第33話 帝国の血統
「……なるほど、状況は理解した」
ルートヴィヒは腕を組み、地図を見下ろしていた。
最前線の砦へ戻り、ルートヴィヒへの報告を終えたリョージは、その判断を待っていた。
リリアも隣で静かに佇んでいる。
エレナはテーブルの端で唇を噛んでいた。
「ノクス・コルをどう扱うか、だが」
ルートヴィヒが視線をエレナに向けた。
「エレナ、お前が持っているんだな」
「はい」
エレナが胸元に手を当てた。
服の下に、ノクス・コルが隠れている。
「リョージ、君の意見を聞きたい」
ルートヴィヒがリョージに視線を向けた。
「エレナ様が持ち続けるのがいいと思います」
「理由は?」
「エレナ様もノクス・コルも、同時に守れます。俺一人で両方を護衛できる」
ルートヴィヒが頷いた。
「なるほど……俺も同じ考えだ。前線指揮官の俺は、ここを離れられない」
ルートヴィヒがエレナを見た。
「エレナ、お前ならリョージと共に動ける。危険があれば、すぐに退避できる。最悪の場合でも、お前さえ生き残ればノルトヴァルトの血は残せる」
エレナは大きく目を見開き、次にぎゅっと目をつぶると苦しげに俯いた。
「……分かりました」
「リョージ殿、エレナを頼む」
「承知しました」
エレナはじっとリョージを見つめた。
不安と、決意が混じった表情だ。
「リョージ……迷惑をかけます」
「迷惑なんかじゃありませんよ」
リョージは軽く笑って見せた。
ルートヴィヒが地図に視線を戻した。
「次は遺跡の奪還だ。魔王軍が遺跡を占拠している限り、ルミナス・ハートの脅威は続く。ノクス・コルを守りつつ、遺跡を奪い返す方法を――」
扉が激しく開いた。
「ルートヴィヒ様!」
伝令の兵士が駆け込んできた。
顔面蒼白だ。
「魔王軍が! 魔王軍の使者が最前線に!」
「使者?」
ルートヴィヒが眉をひそめた。
「はい!人質を……連れています!」
「人質……だと?」
ルートヴィヒの表情が困惑の色に包まれた。
兵士は息を切らせながら続けた。
「――カイル様です」
室内の空気が凍りついた。
「……カイル」
ルートヴィヒの声が低く沈んだ。
いや……魔王軍にノクス・コルの情報を漏らしている者がいると、辺境伯も気づいていた。
辺境伯からのまさかの全権委任という捨て身の信頼を受けて、すんでのところで心を入れ替えたはずなのに……。
カイルは——いろいろと態勢を整えてから最前線のこの砦に向かうと言っていた。
そこでこれ以上の協力を拒否したため身柄を拘束された?
「カイルが……そんな……」
エレナが青ざめた顔で呟いた。
ルートヴィヒが立ち上がった。
「すぐに行く」
「はっ!」
リョージたちはルートヴィヒを先頭に指揮所を出た。
◇◆◇
最前線の砦。
砦の外壁の上から、平原が見渡せる。
魔王軍の陣営との間に、広い空白地帯がある。
その中央付近に、数人の人影が並んでいた。
最前列の一人は黒い礼服の青年魔族。
遠目にも青白い肌に、頭部から二本の曲角が伸びているのが分かる。
もう一人は人の形をしたドラゴン。竜魔族だった。
そして――
「カイル……!」
エレナが悲痛な声を上げた。
淡い金髪の青年が、後ろ手に縛られ猿轡を噛まされ、両脇を屈強な魔族兵に固められていた。
抵抗したのだろうか。
顔の殴られた痕が痛々しく、服もあちこちが破れ汚れている。
ルートヴィヒが拳を握りしめた。
怒気は抑えているが、顔色までは隠しきれていない。
作戦指揮官としては未熟だとも言えるが、それも若さゆえだ。
「貴様ら……」
どうしても表情が険しくなっている。
黒礼服の角魔族が、こちらに向かって声を張り上げた。
「ノルトヴァルトの者よ! 聞こえるか!」
拡声の魔法を使っているのか声が見張り台にまで届く。
「我が名はアシュレイ! 神征魔王軍、ノルトヴァルト侵攻部隊の総指揮官である!」
ルートヴィヒが砦の縁に立った。こちらも拡声器ののような魔道具を構えている。
「聞こえるぞ! 魔族! 私がノルトヴァルト領軍総司令官! ルートヴィヒ・ノルトヴァルトだ! 何の用か!」
リョージは狙撃を警戒する、チート先生センサー全開。
矢だろうが魔法だろうがルートヴィヒに向けて放たれたら全部落としてやる。人間パトリオットォオ——。
