第2話:弟子を名乗る悪魔?
早朝の時間。
背中に大きな籠を背負って市場を練り歩く俺と奴隷のレント。
買い出しであり、リストに纏めたものを順番に買っていき……。
「えっと、後必要なもんは……あぁ、大豆か」
「そうっすよぉ。大豆がなきゃ次回分の麹が作れねぇっすからねぇ」
「だなぁ。はぁ家賃は何とか払えそうだし、素材に関しても妥協しなくて良さそうだなぁ」
「いやぁ上客様様っすねぇ。ひひ」
レントはあくどい笑みを浮かべる。
人相はクソほど悪いが、根は真面目で良い奴だ。
少し黒が混じった短い金髪で襟足は趣味で伸ばしている。
目つきは悪く瞳は青であり、本人はブルーアイズなんて格好つけていた。
好きな服を選ばせれば、ダボダボで白の上に返り血のようなデザインの服を着て。
下は青い短パンに、動きやすいからとベルトで固定するサンダルを履いていた。
細身ではあるが、体の動かし方を熟知しており、肉体労働にも慣れている。
身長は172ほどであり、無理はさせていないが少々張り切りすぎるのが危うい。
親の借金によって奴隷商に売られて。
新しい買い手が付かなかったものだから、偶々、通りかかった俺に奴隷商が割引して売りつけてきたが。
労働者としては戦力になるほどに手先が器用だった。
何でも、大体の仕事は経験していたようで。
こんなにも働けるのに買い手が付かなかったのおかしいと思っていれば……。
『まぁその、俺買った主人たちって……実は、全員、事故死してるんすよ。へへ』
『へぇ、あっそ』
『いや、軽!? 全員すよ!? マジで死んでんすよ!?』
『え? あぁそうだな。うん、じゃ麹造りよろしく』
『えぇ……』
レントを雇えて良かった。
そう思いながら、共に買い物を続ける。
俺はおやっさんの弟子だが、レントは俺にとっての弟子だ。
こいつは物覚えが鬼ほどよく。
麹造りの工程もすぐにマスターし、他の仕込みなども完璧に熟していた。
今ではうちにとって欠かせない人員であり、ひそかに給料を上げる事を決めていた。
今は内緒であり、明日にでも伝えようと考えて――
「い、いた!!」
「「……へ?」
背後から若い女の声がした。
レントと共に振り返り――俺はゲッと声を出してしまう。
「師匠!! ようやく見つけましたよ!! こんなところにおられるなんて――さぁ王都へ戻りましょう! さぁ!」
「し、師匠? オウマさん、お知り合いっすか?」
「え? いや知らない知らない。ヒトチガイダヨ」
「し、師匠!? まさか、私の顔をお忘れですか!? 一番弟子のルミナスです!! ルミナス・アッシュホードです!!」
「ははは、記憶にねぇ。じゃ!」
「ああぁぁ!!」
俺は爽やかな笑みと共に片手を上げて踵を返す。
すると、ルミナスとやらは俺の腰を掴んでわんわんと泣き始める。
俺はフルシカトして、そのまま大豆を買いに行こうとし――
「ああああぁぁぁぁ!!」
「……ちょっとやぁね。痴話喧嘩?」
「朝からまぁまぁ。旦那の方、奥さん引きずっても顔色一つ変えないわよ?」
「可哀そうに……そういえば、あの人、大通りに店を出していたかしら? 確か、名前は」
「――あぁ! 思い出したぁ! ルミナス君! 俺の一番弟子のルミナス君じゃぁぁぁないかぁぁぁ!! いやぁ元気だったかなぁ!! ははは、ちょっとこっち来いや!!!」
「し、師匠! 思い出してくれたんですね! はい! このルミナス、師匠の行くところなら例え火の中水の中!!」
俺は馬鹿を担いで市場から離れる。
レントも慌ててついて来て――
「……で、どうやって俺の居場所を知った?」
俺は街の路地裏へと入り。
ゴミ箱の上に腰かけながら、目の前で正座するルミナスに質問する。
すると、奴はびしりと敬礼し真実を語る。
「はい! 師匠の行方が分からなくなり! きっと何かあったのだと思った私は王都中で聞き込みを開始しました! すると、荷馬車を生業とする方々の纏め役であるお方が、師匠に似た方を隣街まで運んだと聞きまして!」
「……で?」
「はい! そこでも聞き込みをし、また別の方が次の街へと連れていたっと聞きました!」
「ちょ、待ってくださいよ。てことは……え、此処まで来るまで何回聞き込みしたんすか?」
