第3話:ラーメンは女子の天敵?
三人だけになった店の中。
カウンター前の椅子に深く腰掛けて……ため息を盛大に吐く。
「はぁぁぁぁ」
「……オウマさん。やめてくださいよ……何かあったんすか?」
「あふあふあう、もひかひてはっひおれふあ?」
「……食ってから喋れ……てか、何でまだいるんだよ……はぁぁぁ」
昼時のゴールデンタイムを無事に乗り切り。
俺はカウンター前の椅子に座りながらため息を吐く。
レントは倉庫での仕事を終えて在庫の補充に店へとやって来ていた。
今はその業務も終わり、休憩してもらっていた。
が、何故、ルミナスの馬鹿野郎がいるのか……ラーメン食ってるし。
「……て、それさっきの客の……ああぁぁぁ」
「……どういう事っすか?」
「んぐ……ふぅ……さっき、ランチタイムが終わって一旦お店を閉めるギリギリにお客さんが来られましてね? そのお客さんがラーメンを頼んだんですよ! でも、何故か一口も食べる事無く帰っていかれて……あ、お金は多めに置いていきましたよ!」
「あぁ、それで……で、でも、食べてなかったんですよね? じゃ、多分、食わず嫌いとかじゃ?」
「いやいやいや、ラーメンだぜ? ゲテモノでもねぇ、あんなに美しい料理を前にして……食べないなんてあり得ねぇだろう。それってつまりよぉ……自信なくしちまうよ」
俺はがっくりと項垂れる。
馬鹿が食っているラーメンはそんな客が残していったもので……あぁ俺がさっき食っていいって言ったのか。
何で、あのの客は食わなかったのか。
俺はそればっかり考えていた。
普段の俺であれば、細かい事なんていちいち気にしねぇ。
落ち込む事なんて稀であり……他でもねぇラーメンだからだな。
自信作だ。
毎回毎回、全力で料理を作っている。
サービスだって欠かさない。
ニコニコと笑顔で接客していた。
が、あの客はラーメンを見た瞬間に険しい表情を浮かべていた。
そうして、金を叩きつけて逃げるように去っていった。
悔しい。悔しくて悔しくて溜まらねぇ……俺は客を満足させられなかった。
料理人として、ラーメン屋の店主として情けない。
俺は拳を硬く握り、奥歯を噛み締める。
「……そういえば、彼女、何処かで見た気が……うーん、何処だったかなぁ?」
馬鹿が何かを言っているが気にしてられねぇ。
俺は何度目かのため息を吐き……ん?
店の前に気配を感じる。
休憩中の札は出している。
流石に、それはこの国の言葉だから分かる筈だ。
が、一向に気配が退かないでのよっぽど腹を空かせた客かと思って俺は席から腰を上げる。
ガラガラと戸を開けて外に出る。
そうして、営業スマイルでお客に対応し――
「すんませんねぇ。今は休憩中でし、て……あ、アンタは!」
「……そ、その、あ、あの……うぅ」
「……オウマさんごめんなさい、休憩中に。もし良かったらでいいんですが、彼女の話を聞いていただけませんか?」
「き、キヨコちゃん? え、えっと……い、いいぜ。中、入ってくれや」
店の外に黒いローブを羽織る魔女の装いの女と鎧姿のキヨコちゃんが立っていた。
キヨコちゃんは知っているが、今一番、俺の心を動かしているのは魔女の方で……さっき、俺の飯を食わなかった客だ。
身長は175はありそうなほど女にしてはでかい。
ローブの下からも分かるほどの巨乳で肉付きも良い。
おっとりした顔であり、ウェーブの掛かった黒髪に赤い目をしていた。
とんがり帽子は少しよれていて、杖は見えないが閉まっているんだろう。
今は申し訳なさそうな顔でキヨコちゃんの背に隠れているが、デカいから隠れられていない。
……冒険者か? いや、今はそれよりも……な、何しに来た?
俺は内心でそわそわしながらも、二人を中へと通す。
すると、レントは空気を察して端に寄り。
馬鹿は未だにもごもごとラーメンを味わう様に食っていた。
「み、水、ほらよ」
「あ、ありがとう、ございます」
「どうも……ほら、早く言いな? 謝りたかったんでしょ?」
「「……謝る?」」
俺とレントは首を傾げる。
すると、デカい魔女は勢いよく顔を俺に向けてきて――滝のように涙を流す。
「ご、ごべんなざいぃぃ!!」
「え、えぇ? な、何だ? 何がぁ?」
「……えっとですね。彼女から聞いたんですけど、さっき此処で彼女がラーメンを注文して……食べずに出て行ったんですよね?」
「え、あ、あぁ、で、でも、別に謝る事じゃ……お、俺が、下手なもん、出しちまったって、事だしよ。へ、へへ」
「――ちちち違います!! 店長さんの出したものは完璧です!!! めっちゃ食べたかったです!!」
「え? じゃ、じゃあ何で……?」
俺は激しく戸惑う。
食べたかったのなら、何故、食わずに帰ったのか。
金はちゃんと払っていたので文句はなかったが。
今の話を聞いて、もっと困惑してしまった。
が、何故かレントは魔女を下から上まで見て何かを察したような顔をした。
馬鹿は首を傾げているので何も分かっていない。
俺は気になったからこそ、理由を話してくれとお願いする。
すると、魔女さんは顔を真っ赤にして口ごもっていた……は?