「単刀直入に言おう! 我々は『星夜を閉じ込めた宝玉』――そちらで言うノクス・コルを手に入れたい!」
アシュレイの声が響いた。
「ノクス・コルとはなんだ? 食ったらうまいのか?」
ルートヴィヒの茶々に、ピリピリしていたノルトヴァルト領軍側からドッと声が上がった。
上手いな。
自分たちの大将が余裕のある所を見せたので、いい感じに領軍兵士たちの肩の力が抜けた。
「とぼけるな人間! お前たちの誰かが辺境伯から預かっていることは分かっている! お前たちも決して一枚岩でないことを知るがいい」
落ち着いた声で揺さぶりをかけるアシュレイ。
こちらも単なるお飾り司令官ではないようだ。
城襲撃の時点で、敵はノクス・コルの所在を把握していた。
内通者がいるのだぞ。と、――その点を強調しこちらの動揺を誘ってきた。
辺境伯はその存在を確信している、ルートヴィヒとエレナもなんとなく気づいていただろうが。信じたくはなかったのだろう。
「ばかばかしい! なんの交渉か分からんが、撤退するというなら三日の猶予をくれてやる。追撃はしないので大人しく魔族領へ帰れ!」
その手は桑名の焼き蛤とばかりに。
話をはぐらかそうとしているルートヴィヒは、チラチラとすがるような目でリョージを見て来る。
ごめん、無理。さすがにこの距離ではカイルを助ける前に気づかれてしまう。
「うわはははは――!」
アシュレイはさもおかしいと言わんばかりに笑い出した。
「おいおい! 人間! ルートヴィヒとか言ったか? 魔族は鼻がいいぞ。この距離からでもお前から焦りの臭いが漂ってくるぞ? この裏切り者がそんなに大事か?」
あちゃー……盛大にネタばらしてくれちゃって。
しかしカイルはもう捨て駒扱いで間違いない。
頭を抱えるしかない。
辺境伯がカイル内通の可能性をリョージに示唆し、更生の機会を与えてやってくれと無言のうちに頼まれてたってのに、台無しだ……。
やってくれるアシュレイ。
「んん~~っ! んっ! んんっ!」
カイルは首を横に振り必死に否定の意思を示すが、当然言葉にはならない。
領軍兵士も半分状況が呑み込めなくてざわざわし始めている。
「そうかーーこの負け犬の言う通りか。一人だけ母親の違う自分は家族から蔑ろにされている。我らと手を組んで自力で爵位を掴むとか言っていたな? おい、負け犬。お前の言う通りだ。こいつらはお前を兄弟とは認めていなかったようだぞ」
カイルの顔が蒼白になっている。
馬鹿だなぁ。
仲間すら生贄にしようって奴らが、敵の内通者を信用なんてするものかよ。
「これはすまなかったなぁ! ルートヴィヒ! 質にすら使えないゴミは今すぐ八つ裂きに――」
「待って!」
ぐっ……無理と分かっても飛び出そうとしたリョージより早く、凛とした声が辺りを制した。
「……『星夜を閉じ込めた宝玉』はここにあります!」
夜を閉じ込めた宝玉、夜輝核ノクス・コルは遠目にも星々のきらめきを放ち、辺りの喧騒は静寂に支配された。
エレナは自分の胸元から引っ張り出したノクス・コルを頭上高くに掲げていた。
その光景の中で最もあ然としていたのはアシュレイかもしれない。
「……女……いや、美しきそなたは……よもやアウレリウス殿下が末裔か……」
人間の兵士に擬態したリリアがリョージとルートヴィヒの後ろから震える小声で教えてくれた。
「アウレリウス=ノクス・ヴァル=アザエルは古代の超魔導大帝国皇帝の子です。
ルミナス・ハートを封印し、魔族一強時代の終焉をもたらしました」
「……それは」
ルートヴィヒの声も困惑気味に震えている。
「ノクス・コルが魔族の反応を示し輝いています……ノルトヴァルト辺境伯家は古代魔族アウレリウスの血統であることの証です。そして――」
興奮を抑えきれないリリアの声が高ぶる。
「第七代皇帝ディアボルス=マグヌス・ヴァル=ソラエルの直系であり、超魔導大帝国の正統後継者であるということです」
……なんだかよくわからないが、話が大きくなってきました。
安心の完結保証付きです。
毎日20:00更新予定。
お気に召しましたら★★★★★、いいね、ブックマーク。いただけると大変嬉しがります。