「……数えていない!」
「……あぁ気にすんな。こいつはアホだ。所謂、脳筋だ。だからこそ、意味不明な方法で毎回答えを得る」
王都から此処まで来るのであれば、かなりの距離になる。
何せ、ここは王国の果てだからだ。
こいつは俺の足跡を一つずつ辿ってきた事になり……すげぇよな、ほんと。
俺はルミナスをジッと見つめる……変わらねぇな。
絵にかいたような女騎士の装い。
白銀の鎧に、端正な顔立ちで。
綺麗な金髪は赤い布で後ろで結び。
きりっとした眉に、意思の強そうな赤い瞳。
こいつとの出会いはこいつが五歳になる頃で……。
『ししょー! わたしをでしにしてください!』
『あぁうんうん。この棒を振ってみろ、斬撃出たら弟子にしてやるよ』
『ほんとうですか!?』
『うんうん、ほんとほんと』
あの時からアホだった。
ガキの遊びに付き合う暇はない。
そう思っていたのだが……こいつは天才でもあった。
『師匠! 次は何ですか!? 飛ぶ斬撃に、特殊な歩行技術、空中歩行に、分身――次は!?』
『えぇぇぇ引くはおまぇ』
『え!?』
純粋過ぎるが故に疑う事を知らない。
突き抜けた馬鹿ほど恐ろしいものは無い。
そこに天賦の才があれば、こいつは絶対に俺を超えて行く。
だからこそ、俺は適当にもう何も教える事は無いと免許皆伝を言い渡し――今でも付き纏われている。
馬鹿でアホで、純粋であるが。
どんなに突き放しても、こいつは俺の元に来る。
まるで、飼い主に忠誠を誓うワンコロで……はぁぁ。
「師匠? お疲れですか? では、この私が肩を!」
「いらねぇよ。テメェ、加減しねぇだろ? 死ぬわ、ボケ」
「そ、そんな! 師匠が私のような未熟者の力で死ぬ事なんて……まさか、私を試して?」
「ちげぇよ、ボケナス……あぁ、何だ。言わなかったのは悪いと思ってるよ。でもな、この際だから言ってやるよ……俺は戦いの道からは足を洗ったんだ」
「……!? そ、そんな……う、嘘です!! 師匠ほどの存在が、剣の頂きに立つ貴方が!! そう容易く剣を置くなど!!」
「――ある。何故なら、今の俺にはでっけぇ夢があるからな」
俺はハッキリと言う。
そうして、奴が恐れおののく中でゴミ箱から腰を上げる。
「……だからよ。テメェはテメェで自分の道を行け……まぁお前なら、何れ、俺を超えるほどの達人に」
「――嫌です!!」
「はぁぁぁぁ!? おま、何時もなら素直に言う事聞くのに……何でだよ!?」
「だって、だって私は――師匠の事が大好きだからですッ!!!」
「ぶぅぅぅ!!」
馬鹿の言葉にレントが噴き出す。
俺は目を細めながら、その心はと尋ねて――
「師匠に褒められたい!! 師匠にご褒美をもらいたい!! 師匠に私の活躍を見てもらいたいんです!!」
「……お父さん?」
「……こいつはな、色々とこじらせてんだよ。所謂、ファミコンだ」
「……ふぁみこん? よく分かりませんが。師匠が帰ると言うまで、私は絶対に此処を去りません!!」
「……ふーん、あっそ。じゃ、好きにすればぁ」
「え、ちょ、オウマさん! いいんすか!?」
「あぁ放っておけ。その内、ボロが出るからよ」
「え?」
俺はレントにそれだけ伝えて市場へと戻る。
馬鹿は腕を組みながら、鼻息を荒くさせて俺の後をついてくる。
買い出しを終えて、レントは材料の仕込みの為に倉庫へ行った。
俺は常連客達の相手をしながら……脇に座る馬鹿を見つめる。
「……ぅ、ぁ……ぅぅ!」
「……ねぇ、すげぇ食べ辛いんだけど?」
「気にすんなよ。うぅんと美味そうに食ってくれや! ほれ、サービスで煮卵おまけだ!」
「あ、ありがとう……ぅ」
常連客の一人である冒険者ギルドの事務係であるジョン。
かっちりとした制服に、七三訳の赤毛に気だるげな青い瞳。
口は悪いが、経営について詳しい男だ。
ギルドでも優秀らしく、上司から毎回毎回、必要以上に仕事を回されているらしく。
偶々、死にかけの状態のこいつを介抱して、そこから縁が生まれた。
中肉中背。が、何時も大盛りのチャーシュー麺とチャーハンの大を頼む大食漢。
顔立ちも悪くはなくそれなりにモテると常連客の冒険者は教えてくれた。
背は165ほどと男からすれば小柄かもしれないが……まぁ大切なお客様さ。
