がこの結果に納得していないのだから。
アシュレイは呟くように言い捨てた。
「休戦だ」
「……何?」
「我が神征魔王軍は撤退する、その代わり——」
◇◆◇
「エレナを人質に差し出せと?」
アシュレイの提案を持ち帰りルートヴィヒ達と作戦会議を行っている。
「そうだ。魔王軍が魔王領に撤退するまでの間、質として預かりたいとの話だ。交換条件はカイル殿を無事に返すこと、カイル殿の扱いを丁重にすることも確約してきた。異論がなければ明日、正式に交換したいとのことだ」
「そんなことは……できん」
ルートヴィヒの顔色が苦悩に染まる、妹も弟もどっちも大事だ。断腸の思いなのがひしひしと伝わってきて辛い。
「お兄様」
エレナはぽつりと、しかし断固とした口調で言った。
「私は行きます」
「何を言っている」
「すみません」
エレナがルートヴィヒに向け微笑んだ。
「辺境伯家の娘である前に、私はカイルの姉でした」
「エレナ……」
「私にはカイルを見捨てることはできません」
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