五月・4 YAKIMOKI
「ねぇ初川、結婚適齢期っていつからが普通だと思う?」
「げふんげふん! なんっだ唐突っに!」
今日の警備担当である松元がいきなり妙なコトを言い出し、オレはしらすの入った卵焼きを気管に詰まらせた。
場所は校舎の屋上。
たまには外で昼飯を食べようかと言う話になり、こうして出向いて来た訳だ。
「だっ、大丈夫?」
「ぜんっぜんだいじょばないぞ、げふんごほん!」
むせ込んだオレを見かね、松元が自分の飲んでいた水筒のお茶を寄越してきた。
ありがたく頂戴し、何とか落ち着きを取り戻した所で、オレは改めて松元を見た。
「で、改めて聞くけど何がなんだって?」
「だから結婚適齢期の話よ」
「そんなモン、六法全書さんに聞けばいいじゃんか」
男子18、女子16で結婚できた時代である。
まぁ両家の親が許可すれば、という前提ではあるが、この頃の男子は高卒で就職するケースもまだまだ多く、また女子については「花の16歳」なんて言葉もあり、それを題材にしたTVドラマもあったぐらいだ。
ちなみに、ビアスの『悪魔の辞典』からの引用だが、出産とは「人生という大惨事の第一幕」と書かれているぐらい、女性の身体への負担は大きい。
なので医療の進歩が目覚ましい未来とは違い、若くて体力もあり、出産にも充分耐えられる程度には身体が出来上がった、と見做された年齢が「16歳」なのだろうと、オレは考えている。
「つか、なんでそんなことを思ったんだ?」
「うん、実はこないだ『赤とんぼ』の歌をふっと思い出したのね」
「それで?」
「2番か3番に『十五でねぇやはよめにゆき、お里の便りもたえはてた』って歌詞があるじゃない」
「ああ、あったな」
「だから昔の、と言うか、お祖母ちゃんやもっと昔の人達って、何歳ぐらいでお嫁に行ったのかなって」
なるほど、至極真っ当な疑問ではあるな。であれば、生前(?)に得た知識を、ここで喋っても良かろう。
オレが医療事務から介護職員になった時、100歳越えの「お嬢様達」に聞いた話である。
「以前オレのばあちゃんから聞いたときは、『十五で嫁入りは随分と遅い方だった』って言ってたぞ」
「えっ?」
なんでか知らんが嬉しそうだな。
「ちなみにばあちゃんは十四だったって。で、たまたまその時いた近所の高齢者さんにも、同じ話を聞いてみたら、一番若いケースでは十歳てのがあった」
「じゅっ!?」
「まぁ嫁ぎ先が瓦屋さんで、結構裕福な家だったそうだが、どちらかと言えば嫁いだ直後は、丁稚奉公みたいな扱いだったって話だ。だからその家のしきたりやら家業やらを必死で勉強して、実際に子作りに励んだのは、やっぱり16ぐらいだったそうだよ」
「な、なぁんだ、ビックリしたー!」
ダヨネ。
「だから適齢期自体については、具体的に何歳からって基準は無い、と、オレは考える」
「なるほど」
まぁ未来では児童福祉法だのなんだのの関係で、昔のような婚姻関係はアウトになった訳だが。
ちなみに今の「十歳で嫁入り」した高齢女性は、
「旦那の顔、あたしゃ祝言を挙げる日まで見たことがなかったよ」
と笑っていた。当時の婚姻は、現代とは全く価値観が異なるのは致し方ない。
そもそも日本は家父長制の国。「お家断絶」なんてのは、最も忌避すべき事態だったろうからな。
「ふーん、そっかそっか、昔の基準なら中学生同士でも、結婚はして良かったんだ」
「あー、一つ誤解してるぞ」
「え?」
「男性が嫁さんを貰う条件てのは、家業を継ぐなり、経済面で独り立ちしてからの話だ」
「ええと?」
「嫁さんが14で旦那が38、なんて年の差カップルも、当時は多かったそうだ」
「……それはちょっとイヤかも」
「オレも同感だ」
経済的に自立した旦那が、世継ぎ目的で貰う嫁。
理にはかなっているとは思うし、もちろん婚姻後に恋愛関係にも進展しただろうけど、ジェネレーションギャップだけは如何ともしがたいものだと思うよ。
……所で。
何故か松元が、オレの手元を見て顔を赤らめている。
「こ、コップ返してくれない?」
「おお、すまん」
あ、これ、間接キスになっちゃったのか、マジすまん。
だがその恥じらう姿は、ひたすら可愛いぞ。
「ありがとな、心配してくれて」
「うん……」
黙ったまま顔を真っ赤にして頷く松元と二人。何だか色んな事を考えてしまった。
結婚。結婚ねぇ。