ジョンは涎を垂らして見つめて来る馬鹿に背を向けてラーメンを食う。
俺はくつくつと笑いながら、馬鹿に対して悪魔の囁きをかける。
「おじょうさーん。ラーメン、食べたいのかなぁ?」
「え!? た、食べさせてくれるんですか!? ぜ、是非」
「だったら、この契約書にサインしてもらおうかぁ」
「え? け、契約書?」
俺は即席で作った契約書を奴の前に置く。
馬鹿であるが読み書きは出来る。
奴は契約書の内容を見て――俺を睨みながら頬を膨らませた。
「んだよ。怒るんじゃねぇよ。簡単だろ? 今後一切、俺の邪魔をしない事。それと、他の奴らに俺の事を話さない事。それさえ守れば……んんまぁいラーメンを好きなだけ食わしてやるぜぇ?」
「う、うぅ……し、師匠は鬼です!! 悪魔です!! 可愛い弟子をいたぶるなんて……さ、サイテーです!!」
「はははは、自分で自分を可愛いなんて言うんじゃねぇよ! 俺は、夢を叶える為なら何だってするぜぇ!」
「ぐぎぎぎぎ」
「ひゃはははは!!」
「……静かに食べさせてよ」
俺は高笑いする。
そうして、奴に対して粘るのは無駄だと伝える。
哀れな女騎士は屈服寸前であり……ジョンが席を立つ。
もう食ったのかと見て……ん?
「……ちょっと耳」
「え? な、何ですか?」
「おい、何してる」
ジョンが馬鹿の耳に何かを吹き込む。
それを聞いていた馬鹿は大きく目を見開き――ジョンに敬礼する。
「ありがとうございます!!」
「……まぁその……良かったね」
「あぁ?」
俺はすこぶる嫌な予感がした。
が、何故か馬鹿はペンを俺に要求する。
書く気になったんだと思い、俺はペンを差し出した。
すると、奴はさらさらと自らの名前を書き――俺に渡して来る。
「……誤魔かしてはいねぇみたいだな……うし! なら、食わせてやろう! 最後の晩餐ってやつだ!」
「はい! 大盛りでお願いします!」
「……それ、使い方間違ってるよ」
俺は腕を捲り、ラーメンを作っていく。
何時もの工程で、完璧な流れで――ほい、完成!
王道の醤油ラーメン。
そこに、チャーシューも豪勢に十枚サービスしてやる。
もりもりであり、まるで洗面器のような特注の器を奴の前においてやる。
すると、馬鹿は涎をだらだらと垂らし、満面の笑みで俺からレンゲとフォークを受け取る。
「あぁぁ」
「おい、そんなに一気に……聞いてねぇよ」
「んんんんん!!!?」
馬鹿は大量の麺を口一杯に頬張る。
そうして、もごもごと口を動かして飲み込んだ。
奴は感想ではなく、熱の籠った吐息を吐き。
そのまま目の前の超特大にラーメンを豪快に食べて行った。
「すご……あれ、何人前?」
「さぁな。チャレンジメニューとして考えたもんだが……まぁ十人前はあんじゃね?」
「じゅ!? へ、へぇ……上には上がいるもんだ」
女騎士だからこそ、普段から体を酷使している。
鎧を着たままの長距離の移動に、金属の塊を棒のように振り回し。
朝早くから訓練や任務に勤しみ、夜遅くまで働き続ける。
こいつには俺の弟子であるからこそ、ある程度自由に行動する権利が与えられている。
ここまで単身で来ても御咎めなしなのがいい証拠だ。
恐らく、この馬鹿が何処にいようとも、最低限、国王の命に従えばそれでいいんだろう。
が、普段からこいつは人助けであったり自分から進んでアホ見てぇな特訓をしていた。
故にこそ、普通の騎士の何倍もこいつは体力を使っている。
……だから、どんなに食っても、あのプロポーションなんだよなぁ。
着やせするタイプであり、出るところは出ていて引き締まっている。
女が憧れる完璧なスタイルであり。
こいつを知らない奴は馬鹿みたいに食べて何故それなのかと思うだろう。
俺は呆れ半分、尊敬半分で奴を見つめて――奴が丼を置く。
「ぷはぁ……おかわり!!」
「は、はぁぁぁぁ!!? 嘘だろ!!? もう食ったのか!?」
「はい!! 美味しかったです!! ですので――お代わり!!」
「おま、ふざけんなよ!? 十人前だぞ!? どんだけ食うんだよ!?」
「……オウマ。諦めな。アンタが言ったんだ――“好きなだけ食わしてやる”ってさ」
ジョンはあくどい笑みを浮かべる。
俺の好意を踏みにじり、奴の肩を持ちやがった。
