第31話 キューバスのリリア
数分後。リョージは服を整えながら立ち上がった。
魔族の女性は目に見えて回復していた。
顔色が戻り、瞳に光が宿っている。
「……ありがとう。あなた、とんでもない魔力ね。おなかの中身が沸々と煮えたぎっているみたい」
彼女は下腹部をさすりながら立ち上がり、自分の身体の周囲を確認した。
いや、あなた、マント纏いなさいよ。目の毒だよ……。
リョージは自分の着替えをウエストポーチから取り出そうとして、不自然すぎて無限収納がバレのでは? と考えた。
「恩に着るわ。私はキューバ族のリリア。あなたの名前は?」
キューバスってサキュバスのことか?
「リョージ」
彼女は手を掲げた。
「了解、リョージ。とりあえずここから逃げ出す準備をさせて」
《イリュージョン・ヴェール》
魔法でリリアの姿が変わった。
簡素な鎧を着た魔族の下級兵士? に変身した。
おおう。幻像!
「あなたも変装が必要ね」
もう一度魔法を使い、リリアの光る指先がリョージに触れると、リョージの姿も変わった。
同じく魔族の下級兵士の姿格好。
「これで少しは時間を稼げる。急いで逃げましょう」
リョージたちは地下三階から地下二階へ、ゆっくりと階段を上がった。
何体かの魔物とすれ違ったが、変装のおかげで通り過ぎることができた。
難なく地下一階へ上り、そして地上へ。
遺跡の入口から外へ出た瞬間、夜の冷気が肌を刺した。
「行きましょう」
リリアが小声で促す。リョージは頷いて、森の中へ足を踏み入れた。
ルートヴィヒが待機している地点へ向かう。月明かりだけが頼りの夜道を、リョージたちは慎重に進んだ。
途中、魔物の気配。
「……巡回か」
立ち止まり、リリアと目を合わせる。
リリアは頷き、リョージの腕を掴んで木陰に身を潜めた。
息を殺す。
オーク三体がだらしない足取りで通り過ぎていく。会話の断片が聞こえた。
『……早く戻りてぇ』
『人間どもが暴れてるらしいな』
『くそっ、俺も人間を殺りに行きてぇ。見張りなんざクソくらえだ』
緊張感のない会話が遠ざかっていく。
リリアに目配せして、再び歩き始めた。
オークたちの気配が完全に捉えられなくなるまで、警戒を緩めない。
森を抜けると、開けた場所に出た。
月明かりの下、騎士たちの姿が見える。ルートヴィヒだ。
「変装を解いて」
リリアに囁く。彼女が頷き、《イリュージョン・ヴェール》を解除した。リョージも同じように元の姿に戻る。
「リョージ!」
ルートヴィヒが駆け寄ってくる。その視線がリリアに向けられ、訝しげに変わる。剣柄に手がかかっていた。
「待ってくれ。敵じゃない」
両手を上げて制止する。
「彼女は魔王軍に捕らえられていたんだ。魔族だが敵じゃない」
ルートヴィヒの目が細められる。当然の反応だ。魔族と言われてそう簡単に信用できるはずがない。
リリアが一歩前に出た。
「私はリリア。キューバ族です」
彼女は怯まずに告げる。
「ルミナスへの扉を開くための生贄として幽閉されていました。知っていることはすべてお話します。人間領への亡命を希望します」
ルートヴィヒの表情が困惑の色に変わった。
「亡命!……生贄? ルミナスへの扉?」
「はい。詳しいことは後ほどがよろしいかと」
リリアの言葉に、リョージも頷いた。
「イグナートという名の魔族が、城へ向かっている。今夜、城が襲われるかもしれない」
ルートヴィヒの顔色が変わる。
「今夜……!」
「可能性は高い。辺境伯の警戒が必要だ」
続けてまくしたてる。
「それと、魔王軍は『ルミナスへの鍵』という物を探している。ルミナスへの扉を開けるために必要らしい」
「ルミナスへの鍵と扉……?」
ルートヴィヒが眉をひそめる。聞き覚えのない言葉なのだろう。
もちろんリョージにもさっぱりだ。
「ルミナス・ハートは魔族全体の力を増加させるための機関だと聞いています。多分ルミナス・ハートを使うためか、そこにたどり着くための鍵という意味かと」
リリアが補足する。ルートヴィヒの顔が蒼白になった。
「魔族の力の増幅! ただでさえ苦戦している魔族の力がこれ以上……」
「とにかく、城が危ない。エレナを撤収させてくれ。俺は領都へ飛ぶ」
リョージの言葉に、ルートヴィヒは一瞬逡巡した後、決断した。
「わかった。リョージ、父を頼む」
判断が速い。ルートヴィヒは側近に指示を飛ばした。
「リョージ、俺の馬を使え。ノルトヴァルト最速の一頭だ」
ルートヴィヒの部下に案内され、馬の元に向かった。
遠くで角笛の音が響いた。
低く、長い音色が夜の闇に広がっていく。
陽動部隊への撤収命令だ。
「リョージ」
リリアがリョージの袖を掴んだ。
「私も行きます」
「リリア……」
「お願いします。私が頼れる人間はリョージしかいません」
まぁ、そういう仲にもなっちゃったしな。
彼女の懇願するような瞳は真剣だった。
確かに、ここでは身の置き場がないか。
「……わかった」
リョージはリリアを後ろに乗せた。彼女の細い腕がリョージの腰に回される。
馬が疾走を始めた。夜風が頬を叩く。
領都まで全速力だ。
間に合え。
◇◆◇
領都の城壁が見えてきた。
「リョージ……!」
リリアが体を密着させて耳元で囁く。
いや、今はちょっとそういうのは……。
「イグナートはヴァンパイアです。多分侵入は空からです」
おっと、重要情報だった。
「飛空系の魔法かスキルは持っている?」
飛空?! チート先生! お願いします!
