第20話 絆
「全軍、商都へ戻るぞ!」
バルトス衛兵長の号令が森に響いた。
討伐隊は一斉に動き出す。
走る、走る。誰もが必死の形相だった。
リョージも駆けた。胸の奥に嫌な予感が渦巻いていた。
(商都が襲われた……?)
まさか、とは思わない。この世界に来てから、まさかの連続を経験してきた。災厄のドラゴン、エルダー・トレント、そして黒狼団。
(でも、城壁の中だ。そう簡単には……)
その思考を振り払うように、リョージは足を速めた。
森を抜け、街道に出る。商都リベルタの城壁が遠くに見えた。
門は開いている。衛兵が慌ただしく動いているのが見えた。
「バルトス隊長!」
門番が駆け寄ってくる。
「街の状況は?」
「盗賊団は既に撤退しました。ですが……」
門番は言葉を濁した。
「被害は?」
「今のところ死者は確認できていません。負傷者は多数。それに……略奪と、拉致が」
バルトスが舌打ちした。
「拉致だと?」
「はい。何人か連れ去られたようです」
ギリッ
歯が鳴った、無意識に食いしばっていた。
ザーラやサラの顔が脳裏に浮かぶ。
(たのむ、無事でいてくれ)
討伐隊は街へと入った。メインストリートには壊された露店、割れた壺、散乱した商品が転がっていた。人々は呆然と立ち尽くし、あるいは後片付けに追われていた。
「ギルドへ急ぐぞ」
ガルドがリョージに声をかけた。
「ああ」
二人でギルドへ向かう。建物の外壁には矢の痕がいくつも残っていた。
扉を開ける。
「サラ!」
思わず叫んでいた。
受付カウンターの脇に、見慣れた眼鏡の女性が立っていた。だが、その顔は青ざめ、瞳には焦点がない。
「リョージ様……」
サラが顔を上げた。その表情は、まるで何かが壊れてしまったように虚ろだった。
「無事だったんだな!」
リョージは駆け寄った。
「無事……無事なんかじゃ……」
サラの声が震えている。いや、震えているのは声だけではない。彼女の全身が、小刻みに震えていた。
「サラ?」
「すみません……」
それだけ言って口元を抑えた、何か叫びだすのを必死に抑えているかのようだった。
サラはカウンターの端を掴んで、ようやく立っているように見えた。
ふらりと膝が崩れかけ咄嗟に抱きとめた。
そのままリョージの胸に顔をうずめて嗚咽に震える。
ガルドが心配そうにリョージを見た。だが、何も言わずに頷いた。
「俺は他の連中の報告を聞いてくる。リョージ、サラを頼む」
「ああ」
サラの嗚咽の間はほんのわずかだった、勇気を振り絞るように顔を上げ、まだ涙溢れる瞳で食い入るようにリョージを見つめる。
「……お話が……あります」
地獄の底から絞り出されて来るような声だった。
リョージはサラの肩を支えるようにして、ギルドの奥にある小部屋へと導いた。査定の時に使った部屋だ。
扉が閉まる。
再び、ふらつくサラを抱きしめて支える。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
サラはリョージの胸に顔を埋めて、絞り出すように言葉を紡いだ。
「私が……私が……!」
「何があったんだ、落ち着いて話してくれ」
無限収納からブドウ酒の入った水筒を取り出し、サラに手渡すがガクガクと手が震えてとても口元にあてがえない。
くそ、緊急事態だ。
リョージは自分で水筒を煽り、口移しにサラの唇へブドウ酒を流し込んだ。
びくり。と、サラの体が震えた。が、両腕がリョージの背中を抱きしめた。
喉がカラカラに乾いていたことに気づいたのだろうか。
貪るようにブドウ酒を二口三口飲み込み、ようやく人心地ついたようにサラは荒い呼吸を無理やりに整え語り始めた。
「討伐隊が出発した後……しばらくたった頃だったでしょうか……」
討伐隊が遺跡にたどり着く途中……伝令がたどり着いて反転しても目いっぱい時間がかかるタイミングを見計らったのか?
