三月・2 プレイバック Part2
小学校とは違い、中学からの走り高跳びは「背面跳び」が許可される。
それまでは、いわゆる「はさみ跳び」と「ベリーロール」のみなのが普通だ。
なのでその背面跳びの指導法をどうしようかと、昨日は松元と二人でウンウンと頭を悩ませたのだが、今日やってきた子供達は中々に優秀だった。
「実は小学校でもコッソリ練習してました!」
なんて子が多くいて、特に教えることが少なかったのは幸いだった。
オレは記録係兼バー直し要員として動いていたが、────その時オレの背後の100メートルコースで、何やらどよめきが起きた。
見れば一人の小学生女子が、コース上にぺたんと尻餅をついている。多分転倒したのだろう。
流石に放置する訳にもいかず、オレは松元に「ちょっと外すぜ」とアイコンタクトで伝え、現場に駆け寄った。
彼女は呆然としつつ、自分の右足をジッと見つめていた。
オレも何事かと視線をそちらに向けたんだが、……正直ちょっと顔が引き攣った。
彼女はしっかりとスパイクを履いていたんだが、走っている時に足がもつれたのか、右足首の内側がザックリと切れていたのだ。
うわ、これちょっと間違ってたら、アキレス腱にまで被害が及んでいたかも知れない。多分スパイクが原因だろうが、それにしたって部位が部位だ、危なかったなー。
そして不思議なことに出血はほぼ全く無く、逆にそのせいで切り口からは白い筋組織が見えてしまっていた。
そこへ松元も遅れてやってきたんだが、彼女もその光景を見て立ちすくんでしまった。どう声をかければいいのか分からないのだ。
「う、うっ……」
やっと自分のケガの重大さに実感が伴ったのか、それとも痛みが遅れてやって来たのか。
その小学生の喉から嗚咽が漏れようとしていた。
「松元、一足先に保健室へ行って、先生に『119だ』って言っておいてくれ」
「分かった!」
そう言って松元が校舎へ向けて走り去った。
気づけばオレの後ろに他の生徒が集まり、「うわ」だの「ひでぇな」だのと口々に話をしている。
────オレはその不躾な発言についカッとなり、
「ばかやろう、見世物じゃないぞ、散れ!」
と怒鳴ってしまった。そしてその声に驚いたのか、とうとう彼女がワッと泣き始める。
「あっ、ごめんな」
オレは彼女の手に、今まで首にかけていたスポーツタオルを握らせた。
そして顔にタオルを押しつけた瞬間、彼女はさっきよりも盛大に泣きじゃくり始めた。
初めてやって来た場所というのもあるが、多分経験したことのない大ケガなのだろう。今の今までそりゃ不安だったろうな。
騒ぎを聞きつけた関先生がやっと到着、後の処理はお願いした。
その数分後、救急車のサイレンが学校の敷地内にやって来た。
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学校見学会の翌週、月曜日。
理科実験室から自分の教室へ戻る廊下で、何故か保健室の先生から呼び止められた。
「キミが初川くん、でいいのよね?」
「はいそうですが?」
いつぞや涼木さんの治療をお願いしたときの先生だ。
あの時は治療後にさっさと消えてしまった無慈悲な人だと思っていたが、後で聞いたら涼木さんの家に連絡を入れてくれていたんだそうな。誤解してしまいました、ゴメンナサイ。
「今朝小学校から、『ケガをして泣いている女生徒に、胸元のポケットからハンカチをスッと取り出して貸してくれた、紳士みたいな男子生徒がいる』って感謝の電話があったんだけど、ひょっとしてキミの事?」
────「噂話には尾ひれが付く」とは言うものの、これもう事実誤認とか捏造ってレベルじゃ済まないのでは?
色々とツッコミたいのを抑えていたが、本日のオレの警備担当でもある山口が、横で盛大に溜息をついた。
「またかー……」
いやあの。
「今回は不可抗力なんだから勘弁して欲しいんだが」
「今回”も”の間違いでしょ?」
「ハイソウデスネ」
副助詞が一個変わるだけで意味合いが全く違う。日本語って奥深いね!
そんなオレ達を見て、保健の先生がケラケラと笑い出した。
「とにかく、相手の女生徒が今日の放課後お礼に来たいって言ってるそうだから、来たら面通しするわね」
「え、でも直接対処してくれたのは関先生だった筈ですが」
「そっちとは別件なんじゃないかしら? じゃあね、紳士くん」
行ってしまった……。
残されたオレと山口は改めて顔を見合わせ……、二人して肩を落としたまま、とぼとぼと教室へ戻ったのだった。




