四月・2 萌えろいい女
────最近、山口が妙に静かである。
先月のウェディング体験の時も無言だったが、以前ほどオレと会話をしなくなった気がする。
避けられている、ともちょっと違う気がするんだが……。
いやまぁ、この所は合唱部以外にも、軽音部創設の話が上がってもいるし。
そういった意味ではピアノ兼キーボード女子としては忙しくなったから、単に疲弊しているだけなのかも知れんが。
今も音楽室で何かの課題曲を、新一年女子へと懸命に指導してはいるんだが、何というか、こう、安定に欠けると言うか、心ここにあらずと言うか。
そういった気分が演奏からでも感じられる。ちょっとどころかかなり心配だ。
ちなみに玲華の姿はない。今日は玲華(父)が来るとのことで、一足先に帰宅している。
「山口センパイ、ありがとうございました!」
「はいお疲れ様。今日だけでずいぶん上達したね」
「えーそうですか? でもありがとうございます! 失礼します!」
そしてピアノ椅子から立ち上がると、次はトレーニングパッドでスネアの練習をしていたオレにも挨拶に来た。
「お疲れ様です! センパイって本当にすごいですね!」
「そう? オレみたいな怠け者でもできるってことは、スネアが簡単なだけだと思うけど」
「そんなことないです、ソンケーしちゃいます!」
「あはは、ありがとう」
「それでは失礼します! 山口センパイとお幸せに!」
バサバサー!
山口がピアノから譜面を盛大に散らかした。
視線をそちらに送ったが、なんか上手くかわされているというか。
……おい、何だか妙な雰囲気になってしまったジャマイカ、どうしてくれる。
そんな俺たち二人の様子を、ハイドンさんが含みのある顔で見つめていた。
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「新一年生も含み、いくつかの派閥ができあがったようです」
「……なんて?」
翌日の土曜日。
本日の担当の涼木さんから、オレは昼の下校時刻の後に体育館裏で話を聞いていた。
『これは他のせんぱい達には聞かせられないお話なので』という理由らしい。
「新一年生達にも、ファンクラブの話は伝わっているんですが」
「マジで」
「まじです」
「そうなんだすごい」
「会員もぜっさん増加中です」
「なにソレこわい」
いやまぁ、怖がってばかりもいられないな。気を取り直してっと。
「で?」
「はい、要するに『どの女子が初川せんぱいとお付き合いすることになるのか?』という意味で、個々に応援団のような組織ができつつあるようなのです」
「それってつまり、山口派とか玲華派とか、そういう感じ?」
「はい」
えーと、あのね?
「それもう『競馬ファン』みたいなものじゃんか……」
「ちなみに、優勝最有力候補は玲華せんぱいです」
「あー」
「二番手が山口せんぱいで」
「あー」
「続いて青野せんぱい、松元せんぱいと続き」
「あー」
「ダークホースとして度会せんせい、私、コマ姫ちゃんです」
「 」
そこに度会先生を含めるなよ。ただの会長だぞあの人。
いや、そもそも『ファンクラブ会長』ってポジションからして、かなりおかしいんだけど。
オレが心の中で盛大にズコーしていると、はた、と話が途切れた。
ふと見れば、涼木さんがモジモジしている。
これはアレだ。自分も恋愛レースに出走していることをポロッと漏らしてしまい、自分で恥ずかしくなってしまったらしいな、可愛いね。
貴重な情報を提供してくれた涼木さんには、煙が出るほど頭を撫でてあげた。
しかしそうか、てことは、今日のピアノ女子は山口派だったのか。
ならあのセリフも理解できたわ。
なんだか校内に、今までのファンクラブとは違った形が出来上がりつつある、のは分かった。
しかし、それが山口のあれらの態度とどう繋がるんだ?
気がつけば、頭を撫ですぎてフニャフニャになってしまった涼木さんが、オレの太ももに倒れこんでいた。
オッサンの膝枕なんて嬉しくないだろうに。




