第14話 月下の酒場
外に出ると、すでに夕暮れが近づいていた。
「銀月亭、か」
サラが書いてくれた地図を頼りに、宿へ向かう。
中央広場を抜け、少し落ち着いた通りに入ると、看板が見えてきた。
『銀月亭』
二階建ての清潔そうな建物。玄関には小さな花壇があり、手入れが行き届いている。
「ここだな」
扉を開けて中に入ると、カウンターの奥から初老の男性が顔を出した。
「いらっしゃい。お泊まりで?」
「はい。ギルドから紹介されて」
「ああ、冒険者さんか。ギルドカードを見せてくれる?」
リョージは受け取ったばかりのギルドカードを差し出した。
「……ほう、D級。新人さんにしちゃ高いランクだね」
男性――宿の主人らしい――が感心したように頷く。
「一泊、朝食付き。ギルド割引で銅貨60枚だ」
銅貨60枚……6000円ぐらいか。リーズナブルだ。
「お願いします」
小金貨から両替してもらい、銅貨を支払う。
「二階の奥の部屋だ。鍵はこれ。あと……」
主人が地図を取り出した。
「この近くに『月下の酒場』って店があるんだ。冒険者に人気でね。夕食はそっちで食べるのもいいよ。うちは素泊まりでも構わないし」
「月下の酒場……」
「ああ。料理も酒もうまいし、何より――」
主人が声を潜めて、いたずらっぽく言った。
「看板踊り子の踊りが見られる。あれは一見の価値ありだ」
「踊り子、ですか」
「ああ。若い冒険者なら、きっと気に入ると思うぜ」
主人が地図に印をつけてくれた。
「ありがとうございます」
「ゆっくりしていってくれ」
鍵を受け取り、二階へ上がる。
部屋は広くはないが、清潔で居心地が良さそうだ。ベッド、机、椅子、それに小さな窓。
リュックを下ろし、ベッドに腰を下ろした。
「……ふう」
今日は色々あった。
冒険者登録、魔力測定でガルドを驚かせ、模擬戦闘で合格、そしてドラゴンとエルダー・トレントの買取。
サラさんは、優しくて真面目で……リョージの無限収納も秘密にしてくれた。
(サラさん、いい人だな)
そんなことを考えていると、窓の外がオレンジ色に染まっていく。
リナのことを思い出した。
グリーン・フィールド村で、リョージを待っていてくれる。
(リナ……元気かな)
村に帰るのは、まだ先になりそうだ。
ドラゴンの金が村に届いたらみんなも喜んでくれるだろうか。
(ちゃんとやれてるかな)
不安がないわけじゃない。
なんだかんだ言って神チートは確かにチートだ。なんとか、できることをやっていくしかない。
「……さて」
リョージは立ち上がった。
「月下の酒場、行ってみるか」
◇◆◇
中央広場から少し外れた場所。
主人が教えてくれた道を進むと、賑やかな建物が見えてきた。
『月下の酒場』
木造二階建ての建物。一階の窓からは明かりが漏れ、音楽と歓声が聞こえてくる。
扉を開けて中に入ると、酒場の喧騒に包まれた。
テーブル席では冒険者たちが酒を飲み、奥のステージでは――
「おおっ!」
思わず声が出た。
ステージ上で、一人の女性が踊っていた。
燃えるような赤い髪。褐色の肌。大胆に肌を露出した踊り子の衣装。腰には金色の飾り帯が揺れ、踊るたびにシャラシャラと音を立てる。
何より目を引くのは、その踊りだった。
情熱的で、妖艶で、見る者を釘付けにする動き。客たちは酒を片手に、その踊りに見入っている。
「いい女だろう?」
隣のテーブルにいた見知らぬ冒険者が声をかけてきた。
「あれがこの店の看板踊り子、ザーラだ。毎晩、男どもがあの踊りを見に来るんだよ」
「へぇ……」
「ただし、手を出そうとした奴は皆フラれてる。気が強くてな、生半可な男じゃ相手にされねぇ」
冒険者が苦笑する。
踊りが終わると、客たちから拍手と歓声が上がった。
「ありがと、みんな! 今夜も来てくれて嬉しいよ!」
ザーラがステージから客席に向かって手を振る。その声は、踊りの妖艶さとは裏腹に、カラッと明るかった。
ザーラがステージを降り、客席を回り始めた。
「よう、今日も来たのかい?」
「ザーラちゃん、一杯おごらせてくれよ」
「やめときなよ、私と飲んだらあんたの今日の稼ぎ全部飛んじゃうよ」
客たちと軽口を叩きながら、ザーラは店内を歩いていく。
そして、リョージの前で足を止めた。
「あら、見ない顔だね。新人の冒険者?」
琥珀色の瞳が、リョージを値踏みするように見つめる。
「ああ、今日登録したばかりだ」
「ふぅん……」
ザーラがリョージの隣に腰を下ろした。
