五月・2 Who dunnit?
「さて。今日の授業は内容を特に決めていません。なので皆さんからのリクエストを取ってからにしようかなと思ってます」
週に一度の図書室授業、今日も満員御礼である。
……本来、図書室って静かに利用すべきなんだが、まぁ一回10~15分程度のものならいいだろうと、先生方からは半ば公認状態である。
その証拠に、国語と英語の教師からは大変感謝されているのだ。
特筆すべきは古文。中でも「女子の『源氏物語』についての理解が驚異的」なのだそうだ、なんでだろー?
唐突に授業方針の未決定を告げられた生徒達、ちょっと困惑していた様だが。
「はいはい! せんぱいはいっ!」
「はいゴ……ホンゴホン。岬さん」
「せんぱいお風邪ですか?」
「いや全然、なので気にしなくてイイヨ」
ゴルゴン禁止。
「はい、では古文で何か、笑えるお話が聞きたいです」
「「おおー」」
ほう、笑える話か。沢山あるけど何がいいかね。
そこでふと、今日オレの両隣にいる警備担当を意識した。
「じゃあ徒然草から、ある意味有名な『猫又』でもやりますか」
「! はい、ぜひそれでお願いします!」
「トーちゃん、なんで今アチキとぐっちーをチラ見したの?」
「特に意味は無いぞ?」
「そう?」
飛びついてこられたり吸われたり。このチョイスもなんでだろー?
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『「奥山に、猫またといふものありて、人を食らふなる」と人の言ひけるに、
「山ならねども、これらにも、猫の経上がりて、
猫またに成りて、人とる事はあンなるものを」と言ふ者ありけるを、
何阿弥陀仏とかや、連歌しける法師の、行願寺の辺にありけるが聞きて、
独り歩かん身は心すべきことにこそと思ひける比しも、
或所にて夜更くるまで連歌して、たゞ独り帰りけるに、
小川の端にて、音に聞きし猫また、あやまたず、足許へふと寄り来て、
やがてかきつくまゝに、頚のほどを食はんとす。』
────ここまで教材を読み上げてみたが、何故か殆どの生徒がシンとしてしまっている。
え、これ単にホラーだと思われてない? ま、まぁ最後まで読めば、きっと笑ってくれる、ハズ……。
『肝心も失せて、防かんとするに力もなく、足も立たず、
小川へ転び入りて、「助けよや、猫またよやよや」と叫べば、
家々より、松どもともして走り寄りて見れば、このわたりに見知れる僧なり。
「こは如何に」とて、川の中より抱き起こしたれば、
連歌の賭物取りて、扇・小箱など懐に持ちたりけるも、水に入いりぬ。
希有にして助かりたるさまにて、這ふ這ふ家に入りにけり。』
シーン。
あ、あれ?
「みんな、ひょっとしてただ怖がってるだけなのかな?」
「はい」
「そうです」
「普通に怖い話じゃないんですか?」
あるぇー?
「だって、うわさ話だった妖怪が本当にいて、首に噛みつこうとしたんですよね?」
「そうそう、よく聞き取れたね」
「じゃあ怖い話ですよね?」
「えっ?」
「えっ?」
遺憾、これでは埒があかぬ。
「と、取り敢えず最後の一行まで読むね」
『飼ひける犬の、暗けれど、主を知りて、飛び付きたりけるとぞ。』
ヨシ! 読み切ったぞ。
ここでやんややんやの拍手喝采、生徒らみんな大爆笑……。
シーン。
おやぁー?
「トーちゃんごめーん、アチキもよく分からなかったー」
「ボクもだねぇ。やっぱりこれって怪談なんでしょ?」
「最後のワンちゃんの意味もよく分かりませんでしたー」
二人の感想を聞いた下級生達までもが、一斉にガヤガヤ言い出した。
なんたることだ、吉田さんが不憫でならぬ。
そして今のオレって、きっとショボーンみたいな表情だと思う。
生徒達がひとしきり意見を言い終わった頃。
「ではせんぱい、解説をおねがいしますっ!」
岬ちゃんが助け船を出してくれた。
「はい……。これは噂話にビビり散らかしたお坊さんが、暗い夜に自分の飼っているワンちゃんに飛びつかれたのを、いもしない猫又だと勘違いして、最終的にめちゃくちゃ醜態をさらしたという……、とっても楽しい、小咄……です……」
「「あ、あぁー……」」
何故だろう。今日の図書室には天使がたくさんいた様だ……。
皆んなもそのうち、このお話で笑える日が、きっと来るー、きっと来るー。
この後、古文には主語が省略されているケースが多いことや、文章の繋がりが現代文ほど整っていない等の解説を加え、一応は笑い所を抑えて貰ってから解散となった。
そして授業後。
激しく落ち込んでいるオレを、正面にいる青野と松元が哀れみの目で見ていた。物理的に穴が開きそうだからやめて欲しい。
ねぇ、これってオレのチョイスが悪かったのかなぁ?