_______________________
【魔法選択】
《スカイ・ウイング》:MP消費100/min
効能:飛行能力を付与。
_______________________
一分でMP100! 課金厳しいな。背に腹は代えられんか。
《スカイ・ウイング》
リョージは馬の背から飛び立った。
背中に魔力の翼が展開される感覚。体が宙に浮き上がった。
リリアも隣で飛行している。サキュバスって飛べるのか?
「侵入場所を探します!」
リリアが先導する。体の使い方が水中を泳ぐ人魚のように滑らかだ。流石に一日の長がある。
リョージはリリアに続いて、城の上空へと舞い上がった。
夜目にも美しいプロポーションのシルエットが映える。
ちょっといろいろなことを思い出して体の一部を固くしてしまったのは内緒だ。
城の上空へ。月明かりの下、城の全貌が見渡せる。
どこだ。
突如視界が切り変わった。
_______________________
【魔力可視化】
強力な魔力反応を検知:城内北西区画
_______________________
チート先生、ありがとう。
視界に赤い光点が浮かび上がる。
城の北西区画だ。
その場所——窓が一つ、破壊されていた。
破片が内側に散乱している。外から侵入した痕跡だ。
破壊された窓へ向かって急降下ダイブ。
窓枠を蹴って室内に飛び込む。
大きな机。資料の束——辺境伯の執務室か?
机の前に立つ黒いマントの白髪の男。
マントの男は片手で辺境伯の首を鷲掴みし、頭上高くに吊り上げていた。
剣を抜きざまにマントの男に切りかかる。考えるより先に——。
ガッ!!
黒マントの男はもう片方の手でグレンの剣を掴み止めていた。
「何だ? 貴様」
訝しげな顔でリョージを睨めつける。
《アイス・ランス》!
《ディスペル》——
両手のふさがった男の顔面に氷の槍をぶち込んでやろうとしたら、速攻魔法陣展開自体を無効化されたでごわす。
「……いきなり何だ! 貴様!」
さっきより怒っている。ザマァ。
「通りすがりの……冒険者だ!」
自己顕示欲は身を亡ぼす。お前らには一片も情報は渡さん。
「ふざけるな! 小僧」
カッと見開いた白髪裏マントの男(推定:イグナート)の瞳が深紅に輝く。
_______________________
【警告】
洗脳系スキルを感知
推定
強制キャンセル発動:成功
_______________________
やべっ! 搦め手使いやがる。
「ほう、魅惑の視線が効かないか? ただの冒険者ではないようだな」
「ふん、そんなことじゃルミナスへの扉は開かないな! イグナート!」
ピクリと表情が強張った。
よし、意識の八割はこっち向いたな。辺境伯から意識を逸らせ。
「物知りだな、小僧」
「どうだかな」
剣先を向けたまま、半歩後ろに足をずらす。迷え迷え、頼むから。
ずっ。
イグナート(多分)が半歩進む。よし。誘導にのって——。
にいっ。
イグナート(もうそれでいいや)は不敵に笑った。
「そんなにこの人間から私の意識を逸らしたいのか?」
やべ、バレテーラ。
「お前の言うルミナスへの道を開く鍵をこの人間が持っているはずだったのだがな、どうやら骨折り損だったようだ。人間の中にもなかなかに食えん奴がおる」
「さあ、どうかな? 意外と俺が持ってるかもしれないぜ?」
来い。伯爵を離してこっちに、来い!
「ほう、それは興味深い。なら――」
ゴミでも捨てるかのようにポイっと伯爵の体を窓の外に放り投げた。
「この人間は要らんわなぁ――」
ばっ! おまっ!
手を伸ばしたが間に合わなかった。
ここ五階だぞっ!
つい、イグナートへの視線を切ってしまった。背後からの攻撃防御はチート先生に丸投げします(雑)。
ガシャン!
執務室の反対側——廊下側の窓が破壊される音がした。
「くっ!」
辺境伯とイグナートどちらを——
逡巡したがもう遅い。
くそっ!
イグナートの姿は消えていた。二兎を追って一兎をも得ず。
ごめん、エレナ。お父さんを助けられなかった……。
「リョージ!」
窓の外でリリアが叫んでいる。
「急いで! 私一人では支えきれません!」
え?
窓際に駆け寄ったリョージは、伯爵を抱きかかえてギリ浮いているリリアを見た。
安心の完結保証付きです。
毎日20:00更新予定。
お気に召しましたら★★★★★、いいね、ブックマーク。いただけると大変嬉しがります。




