chapter.9
きぃ……
「おっ、ここは……」
一人の男が、戦いの喧騒に紛れて、ブルーローズのある船室の扉を開けた。
そこは通称、『瑞華の宝箱』。いわゆる『財宝庫』である。
煉夏の食費や船の雑費に消える宝とは別に残してある、瑞華のへそくりの置場所だ。
男はニヤリと笑うと仲間を呼んだ。
「おい、ちょっと来てみろよ」
「あ? なんだ?」
男の言葉に反応した近くにいた仲間が彼に近づこうとする。しかし仲間たちは、なにかに気づいたように目を見開いた。
「! おい、上!!」
「は? 上だぁ?」
切羽詰まった仲間の声を訝しんだ男が、自分の頭上を見上げる。
そして、次の瞬間。
「なっ…」ドカッ!「ぐぇっ」
男が状況を理解するより早く、上空からなにかが降ってきて、彼の顔面に着地した。
かえるの潰されたような声を上げて、『瑞華の宝箱』前に立っていた男は動かなくなる。
近くにいた男たちは思わず後ずさった。
そして、そこに立っていたのは。
「……も~、やめてよ~。あたしが瑞華に怒られる」不満そうにぶちぶちいいながら、煉夏が男の顔面から降りた。
「なっ、なんだお前は!!」
あり得ない高さ――マストの上から飛び降りて、無傷で立っているその少女に、男たちは狼狽する。
「お前たちに名乗る名前はない! ……なんちゃって☆」
「くっ! この女、俺たちをバカにしてんのか!?」
「やっちまえ!!」
語尾に星マーク付で言う煉夏。短気な男たちは、まさに悪役じみたセリフを吐いて、彼女に向かって一斉に殺到する。
「! ちょ、ちょっと待てお前ら! ソイツは……!」
煉夏に殺到する男たちから少し離れたところにいた別の男が、慌てて声をかけるが、間に合わなかった。
両手を支点にして、煉夏が両足で繰り出した蹴りによって、一斉に向かっていった男たちはあっさりと吹き飛ばされた。
彼らはそのまま海に沈む。
「くっ! このっ……」
ひとり残された、離れたところにいた男が、意を決したように煉夏に一直線に向かってくる。
彼女は素早く立ち上がると、真っ向勝負を挑んできたその男の半月刀を白刃取りして、そのままその手首をひねるように動かし、自分の方に引き寄せる。
「うわっ......」
思ったより強い力に、剣を持ったままの男が小さく声を上げバランスを崩すと、そのままその顔面に肘鉄をたたき込む。
彼は鼻から血を流しながら、そのまま倒れて甲板に強かに背を打って、床に亀裂を走らせた。
「やばっ、詩苑に怒られる……っっ」
それに気づいた煉夏が、焦ったように言う。そしてどうしようかとその亀裂を眺めていると、後ろから殺気を感じた。
しかし煉夏は、その凄まじいまでの殺気に怯んだ風もなく、殺気の主に正対する。
「…ほぉ。怯まないのか」 感心したように言う男、ジャッカルに、煉夏はあっさりと言ってのけた。
「そんなんだったら、マジギレした詩苑のが恐いもん」
その言葉に、ジャッカルはくっと小さく喉で笑う。
「そうか。まぁいい…」
そして目を開けると、睨み付けるように煉夏を見た。
「部下たちの落とし前、つけさせてもらうぞ、“煉獄の戦姫”」
言うが早いか、手にもったピストルを発砲する。煉夏はあっさりとそれを避けると、ジャッカルとの距離をつめた。
しかしさすが船長ともなると、数々の修羅場を潜ってきたせいもあり、特に怯んだ様子もなく、すぐに体勢を立て直している。
ジャッカルが繰り出した拳を避けるように、煉夏は彼にぶつかる寸前で向きを変え、彼の後ろに回り込んだ。
目にも止まらぬ早さとはまさにこのことで、相手にしてみれば突然煉夏が消えたように見えるだろう。
「ほぉ……」
ジャッカルは感心したように呟き、そして後ろも見ずに肘鉄を繰り出す。
なにもないと思った空間 、そこはちょうど、煉夏の現れた空間だった。
ドカッ という手応えと共に、煉夏が船の手すりの方へ吹き飛ばされ、その衝撃で砂埃が舞う。
「…まさか、もう終わりなんて言わないよな?」
楽しそうに笑いながら、ジャッカルは砂埃が舞っている方向を見た。
やがて、視界を遮っていた砂埃が晴れる。
「! やはりか」
ジャッカルは小さく呻く。
砂埃が晴れた先に、煉夏の姿はない。予想してたとは言え、確かな手応えは感じたのだが…。
「上!!」
空気の流れが、わずかに残る砂埃のおかげで上に動いたと感じたジャッカルが、上空を見上げた。
「残念。下だよ~」
「なっ」
声と同時に、顎に重い衝撃。
煉夏が伸び上がり様に放ったアッパーは、ものの見事にジャッカルの顎を捉えていた。
その衝撃は脳にまで伝わり、彼は平衡感覚を失って倒れる。どうやら軽い脳震盪を起こしたらしい。
思った以上に凄まじい衝撃のせいで、しばらく立ち上がれそうにもなかった。
「……参ったな……、こりゃ、立ち上がれねぇ……」
空を見上げて、ぼやくジャッカル。
「……確かに上に気配が動いたと思ったんだが……」
「勝負にはフェイントも必要だよ~」
空を見上げる視界を遮るように、煉夏がジャッカルの顔を覗き込む。
ジャッカルは、どこか自嘲気味に笑った。
「…しかもテメェ、俺の攻撃全部避けただろ」
「んん~?」
煉夏は曖昧に笑う。
ジャッカルの目から見て、彼女はどこも怪我した様子がなかった。
おそらく、最初の肘鉄も手すりへの激突も、彼女は回避していたのだろう。
「くそっ、どんな運動神経してやがる」
悪態をつくジャッカルを、煉夏はだだ眺めていた。
最強の戦闘員