俺はビキビキと血管を浮かび上がらせて――
「おかわり!!」
「うるせぇぇぇ!! くそがぁぁぁ作ってやらぁぁぁ!!」
「……ぷっ」
俺は怒りを叫びながら。
何時もの三倍の速度でラーメンを作っていく――
◇
「へ、へへ……やって、やったぜ……真っ白に、燃え尽き、た、ぜ」
「おはよう――てうわ。ど、どうしたんすか!? ……あれ、あの子、いないな?」
「や、奴なら、去っていったぜ。満足して、な……は、はは、材料が、底を、買い出し、に」
あの後、奴が満足するまで俺は必死になってラーメンを作り続けた。
結果、奴は五十人前を超える量をぺろりと平らげた。
その後、常連客にもラーメンを提供し……俺は真っ白になった。
カウンター席で気絶し。
目覚めれば朝だった。
買い出しに行こうとすれば――
「あ、それなら済ませたっすよ! 必要なもんは持って来てあるんで!」
「れ、レント!! お前ぇぇ実はお前の給料上げる事にしたからなぁぁ!!」
「え!? マジっすか!? やったぁ! ……まぁ、買い出しに行った方が良いって教えてくれたのはジョンさんなんですけどね」
「じょ、ジョン……半殺しにするのはやめて、おいてやる、よ。へっ」
俺はよろよろと立ち上がる。
そうして、さっさと開店の準備に取り掛かる。
レントは店の外に出て、材料などを取りに行く。
俺は厨房へと行き、調理器具などをチェックしていった。
てきぱきと動く。
材料を保存ボックスへと入れて、そこから最後の力を振り絞って仕込んでおいたスープなどもチェックする。
問題は無さそうであり、俺はそのまま店の外へと行き、オープン、の……は?
視線を向ければアホが――ルミナス・アッシュホードが満面の笑みで敬礼していた。
「おはようございます!!」
「……え? 何でいるの? 契約書、忘れた?」
「いえ! 忘れていません! 今日もよろしくお願いします!!」
「い、いやぁ、おかしいよねぇ? れ、レントくぅん。カウンターの上に置いてある紙とってぇ?」
「え、あ、はぁい……どうぞっす」
俺は契約書を手に取る。
そうして、バッキバキの目で俺に対して邪魔をしてはならないという事を指さし――
「はい!! 邪魔はしません!! ですので、お客さんとしてきました!!」
「は、ぁ?」
「お客さんです!! お金はあります!! 沢山食べます!! えっへん!」
「えっへんじゃねぇよ……ま、まさか、ジョンの野郎ぉぉ」
俺は頭を抱える。
あの裏切者が絶対にそそのかした。
客としてなら、邪魔ではなく寧ろ店の貢献になるからと。
確かにそれなら問題はない。
問題はねぇが……ふ、腑に落ちねぇ!
「……? 師匠? 中に入りましょう? お腹がすきました」
「て、てめぇ、昨日あんだけ食ったのに、ま、まだ?」
「はい!! 街での困りごとを百件ほど解決して来たので!! ゴブリンの巣の駆除から、二つ先の街へのお届け物などしてきたので!!」
「す、凄いっすね。てか、寝てないんじゃ?」
「あぁ、私は一日五分寝れば疲れはなくなるので!」
「……に、人間じゃないっすよ」
俺はガタガタと震える。
今日からこいつも常連となる。
そうなれば、金が尽きない限り永遠とラーメンを作らされる。
絶対に金は有り余っている筈だ。
人生三周できるほどで……あ、あぁぁ。
「師匠のお店が繁盛するように、頑張って食べます!」
「よ、良かったすねぇ。じゃ、じゃ俺は仕込みに……ぅぃ?」
「……レント君。必要な仕込みは完了してたよね?」
「え、い、いやぁ、で、でも、み、見ておかないと」
「――厨房、行っこか♡」
「いやぁぁぁぁ!!?」
俺は相棒であるレントを引きずり厨房へと押し込む。
そんな俺たちを見て馬鹿は「仲がいいんですね!」と呑気に呟く……野郎。
こうなれば、ラーメン屋の店主として客であるこいつを――全力でもてなす。
「レントォォ!! 麺が無くなったら作ってくれぇ!! 後の事は考えるなぁ!! 死ぬ気で作れや!!」
「お、オッス!!」
「ふふふ、昨日は遠慮してしまったので。今日はうんと食べますよぉ」
「「……へ?」」
満面の笑みでフォークとレンゲを持つ悪魔。
俺たちは絶望を感じながら、歯をガチガチと鳴らし地獄のラーメン製造人間と化す。




