二月・3 The Battle of Epping Forest
そしてバレンタインデー当日。
男子達が下駄箱や机の中を、平静を装ってちょこちょこ確認するという、静かだがやたら忙しない一日の到来である。チョコだけに。
オレ? オレはそんな心配などしていないさ。
何せオレには「受験勉強で忙しいから恋愛沙汰は止めてくれ」って事前通告もあって、ただの一つも貰える理由が無いからな、はっはっは。
─────そう考えていた時期がオレにもありました。
まず駐輪場に着いた時点で、後輩数人に囲まれ直接手渡され。
這々の体で辿り着いた下駄箱を見れば、中の上靴が消えていて
────上靴は下駄箱の上に移されていた────
隙間無く箱がギッシリ詰め込まれ。
更には教室の机の中もいっぱいいっぱいで、教科書の一冊も入らず。
男子達からの恨みの籠もった視線に耐えつつ、オレの一日はこうして始まった。
困ったな。
音楽室と違って、この感情をぶつける相手が見当たらないぞ……。
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「うーん、結局こうなったかー」
普段は鞄にしまってあった薄手のナップサックも使い、全てのチョコを詰め込み終わった所で、すっかりオレの隣が定位置となった玲華がぼやいた。
「何だかなぁ」
オレが返すと、玲華が続けた。
「あれだけ頑張って告知活動したのになー」
「……なんて?」
そこへ玲華の横にやって来た山口が、口の前に指を一本立てた。
「れいちゃん、それはまだ」
「あっそうだった」
こないだ『あっち側』になったらしい玲華が黙った。ちょっぴり疎外感。
少しばかり温度の下がった空気に、オレが居心地の悪さを覚え始めた頃。
山口が真顔になってこちらを見た。
「初川さ」
「ん?」
「今日の放課後、部活が終わったら音楽室に来てくれる?」
「……わかった」
何はともあれ事情が聞きたい。
その後やっと一限目の授業が始まったが、オレの脳は軽石にでもなったかの様にスカスカ。
過去とのあまりの違いっぷりもあって深刻なキャパ不足も発生し。
結果、思考放棄せざるを得なかった。
そんなオレの耳を、校庭で体育の授業が始まった一年女子達の声が素通りしていった。
「これはチャンスだ! と考えた女子が増えてしまったようです」
前回にはいなかった涼木さんが、開口一番そう言った。
あっという間に時間は過ぎ、気づけば部活も終わっていて、今は音楽室のオレ。
「あっちゃー」
「そうきたかー」
山口が頭を抱え、玲華は項垂れた。
オレは喋らない、鯉なので。
正直言うと、疲れていた。
なので早く解放して欲しい、お布団が恋しい。
「まさかこれ程の逆効果になるとはねぇ、先生も予想外でした」
「いいアイデアだと思ったんだけどなぁ」
「そだねー」
度会先生と松元、そして青野も呆然としつつ、オレの荷物を見て言った。
「あのー」
場がなんとなく落胆した雰囲気で染まっているのに耐えきれず、酸欠気味な鯉は口を開くことにした。
「みんなが何かしら動いてくれたのは、うっすらですが分かります。それで、実際は何がどうなったんでしょうか?」
女子達が一斉に度会先生を見た。
先生も観念したかのように、一語一語言葉を選ぶようにして話し始める。
「ええと、もちろん初川君は知らないでしょうけど、実はこの学校には、君の『ファンクラブ』があるの」
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───── オレ は 宇宙猫 に なった。
「去年のいつ頃からだったかしら。とある生徒たち複数から、あくまで恋愛相談として話を聞いたんだけど」
青野、松元が顔を伏せた。
「解決策の一つとして、『全員で抜けがけ禁止って条件を設定したら?』って提案して、みんな今は勉強や部活を頑張りなさいって発破をかけたのね」
山口がウンウンと首を縦に振った。
「そしたら初川君ってば、ええと、その当時はもちろんファンクラブじゃなかったんだけど、その集団とは関係の無い女子、ここにいる玲華さんや涼木さんを助けたでしょう?」
玲華と涼木さんが背すじをピン! と伸ばした。
「その事もあって相談も増えたの。それに先生も春に言ったわよね? 初川君を特別扱いしますって。じゃあもういっその事、正式にファンクラブ設立しちゃえばって話になって、私が会長に就任……って、聞いてる?」
おかしいな。
先生は確かに共通言語を話しているのに、全く意味が伝わってこないぞ?
「ちょっと初川、大丈夫?」
「ウン、ナントカ」
声をかけてきた青野に向けて口を開いたことで、ようやく思考が回り始めたんだが。
じゃあ、今日のこの状況は何なんだ……。
オレは40個を優に超えるであろうチョコ群に目をやり、度会先生に視線を投げた。