「あたしはザーラ。この店の踊り子やってんの。あんたは?」
「リョージだ」
「リョージね。変わった名前。どっから来たの?」
「遠くの村から」
「へぇ、田舎者ってわけ」
「そうなんだ、こんなに賑やかな街は初めてでね」
素直に認めるリョージを見て、ザーラはケラケラと楽しそうに笑った。
「あんた面白いわ。あたしだってこの街の生まれじゃないしね。で、どうだった? あたしの踊り」
「すごかった。見入ってしまった」
「あら、素直じゃない。そういうの嫌いじゃないよ」
ザーラが面白そうに目を細めた。
「ねえ、飲み物おごってよ」
「いいよ! 今日は冒険者登録して……色々あったからね、祝ってくれよ」
まぁ小金貨10枚あるし。あとで金貨も入るし。
「あっはは! 冗談よ冗談。駆け出し冒険者くんにあたしが奢ったげる。今日はいい踊りができたからね、気分がいいの」
ザーラが手を挙げると、店員が飲み物を運んできた。
「さ、乾杯しよ。あんたの冒険者生活に」
「ああ、ありがとう」
グラスを合わせ、酒を飲む。
「リョージ、あんたさ、他の男とちょっと違うね」
「そうか?」
「うん。あたしの踊り見て、鼻の下伸ばすだけの連中とは目が違う」
ザーラがリョージの目をじっと見つめる。
「なんていうか……もっと奥に、何か持ってる目」
え? 神チートのことかな? ドキドキ。
「……」
「ま、いいや。気に入ったわ、あんた」
ザーラが立ち上がった。
「また来なよ。あたしの踊り、見せてあげる」
「ああ、また来る」
「約束だからね」
ザーラがウインクして、別のテーブルへ向かっていった。
その夜は酒場で食事を済ませ、銀月亭へ戻った。
ベッドに横になると、今日の出来事が頭を巡る。
サラの優しい笑顔。
ザーラの情熱的な踊り。
(……この街、面白いな)
そんなことを考えながら、目を閉じた。
ザーラの姿が、妙に頭に残っていた。
◇◆◇
翌朝。
目が覚めると、窓から朝日が差し込んでいた。
「……よし」
身支度を整え、一階へ降りる。
「おはよう。よく眠れたか?」
主人が簡単なパンとスープを出してくれた。
「ありがとうございます」
「昨日、月下の酒場は行ったかい?」
「はい。ザーラさんの踊り、すごかったです」
「だろう? あれは一見の価値があるからな」
主人が満足げに頷いた。
食事を済ませ、宿を出る。
今日から、本格的に冒険者としての活動が始まる。
「まずは、ギルドで依頼を受けよう」
ギルドに到着すると、すでに多くの冒険者が集まっていた。
依頼掲示板の前には人だかりができている。
「おはようございます、リョージ様」
声をかけられて振り向くと、サラが受付カウンターから微笑んでいた。
「あ、おはようございます」
「昨夜はよく眠れましたか?」
「はい、銀月亭は快適でした。紹介してくれてありがとうございます」
「それは良かったです」
サラが嬉しそうに笑う。
「今日は依頼を受けられますか?」
「はい」
「でしたら、こちらの掲示板からお選びください。D級の方が受けられる依頼は、青い枠で囲まれています」
「分かりました」
掲示板に近づき、青い枠の依頼を見ていく。
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【討伐依頼】
森のゴブリン退治
報酬:銅貨500枚
ランク:D級以上
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【護衛依頼】
商人の護衛(街道往復)
報酬:銀貨3枚
ランク:D級以上
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【採取依頼】
薬草採取(森)
報酬:銅貨300枚
ランク:E級以上
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どれも悪くない。
でも、一番得意なのは……
「討伐依頼、受けます」
サラのカウンターに戻り、依頼書を渡した。
「ゴブリン退治ですね。かしこまりました」
サラが依頼書を受け取り、記録を取る。
「森の入口まで徒歩で一時間ほどです。お気をつけて」
「ありがとうございます」
リョージはギルドを出て、森へ向かった。
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