「突然、盗賊がギルドに押し入ってきて……」
サラの爪が、リョージの背中に食い込む。息が荒い。過呼吸になりかけている。
「落ち着いて。ゆっくりでいいから」
リョージはサラの背中をゆっくりと優しく撫でた。
数秒の沈黙。サラは震えながら、続けた。
「黒狼団だと名乗っていました……留置場を襲って……仲間を解放したと……それから……」
「ギルドに来たんだね」
(……仲間を捕まえたのが……冒険者だったからか……くそっ、調子に乗ってた俺のせいじゃねぇか!)
リョージは自分の過去の行動の迂闊さを悔やんだ。
「はい……冒険者たちが戦ってくれましたけど……数が多くて……私も、捕まって……見せしめに——非道い事をするって」
サラの声が震え、また詰まった。恐怖が甦るのか。
「でも……でも……!」
サラがリョージの体を掴む手に、さらに力が込もった。
「ザーラが……ザーラが……!」
「ザーラが?」
「盗賊が……私を捕まえようとした時……ザーラが飛び込んできて……『あんたらの仲間を捕まえたのはあたしの男だ』って……『あたしの方が楽しめるでしょ』って……自分から……!」
サラの声が裏返った。
「私ッ、断らなきゃいけなかったのにッ……怖くて……怖くて……体も動かなくて……ただ黙って見てることしか……!」
とめどなくあふれる涙が、リョージの服を濡らした。
「ザーラは……抵抗もしないで……でも私は……何も……!」
サラは嗚咽を漏らした。その声は、静かに狂気を孕んでいた。
「……私がズルいから……私がちゃんと断らなかったから……!」
「サラ……」
「……あの人は……子供のころから……いつもそう……私を助けるために……! それなのに私は……!」
「サラ!」
リョージは彼女の肩を掴んで、正面から向き合った。
「きみのせいじゃない」
「でも……!」
「黒狼団だ。ザーラを連れ去ったのも、街を襲ったのも、全部あいつらだ」
サラは涙に濡れた瞳で、リョージを見つめた。
「キミは何も悪くない。ザーラだって、サラを責めたりしない」
「ザーラを……」
見開いた目の奥が狂気に似た光で満たされていく。
「なんでもする……私の全部をあげてもいい……」
握る拳に力が入る。
「おねぇちゃんを……助けて……」
「まかせろ」
即答した。
「本当に……?」
「約束する」
サラの瞳に、わずかに正気の光が戻って来た。
「リョージ……様……」
リョージはサラの背中をやさしく撫でた。
その震えが、少しだけ収まったように感じた。
もう一度ギュッとサラを抱きしめ椅子に座らせた。
サラの手はまだ震えていたが、先ほどよりは落ち着いているみたいだ。顔に血の気が戻ってきている。
「サラは、ここで冒険者たちをサポートしてくれ。それが今のサラの使命だから」
何かしていた方がいい、気が紛れる。
サラが頷くのを待ってから部屋を出た。
戻ってきた討伐隊のメンバーがいた。ガルドがグレンと何か話している。
レオンたちの姿も見えた。皆、疲労と苛立ちの混じった表情をしている。
「リョージ」
ガルドがリョージに気づいた。
「サラは大丈夫か?」
「……なんとか」
リョージは短く答えた。
グレンが険しい表情で言った。
「黒狼団め……衛兵隊の報告によれば、留置場を襲って仲間を解放し、街中で略奪と拉致を繰り返したらしい」
「侵入経路は?」
「まだわからんそうだが、内通者がいた可能性が高い」
まぁ今は原因究明にリソースを振っている場合じゃないな。
「リョージ、お前も休め。明日また作戦を練る」
ガルドがそう言った。
「わかりました」
リョージは頷いたが、心の中では既に決めている。
ザーラには時間がない。
一刻も早く、助け出さねばならない。
リョージはギルドを出て、宿へと戻った。
部屋に入り、扉を閉める。
「神チート」
リョージは小さく呟いた。
「ザーラを探す方法、ある?」
_______________________
【回答】
神チート〈ver.0.5.5β〉:追跡可能。
対象:ザーラ
方法:前夜の接触により体内にアマツカ・リョージの遺伝子が残存。
追跡精度:高
推奨行動:即座に追跡開始
_______________________
(遺伝……)
意味が分かった時、顔がカッと熱くなった。
(ありがとう、神チート)
準備を整える。村長から貰った剣、防具、そして……。
リョージは窓の外を見た。
夜の帳が、ゆっくりと降りてきていた。
リョージは静かに部屋を出た。
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