一月・8 それは学校でプラトニックで
「どうもみなさん初めまして! トオルくんの親戚で嫁です初川玲華です同い年です独身です! 家はトオルくんちの隣ですよろしくー!」
「「わ、わー……」」
本日は1月8日、新学期初日である。
「今日転校生が来るってよ!」
「可愛い子だといいな!」
と、ホームルーム前に色めき立っていた男子達が、今の自己紹介で全員沈黙。女子は既に顔を合わせていた面子以外、なんとなく弱々しい歓声と拍手をあげただけだった。どーすんだよこの状況。
「はい、今の自己紹介にもあった様に、玲華さんは初川くんの、正しくは分家筋の子だそうです。でいいのよね?」
「はいそーですー! あと嫁って所は外さないで下さいね、神野センセー!」
「ええと、初川君?」
「はい何でしょう」
ちょっとばかし胃が痛い。このあと即時早退していいですか?
「玲華さんは親同士が決めた婚約相手とか、そういう立場の子なの?」
「いえ全然まったくもってこれっぽっちどころか1ピコリットルもそんな事実はありません」
「ええー」
「玲華さぁ……」
これから毎日顔を合わせ、一緒に受験勉強もする同級生の前なんだから、あんましはっちゃけたアピールするんじゃないよ。
「まぁこの地方の婚姻事情は先生それほど深くは知りませんし、適度なお付き合いであれば黙認します」
「いやちょ」
「さ、では玲華さんは初川君の隣の席に座ってね?」
「はーい! トーちゃん教科書見せてね!」
前回の席替えで窓際最後列だったのが、今になって裏目に出るとか。ニコニコ顔で隣に座った玲華はと言うと、いそいそと机をくっつけてきて教科書をご所望である。
「はい全員注目! 今日は第一次大戦からですよー」
神野先生がクラス中の思惑を吹き飛ばすかのような、明るい声で授業を始めた。
何故か「第一次」というワードにイヤな汗をかく俺だった。
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「初川てめーコノヤロー、あの子はなんなんだよ!」
勃発したねー、第一次。
休憩時にトイレに行くと、男子共がワラワラと付いてきた。俺にはツレションの趣味は無いんだが。
「何なんだと言われても、ああいうヤツだとしか」
「お前最近ちょーっとばかしモテてるからって、調子のってねぇ?」
このメインで絡んでいるヤツは作間という。小学校の頃は結構仲良く遊んだ記憶があるんだが、俺が一度ヤツの家に遊びに行ったら作間の姉に妙に気に入られてしまい、それ以来距離が遠くなっていった過去がある。
まぁ今なら分かるよ。好きな姉が(※自分の同級生とは言え)オトコに興味を引かれた、なんてことに気づいたら、遠ざけようって気にもなるわな。
「ふん、お前今後もオレの家の周りをうろちょろすんじゃねーぞ」
「でないと作間のねーちゃん、妊娠すっかも知れないしな」
「バカてめぇなんてこと言うんだクソが!」
別の男子が不意に茶化した所、作間は顔を真っ赤にして怒りだした。おっと、これは良くない流れになったぞ。早急に止めねば。
「それはいくら何でも作間の姉さんに失礼だろ。今言ったヤツ、取り消せよ」
「お、おお、悪かった。もう二度と言わねぇよ」
茶化した男子が素直に謝った。大生だったか。作間の取り巻き一号って感じのヤツだ。
「オレを茶化すのは自由だが、女子を貶すのは止めろよ。ましてや陰口なんてみっともないぞ。それと、玲華や他の女子に何かあったら、オレは初川家の総力を挙げてお前らの家を潰して回るぞ」
「す、すまねぇ、悪かった、この通りだ」
「初川てめぇこのやろ、……ちょっと見直したじゃねーか」
「あー、所でもういいかこの騒ぎ? 膀胱がそろそろ限界なんだが」
「お、おう」
たまにはド正論で真っ向から叩いておかないとな。小学校の頃は病弱で結構いじられたが、スポーツも勉強もこなす俺は、どうやら現在カースト上位と言っても良い存在になりつつあるらしいし。
これに実家の威光───あまり頻繁に使いたくはないが───をかざせば、まぁ何となく場が収まるぐらいの実力はついているのだ。権力こそパワー。
作間もどちらかと言えばジャイアンの様なガキ大将タイプなんだが、ケンカとなると相手を冷静に分析できるヤツである。生前(?)俺が一回だけ本気でブチ切れた事があったが、その時は慌てて止めに入った事もあるのだ。
俺は今のやり取りですっかりグンニョリしてしまった息子氏を取り出し、用を足してから教室へ戻った。
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廊下まで戻り教室の中をのぞくと、玲華は同級生の女子達に囲まれていた。初っ端の自己紹介があまりにもアレだったんで正直心配していたのだが、どうやら問題は無さそうだな。
ちょっとだけホッとしていると、教室からそーっと出てきた山口が近寄ってきて耳打ちしてきた。
「女子全員、それほど気にしてないみたいだよ」
「そうなのか、それは良かった。今朝のやらかしで孤立していやせんかって、ちょっと気がかりだったから」
「お優しいことで。ところで男子の方はどうなの?」
「あー、さっき詰められたけど、こっちも無事解決したよ」
「え、大丈夫だった?」
「おかげさまで」
「そっか、じゃあ安心だね。流石にあの挨拶は予想外だったけど、ボク主導で”ああいう個性の子なんだよ”って説明しといたから」
「や、それは本当に感謝だ。ありがとうな山口」
「ふっふっふ、じゃあ今度二人っきりでお出かけしようか。それでチャラね」
「おー、それぐらいお安いご用だ」
そこで山口は、……何故かぷーっと頬を膨らませた。何だよ一体。
「んー、初川ってばホントに女の子慣れした天然ジゴロみたいなこと言うねー」
「そうか?」
まぁ同世代の男子よりは落ち着いてるだろうさ。過去にお付き合いした中で一番年の若かった女子には、
『センパイは他の男子みたいにガツガツしてないから怖くないし、むしろ安心できるんですよね』
とか言われた事もあったし。女子がやや年上の男性に憧れるのって、この辺りなのかもな。
「前に手を合わせたときの、ボクのドキドキはなんだったんだ……」
「音楽室でのアレか? オレだって少し恥ずかしかったんだが」
「えっ」
「そのあとの左手争奪戦で、色んな感情が一気に吹き飛んだけどな」
あの時のおサイコさんっぷりには、正直ちと引いたんよ。
「しまったーやらかしたかー」
「でもま、ピアノにかける情熱はしっかり伝わったし、そう落ち込むなよ」
「ふえっ」
ピンポンパンポーン♪
「おーいそこの二人、とっとと教室に入れー」
「「はーい」」
始業のチャイムと共に廊下に現れた関先生が、教室内の様子と俺たちを半々に見てニヤけていた。




