四月・7 An Innocent Man
『申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭な奴です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。』
ぐはっ!
『はい、はい。落ちついて申し上げます。あの人を、生かして置いてはなりません。世の中の仇です。はい、何もかも、すっかり、全部、申し上げます。私は、あの人の居所を知っています。すぐに御案内申します。ずたずたに切りさいなんで、殺して下さい。』
ぐわー!
『けれども、私だけは知っています。あなたについて歩いたって、なんの得するところも無いということを知っています。それでいながら、私はあなたから離れることが出来ません。どうしたのでしょう。あなたが此の世にいなくなったら、私もすぐに死にます。生きていることが出来ません。』
がふっ!
……お、オレは現在、久しぶりに太宰治の『駆込み訴え』を読んでいるんだが、無数の言葉の矢に刺されまくり、中盤までの箇所だけで瀕死状態になっていた。
名作『走れメロス』に収録されているこの短編小説、こんなに殺傷力の高い内容だったっけ?
いや違うな。
オレが転移してから一年ちょい、そして転移前の約半世紀。色々とやらかした経験や記憶があるから、今これだけ刺さってるんだろう。
太宰……、恐ろしい子……。
さて、小説でダメージを受けている場合じゃ無い。
これからオレは、もうすっかり高齢 もとい 恒例となった、図書室授業をせねばならんのだ。
書架に並んでいた中からうっかりこの本を見つけ、懐かしいなーと思い手に取ったらこのザマである。
「初川、どしたの?」
「いや、この本を読んでたら軽く自分にダメージが入っただけだ」
「走れメロスを読んで受けるダメージって何?」
「自分の不甲斐なさじゃないかなーと」
「そうなの?」
「まぁ、うん」
「?」
首をかしげる今日の担当・松元の顔を横目に、オレはいくつかの教材を持って「受講生」のいるスペースへ移動した。
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「ええと、今日はものすごくザックリとですが、新一年生のために、英語の基礎中の基礎をやりたいと思います」
「「はい」」
「まずは、今の一年生が悩んでいるだろう『be動詞』と『一般動詞』について解説しますね。まずはbe動詞。これは別名『存在動詞』って言って……」
今日の授業も順調だ。生徒はみんな真面目だし。……だけどね?
(あたし紳士センパイの授業って初めてだけど、本当によく分かるのねー)
(来て良かったでしょ? 誘ってあげた私に感謝しなさいよね)
授業に関係の無い私語が聞こえるのは、先生ちょっと頂けないなぁ。
そんなこんなで、約15分のショート授業は終わろうとしていた。そんな時である。
ゴルゴンちゃん改め岬ちゃんが手を挙げた。いつもいつもご参加ありがとうございます。
「センパイ! be動詞って動きが無いのになんで『動詞』って言うんですか?」
「お、いい質問だね。じゃあちょっと追加で解説しましょう」
「ありがとうございます!」
「まだ一年生では習ってないかもですが、例えば助動詞と言われる『will』とか『can』の後ろにくっつけて、なんとなーく動きがあるように使われることがあるんですね」
「「へぇー」」
「後は文のアタマにくっつけて、命令文として使う時は動詞になりますよ」
「例えば?」
「『Be quiet!』で『静かにしなさい!』って意味になります。『静かに存在しろ!』って言い換えてもいいかも知れないですね。ちょっと変な日本語ですけど」
「なるほどです、ありがとうございました!」
「いえいえ、では他になければ今日はここまで。みんなお疲れ様でした、以上!」
「「ありがとうございましたー!」」
下級生達がガタガタと帰り支度を始める中。
「存在しているだけで動きを表している、かー。なるほどなー」
玲華が哲学していた。
「改めて聞くと面白いよね」
そして山口も感心することしきり、と言った感じだった。
「ひょっとして、二人ともよく分かってなかったんかい」
「やー、英語って教科書の例文を丸暗記しとけば、取り敢えず定期テストは何とかなってたしなー」
「そうだよねぇ」
「それも一つの方法だけど、外国語って色々と調べていくと楽しいもんだぞ」
「そーかなー?」
「そうかなぁ?」
玲華、お前去年の文化祭で、英語の歌を歌っていたとは思えない発言だな。
そして山口、お前ピアノやってるんだから気付けよ。
「ちなみに、大学へ進むと『第二外国語』て必修科目があって、英語の他にもう一つ外国語を履修することになるから覚悟しとけ」
「うへー」
「ちなみにトオル君はその第二外国語、何を取るつもりなの?」
山口がオレの隣で興味津々、といった具合で訊ねてきた。
「ドイツ語だな。英語と共通する単語も多いし、読み方にクセはあるけど面白そうだし」
「そうなの?」
「楽譜だってそうだろ? シー、ディー、イーはC、D、Eだし」
「「あっそうか」」
「え、楽譜ってあれドイツ語なの?」
「いや、強弱の記号とか基本の速度の表記なんかはイタリア語だったりするよ。楽譜には色々な言語が使われてるんだよ」
青野が目を丸くしていた。まぁちゃんと教わっていないとそうだよな。
オレ自身、高校で吹奏楽部に入ってなかったら、一生知る機会なんて無かっただろうし。
……それはそれとして。
「玲華はアコギで特訓1時間な」
「ぎゃー!」
今では遥か昔に感じられる大学での講義を思い出し、オレはドイツ語の定冠詞で悩んだことを思い出した。
何だよ「男性用・女性用・中性用」って。
まぁでも、世の中所詮は知識よ知識。
『金。世の中は金だけだ。銀三十、なんと素晴らしい。いただきましょう。私は、けちな商人です。欲しくてならぬ。はい、有難う存じます。はい、はい。申しおくれました。私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオテのユダ。』
あ、100話目でした、うっかりしてましたスミマセン。
今後もお読み頂けると幸いです。




