第26話 ドレスは淡い空の青
やがて、街道から少し外れた場所で、エレナが馬を止めた。
「この先に、野営に適した場所がある」
森の中に入ると、小さな泉が湧く開けた場所があった。
周囲は岩壁に囲まれ、背後を守りやすい地形だ。
「ここなら安全だ」
「いい場所ですね」
リョージたちは馬を木に繋ぎ、野営の準備を始めた。
エレナが枯れ枝を集め、リョージが焚き火を起こす。
炎が小さく揺れ、やがて安定した。
「携帯食を……」
エレナが腰の袋に手を伸ばしかけた時、リョージは荷袋——実際には無限収納——から肉の塊を取り出した。
「これ、使いましょう」
「それは……肉?」
エレナの目が見開かれた。
「オーク肉です」
「オーク肉……!」
エレナが驚いたように声を上げた。
「一週間ほど熟成させたものです。今が食べ頃ですよ」
「熟成させたオーク肉は大好物だ。ごちそうだな……」
うん、やっぱり年頃の女の子は目をキラキラさせている方がステキだ。
「冒険者ですから、肉の補給はお手の物です」
特に魔物肉が。
さらにリョージは荷袋から、パン、野菜、ブドウ酒の瓶、そして細かく削ったエルダー・トレントのけずり節他調味料の数々を取り出した。
「随分と……荷物が多いんだな」
エレナがジトッとした目つきで見ている。
無限収納バッグか?
ぐらいは感づいてるかな?
「冒険者ですから。色々と持ち歩いてるんですよ」
実際には無限収納に、これまで倒してきた魔物の食材が大量に入っている。
実はさっき倒したオークの死体も、密かに収納してきた。
あれも一週間後には美味しくなるだろう。
ナイフでオーク肉を3センチほどの厚さに切り分け、軽くたたいて繊維を切る。
塩胡椒で下味をつけ軽く小麦粉をまぶしておく。
これだけで肉の表面がコーティングされ肉汁が閉じ込められることで、ジューシーかつ柔らかなお肉に仕上がるのだ。
30分ほど水に漬けておき、燃えにくくなった木串に下ごしらえした肉を刺し焚き火から取り分けた熾火から10センチほど離したところに立てる。
肉の外側に赤い血がにじみ出てくるまで動かさない。
全体的に脂がにじんできたら熾火に近づけ焼き色を付ける。
ジュウジュウと音を立て、香ばしい匂いが立ち上っている。
焦げそうになったら火から肉を放して調整する。
焼き上がった後は二、三分火から離して肉汁を落ち着かせる。
同時進行で小鍋に沸かした湯にエルダー・トレント節を入れ、取れた出汁に野菜とオークの骨から取った濃縮スープの素を入れた。
「すごい……本格的だ」
エレナが感心したように呟いた。
えっへん。ボッチキャンプならお手の物でござる。道具も調味料もリベルタで手に入れたし。
オーク肉の串焼きが仕上がった。
まぁ詳細レシピはチート先生の元でご教示いただいたでござる。
パンと共に木の皿に盛り付け、スープも添えてエレナに渡す。
「召し上がれ」
「ありがとう、いただきます」
エレナは恐る恐る肉に齧りついた——そして、目を見開いた。
「美味しい……! こんなに柔らかくて、味わい深いなんて」
「熟成させると旨味が増すんです」
リョージも自分の分に嚙みついた。
うん、間違いない。
スープも濃厚で、トレント節とオークの骨から取った出汁が効いている。
「まるでウチの料理に……いえ、領主の館の食事のようだ」
エレナが感嘆の声を上げた。
そーでしょ、そーでしょ。
「野営でこんなに美味いもの食べたの初めて……である」
「良かった」
二人で焚き火を囲んで食事をする。
会話は少なかったけれど、お腹が空いていたのを思い出したのかモリモリと食べてくれる。
元気を取り戻していくエレナの姿を見ると幸せな気持ちが湧いてくる。
ほっこりとした静かな時間が流れた。
食事が終わり、軽く温めシナモン(もどき)パウダーをまぶしたぶどう酒で唇を潤す。
エレナは焚き火の炎を、じっと見つめていた。
その手には、5枚の認識票が握られている。
炎の光が、金属板を赤く照らしていた。
エレナは何も言わなかった。
ただ、炎を見つめている。
リョージも何も言わなかった。
焚き火がパチパチと音を立てている。
しばらくして、エレナが立ち上がった。
「明日も早い、そろそろ休もう。夜番は交代で」
「いえ、俺のスキルで警戒できますから。二人とも休みましょう、何かあったらたたき起こしますのでそのつもりで」
「了解した、お手柔らかに頼む」
軽く見せてくれたエレナの笑顔に、救われた気持ちになる。
