第2話 グリーン・フィールド村
「そこの男! 止まれっ」
ところどころに露出している崩れかけた岩の向こうから、凛々しく叫ぶ女性の声が響いた。
第一村人発見である。
「えーと、旅行者です。怪しい者じゃありません」
手を上げて怪しさ全開で言ってみた。他に言いようがあったら教えてもらいたい。
「手を頭の上に乗せて、その場で回れ、背後に何か隠していないか見せろ!」
岩陰からボウガンを構えた若い女性が半身を見せた。その後ろの少し離れた草むらからもボウガンを構えた青年が姿を現している。
こういうのツーマンセルって言うんですか?
言われた通りに振る舞って見せる。
ゆっくりと近づいてきた、まだ少女と言ってもいいくらいの年ごろの女性は――
栗色の髪を三つ編みにした、可愛らしい顔立ち。大きな瞳がキラキラと輝いている。年はリョージと同じくらい、十七、八歳だろうか。
「持っているものを調べる、変な動きを見せたら後ろのボウガンがお前を撃つ」
少女がポンポンとリョージの体の各所を叩き、何か隠し持っていないかを調べている間。
青年はボウガンを構えたまま、じっとこちらをにらんでいた。
あらためて見れば二人ともなんとなく中世ヨーロッパ風を連想させる服を着ている。なんちゃってゲーム世界みたいなところだし、細かいことは気にしない。
「旅人という割には随分と軽装だな、東の村から来たとすればここにたどり着くまで三日はかかるはずだが水も食料も持っていないのか?」
とりあえず適当に話を合わせておこう、転生して来ましたなんて言ってしまって異端者扱いで火あぶりにされたらたまらん。
「えーと、荷物は……この先でドラゴンに襲われて落としたんだ」
「ドラゴン?!」
少女も、少し離れた位置にいた青年も、一瞬にして険しい顔をむき出しにした。
やば、過剰反応だドラゴンは言いすぎた。
「そ、それで。どうしたんだ! ドラゴンは。どっちに行った」
青年が噛みつくように叫んだ。ボウガンは二挺とも明後日の方を向いている。
「えーと、あっちの方へ逃げて行った……かな」
ワンパンで粉々になりましたなんて言えない。リョージは自分が歩いて来た方向を指さした。
「……そのドラゴン、どんな奴だった?」
栗色の髪の少女がジトっとした目つきで聞いてきた。さすがに嘘くさいか?
「黒いやつだ、そうだな体長は二十メートルくらい……」
「間違いない、《災厄のドラゴン》だ!」
青年が興奮を隠さず食い気味に言った。
「《災厄のドラゴン》に襲われて逃げきれたなんて聞いたことがない、見つかれば牛も馬も人間も皆食われてしまうのに」
少女は疑心暗鬼を隠さず、言葉の歯切れも悪い。
「あー落としてきた荷物に干し肉がたくさん入ってたからなぁ。そっちを食べて満足したのかも」
ペロッと嘘をつく。少女はまだいぶかしげな表情を崩していなかったが、青年の方は納得したのか表情を緩めボウガンを下ろした。
「運が良かったな」
片手を差し出しながら青年は名乗った。
「俺はグリーン・フィールド村のペータ。こっちは妹のリナだ」
手を握り返しながら。
「俺はリョージ、ニホンから来た。実は道に迷ってしまっていたんだ、できたら村で水を飲ませて貰えないか」
「わかった、武器も持っていないし。困っているなら見捨てる訳にはいかない。ついてこい」
ペータはボウガンを肩に担ぎ歩き出した。
後ろに付いたリナは、まだ少し疑わしそうな目でリョージを見ている。
栗色の髪が日差しを透かし、金色に輝いていた。
「……本当に、災厄のドラゴンから逃げられたの?」
「ああ、運が良かったんだと思う。逃げ込むのにちょうどいい岩場もあったし」
道中の風景を思い出しながら言いつくろってみた。決定的なポカにはなっていないはずだ。
「……そう」
リナは、まだ納得していないような様子で歯切れが悪い。
「許してやってくれリョージ。リナの幼馴染が先月、ドラゴンに食われたばかりなんだ……」
……おい、いきなりな話ぶっ込んでくるじゃねぇか。
「やめて! ペータ」
怒ったような、泣いているような声が背後から聞こえてきた。
「……そうか。なんか……すまん」
なんとなく謝らないといけない気持ちになったので謝ってみた。
「……もう、終わった事だから」
何かをこらえるようなリナの声に、リョージの胸が締め付けられた。
二十分ほど歩くと、柵に囲まれた家々が見えてきた。
「リョージ。グリーン・フィールド村へようこそ」
振り向いたペータが陽気におどけたポーズをとった。
小さな村だ。家は数十軒ほど。畑が広がり、井戸があって、中央には小さな広場がある。一見してのどかな風景だ。広場に設置された巨大な弩を除けば。
ペータとリナに挟まれる形で村に入ると、村人たちが集まってきた。
「ペータ、リナ、爆発音の正体は判ったのか?」
マッチョなおっさんはリョージにいぶかしげな視線を向けながら二人に話しかけた。
あちゃーさすがにあの爆発音は村まで響いたか。
「崩れ岩のところまで行ったけど判らなかったよダンさん。そこで出会ったリョージがドラゴンに襲われたが逃げ切った、ドラゴンは東の方へ飛んで行ったらしい、腹はいっぱいなようだから暫くは村には来ないだろう。爆発音もなにかドラゴンがらみだと思うけど」
おお、ペータ正解。
一通りペータの推測を聞いていたダンと呼ばれたおっさんはとりあえず納得したのか、リョージの方に視線を向けた。
「ところで誰なんだ、その男は」
どーも、通りすがりの神チート使いです。
「彼はリョージ。ニホンて遠いところから来た旅人だよ。災厄のドラゴンから逃げられたラッキーマンだ」
なんだかペータが雑に説明してくれた。
「どうも、ドラゴンから逃げるときに荷物を全部なくしちゃってね、できたら村でしばらく働かせてもらって装備を整えたいんだが」
うん、自然な流れだよな。手ぶらの言い訳にもなるし。
「《災厄のドラゴン》から逃げられたのか!?」
「信じられん……」
「本当なのか?」
ダンさんの後ろに集まってきていた村人たちが、熱い視線でリョージを見る。うーん、暑苦しい。
「あー、うん。運が良かったんだな、全財産は失ったけど生きてることに感謝してるよ」
「そうか、それは大変な事じゃったな」
一人の老人が、前に出てきた。白髪で杖をついている、まぁ村長だろうな。
「じいちゃん!」
リナが声を上げた。
「わしが、この村の村長じゃ。リョージと言ったか?」
ビンゴ。ってーことはペータとリナは村長の孫だってことか。
色々余分なことを考えながらじいちゃんに答えた。
「はい」
「善良なる旅人は歓迎する、この村に宿屋はないからワシの家に来るといい。ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます」
なんだか警戒ががばがばっぽいけどいいのか? まぁゲームでもどんどこ街中へ入って行っても平気だもんな。
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