五月・5 健全 安全 好青年
『 一 幻燈
當時、私には一日一日が晩年であつた。
戀をしたのだ。そんなことは、全くはじめてであつた。
それより以前には、私の左の横顏だけを見せつけ、私のをとこを賣らうとあせり、相手が一分間でもためらつたが最後、たちまち私はきりきり舞ひをはじめて、疾風のごとく逃げ失せる。』
いつぞや『駆込み訴え』で太宰に刺されまくったオレだが。
今はまた性懲りも無く『ダス・ゲマイネ』を読み、盛大に打ちのめされていた。
『けれども私は、そのころすべてにだらしなくなつてゐて、ほとんど私の身にくつついてしまつたかのやうにも思はれてゐたその賢明な、怪我の少い身構への法をさへ持ち堪へることができず、謂はば手放しで、節度のない戀をした。』
あの頃。
中三になり、女子達から距離を置かれ始めたオレは、きっとこんな心境だった。
『好きなのだから仕樣がないといふ嗄れた呟きが、私の思想の全部であつた。
二十五歳。私はいま生れた。生きてゐる。生き、切る。私はほんたうだ。好きなのだから仕樣がない。
しかしながら私は、はじめから歡迎されなかつたやうである。』
そしてある日。
コマちゃんからも交際をお断りされた辺りで、ふっと気がついた。
自分には明確な恋心などは微塵も無く、ただただ「寄ってきてくれる異性」に対し、安心とか安堵とか安寧とか、そういった「癒やし」のようなものを求めていただけなのではないかと。
『私は手ひどくはねつけられ、そうしてそれっきりであった。相手はどこかへ消えうせたのである。』
だから正直に白状しよう。
────オレ、中学生女子とまともにお付き合いした経験値、皆無デス。
三月にブライダル体験をした辺りから、何となく周囲の空気がピンク色に染まりつつあるのを、流石のオレでも理解はしていた。ええ、ハイ、一応は。
んでもガワはともかく、中身は正真正銘(?)オッサンなので、「子供からの無邪気な好意」と言うか「想い」を、どうしても正面から受け取められずにいるのだ。
きっと女性不信のまま大学に進学し、サークルでのコンパで元カミさんと知り合い、さほど時間も掛からず肉体関係にまで陥った自分だから、こんな状況になったのだろう。
え、どうしよう。KENZENなお付き合いってどうやればいいんだ?
たった一日、コマちゃんと二人でデート────のようなもの────をした時も、結局手を繋ぐこともせず、妙な義務感だけを持ったまま家に帰したんだよな。
ああ、そう言えばオレ、コマちゃんと別れたという事実とその原因と思われる話を、例の叔母に相談した事もあったっけ。
「手ぐらい握ってあげれば良かったのかなって。付き合い方がキレイ過ぎたのかも知れない」
「中学生のうちから汚い付き合いなんかしちゃダメでしょ」
はい、仰る通りです……。
『「ちぇっ! また御託宣か。
――僕はあなたの小説を読んだことはないが、リリシズムと、ウイットと、ユウモアと、エピグラムと、ポオズと、そんなものを除き去ったら、跡になんにも残らぬような駄洒落小説をお書きになっているような気がするのです。僕はあなたに精神を感ぜずに世間を感ずる。芸術家の気品を感ぜずに、人間の胃腑を感ずる」』
太宰さん、もう少しこう、何というか、手心というか……。
『「人は誰でもみんな死ぬさ」』
────オレ、今回も無事脂肪 もとい 死亡。
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太宰を読む度に刺されてばかりもいられないので、取り敢えず朝練に来た。
健全な精神は健全な肉体に宿る────訳では決してないが、とにかくカラダを動かしたかった。
ちなみに今朝はソフトテニス、担当はやはりというか青野だ。
「なんかアンタ、朝からものすごく疲れてない? どうしたのよ?」
「や、ちょっと夢見が悪かっただけだよ、気にしないでくれ」
「どんな夢だったのよ?」
「えーと何というか、前世のオレがほにゃららみたいな内容だったんだけど」
「初川の前世って何だったの? オオアリクイ?」
その絶滅危惧種、どっからきた。
「普通にオレだったよ。でも朝起きたらほとんど思い出せないんだよなぁ」
「あー分かる、夢ってそんなモンよね。でもなんで人って夢なんか見るのかしらね」
そこでレムだのノンレムだのの単語が浮かびはしたが、朝からそんな重たい話はしたくないので、今ぽんっと頭に浮かんだ言葉で、簡潔に答えることにする。
「現実だと、願いを叶えるための時間が足りないから、じゃないかな」
「うわ、キザ……」
「ひどくね?」
いやまぁ、今のは自分でもどうかなとは思ったけどさ……。
ピンポンパンポーン♪(×複数)
(いっ、いまのは!)
(初川センパイ名言集に追記よ追記!)
(後でコマ姫ちゃんにも教えてあげなきゃ!)
一年女子達の辺りから、不穏な声が聞こえている。
待って、何それ知らん、コワイ。
「ほらアンタたち! サボってると素振り百回追加するわよ!」
「「ごめんなさーい!」」
色々とツッコみたいことはあったが、まぁいいや、好きにしてくれ。