エレナはマントにくるまり、焚き火の傍で横になった。
リョージも適当な場所へ陣取り、炎に背を向けて横になった。
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【スキル発動】
神チート〈ver.1.1.1〉:周囲を警戒しています。
敵対存在検知時、即座に起動。
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(いつもありがとうな)
今夜も神チートに感謝してリョージは目を閉じた。
◇◆◇
翌朝、鳥の声で目を覚ました。
チート様の警告は出なかった。
平和な夜だったようだ。
エレナもすでに起きていて、泉で顔を洗っていた。
昨夜のスープの残りを温め直し、トロトロチーズ乗せパンで簡単に朝食を済ませ、再び出発した。
二人乗りで街道を進む。
街道は次第に整備され、行き交う人々も増えてきた。
避難民だろうか——荷車を引く家族連れが、領都と違う方向へ向かって行く。
「魔王軍の色が濃くなってきたのか……」
エレナが小さく呟いた。
昨日のオークたちだってグリーン・フィールド村ではもっと森の奥に居たような気がする。
やがて、街道に関所らしき建物が見えてきた。
「あそこで検問を受ける」
エレナが言った。
関所には衛兵が数名、槍を持って立っている。
「止まれ! 身分証を!」
リョージは冒険者ギルドの身分証を見せた。
「商都リベルタより参りました。冒険者リョージと申します」
衛兵は身分証を確認し、頷いた。
「そちらは?」
エレナが前に出た。
マントのフードを外す——金髪が陽光を浴びて輝いた。
「……っ!」
衛兵が目を見開いた。
「エレナ様……!」
「は?」
リョージはエレナの方を見た。
「ただいま戻りました」
エレナはリョージの方を見ずに衛兵と話を続ける。
「す、すぐに隊長を!」
衛兵が慌てて奥へ駆けていった。
「ねぇ、エレナさん? どういうこと」
「ごめんなさい、リョージ」
エレナの申し訳なさそうな表情。
「エレナ様! ご無事で……!」
すぐに年配の騎士が現れ、エレナとリョージとの会話は遮られた。
「ただいま、ダリウス」
「帰還予定に戻られなかったので心配しましたぞ! 偵察隊の皆は?」
エレナの表情が曇った。
「……全滅しました」
懐から5枚の認識票を取り出し、ダリウスに手渡した。
「そんな……」
認識票を受け取った手がフルフルと震えている。
ダリウスは深く頭を下げた。
「すぐに然るべく手配いたします。こちらの方は?」
ダリウスがリョージを見て言った。
「道中で助けていただいた恩人です。商都リベルタの総督からの親書を携えているとのことです」
「総督殿からの! それではすぐに辺境伯閣下の元へ」
ダリウスはリョージたちを関所の中へ招き入れた。
「エレナ……」
「ごめんなさい、あとで説明するから……」
エレナは慌ただしくダリウスと出て行った。
通された簡素な応接室らしき所で一人でお茶と焼き菓子なんぞを振舞われた。
うん、結構うまい。
「馬車を用意します。すぐに城へ」
しばらくして、リョージは単身馬車に乗せられた。
ドナ・ドナ・ドーナ・ドーナー。
馬車は街道を進みやがて城下町が見えてきた。
商都リベルタよりも大きな町だ。
だが、どこか活気がない。
窓の外を見れば力をなくした人々が亡霊のように所在なげに彷徨っている。
領都の外の村々から避難してきた人々なんだろうか。
やがて、城壁が見えてきた。
高い城壁、そびえ立つ塔。
商都リベルタよりも遥かに堅牢な造りだ。
城門を潜り、城内へ入る。
馬車を降りると立派な身なりの従者に案内され、客室へ向かった。
◇◆◇
広い部屋だった。
ベッド、机、椅子——全てが上質な造りだ。
「何かあれば、お呼びください」
従者が退出した。
リョージは窓から外を見た。
城壁の上に、兵士たちが並んでいる。
(戦時中、か……)
しばらくして、ノックの音がした。
「リョージ殿、辺境伯閣下がお呼びです」
従者が言った。
「分かりました」
リョージは廊下を案内され、謁見の間へ向かった。
扉が開かれた。
玉座に、壮年の男が座っている。
金髪、鋭い眼光——たしかに雰囲気がリベルタの総督に似ている……。
そしてその髪色はエレナと同じ。
その隣に——
淡い空色のドレスを纏ったエレナが立っていた。
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