「ど、どうしたよ? 言えねぇ事なのか? もしかして、病気とかか? 食べたくても食べられないとか……つれぇよな。食いたい物を食えねぇってのは。だからこそ、見るだけにして」
「ち、違いますぅ。全然、違くて、そ、そのぉ、え、えっと、だ、だい、だぁ、だぃ」
「だぃ?」
「――ダイエットです。太ってるので食べられないんです」
「ひょ!!?」
キヨコちゃんは真顔で言う。
すると、魔女は顔を真っ赤にして取り乱す。
俺はダイエットというワードを聞いてようやく理解した。
つまりだ。
あんまりがつがつと脂っこいものは食べられない。
甘いものもしょっぱいものもダメ。
でも、好きだから食べたくて仕方がない。
悩みに悩んで、一回だけならとギリギリの時間に来店し。
注文したのはいいものの、いざ実物を前にして太る事に恐怖し……逃走ってか。
「……まぁ、何だ……わ、悪いな」
「う、うぅ、ひどいよぉ。キーちゃん」
「事実でしょ? ハッキリ伝えなさいよ。全く」
「……ダイエットとは、減量する為に行う食事制限やトレーニングの事ですか?」
「え、そ、そうです……い、いいですね。貴方はすごく痩せてて、な、何か秘訣が?」
魔女であるからか、鎧越しでも馬鹿の体つきが分かるのか。
すると、馬鹿はラーメンのスープを飲み干し――にかりと笑う。
「動く事です!! 真面目に仕事をし、街中を駆けまわり、訓練に励む事!! つまり、体を動かしていればどれだけ食べても関係ないんですよ!! はは!」
「ひ、ひぅ、うひ、ひひひ……て、天才だぁ」
「こいつの言葉は無視してくれ。アホみたいに食って、アホみたいに動いてるだけだからな。アホにしか思いつかない、馬鹿見てぇな理論だ。普通の人間には真似できねぇよ」
「し、師匠!? 普通の人間には真似できないって。私が特別だなんて……わ、私の事をそこまで高く評価してくださるなんて!」
「すげぇや、前半部分が聞こえてないっすよ」
「あぁそういう奴だからな」
「「はははは」」
レントと乾いた笑いをあげる。
そうして、場が和んだと解釈し――パンと手を叩く。
「うし、それじゃ――ダイエットラーメンってやつを作ってみっか!」
「……え? 作るって……わ、私の為に態々――そそそそんないいんですよぉ!?」
魔女はあわあわと慌てながら首を左右に振る。
が、俺は今更遅いと笑ってやった。
「うちに来てラーメンを注文したんだ。アンタ、ラーメンが食べたかったんだろう? だったら、ラーメンを食べたいやつに美味いラーメンを食べさせる。それが俺の仕事だ!」
「う、うぅ、で、でも、そんな簡単に」
「……でも、店長さんなら。オウマさんならもしかして……それに、本当にダイエットラーメンなんて夢のようなものが作れたら、ある意味で宣伝になるかも?」
「あぁ、そうそう! 宣伝宣伝! 日々、俺たちは新たなラーメン作りに挑戦中さ! だからこそ、アイデアをくれてありがとうな! そのお礼に……そうだな。一週間後! また此処に、同じ時間に来てくれや。そしたら、ぜってぇにアンタが美味いって唸るほどの最高のダイエットラーメンを喰わせてやるからよ……どうだ?」
俺は腕を組みながら、にやりと笑う。
すると、魔女さんはうるうるとしながらも微笑んでくれた。
「……分かりました。私、一週間後を楽しみにしています! 絶対に忘れませんから!」
「おう。期待して待っててくれや……そんじゃまぁ、レントと……テメェにも手伝ってもらおうか」
「了解っす!」
「……?」
レントはびしっと敬礼し。
馬鹿は首を傾げていた。
たかが一杯、たかが残飯だが。
一杯のラーメンをただで食ったのなら働いてもらう。
魔女さんはぺこぺこと頭を下げて去っていく。
キヨコちゃんも夜の屋台にまた顔を出すと言って去っていった。
俺は手を振りながら二人を見送る。
そうして、姿が見え無くなれば店の中へと戻り戸を閉めて……さて。
「ダイエットラーメンか……まぁ大体の構想は出来てっけどなぁ」
「へぇ、じゃ後は素材を揃えたりっすか?」
「まぁそれもあるが……あれ、結構、手間が掛かるんだよなぁ……レント、悪いが覚悟してくれや。勿論、その分の給料は出すからよ」
「へへ、気にしないでくださいよ。俺、ここの仕事気に入ってますから」
「私も! 師匠のお手伝いが出来るのなら何だってします!」
「ふっ、あんがとよ……んじゃまぁ。夜の屋台営業が終わって……そうだな。夜の12時に此処に集合な」
「「はい!」」
俺はそれだけ伝えて、夜の営業を行う為の準備に向かう。
思えば、おやっさんから受けついだ技術で。
俺だけのアイデアで作るラーメンってのはこれが初めてか。
上手くいけば、職人としての腕を上げる事が出来る。
失敗すれば、おやっさんの顔に泥を塗っちまう。
……でも、失敗なんかしねぇよ。何せ、俺はおやっさんの弟子だからな。
「……最高に美味いダイエットラーメン……作ってやらぁ」
俺は闘志を燃やしグッと拳を握る。
そうして、新品の布を頭に巻き。
そのまま腕を捲って、麺を作る作業を開始した。




