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がけっぷち新人SE、資産形成を始めたら人生が変わり始めた件  作者: しばたろう


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05転職活動

 転職活動は、想像していたよりも、ずっと早く動き出した。


 エージェントとの面談を終えたその日、

 漣のもとには、いくつもの求人が送られてきた。


 一覧を眺める。


 ――こんなにあるのか。


 知らなかった世界が、そこにあった。



 最初に応募したのは、大手SIerだった。


 名前を聞けば誰でも知っている企業。

 一次受け。上流。待遇も申し分ない。


 ――ここに行けたら。


 そう思った。


 だが、結果は――


 不合格。


 メール一通。

 理由は書かれていない。


 画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。


 ……やっぱり、簡単じゃない。


 自分がどこにいるのか、思い知らされた気がした。



 その夜、漣は転職活動の報告を兼ねて、山下と飲むこととなった。


 暖簾をくぐると、いつものように山下が先に席についていた。


 席に着くなり、漣は切り出した。


「……大手、落ちました」

 

「残念だったね、佐藤くん」


「はい。さすがに、高望みしすぎました」


 苦笑混じりに答えると、山下は楽しそうに肩を揺らした。


「はは。君は、ときどき大胆なことをするよね」


 一拍置いて、にやりとする。


「三上さんのこととか」


「それは、言わないでください」


 思わず頭をかく。


「俺、ちょっと無鉄砲なのかもしれません」


「いいじゃないか。若いうちは、怖いもの知らずくらいでちょうどいい」


 軽くグラスを合わせる。

 乾いた音が、小さく響いた。



 しばらく取り留めのない話をしたあと、漣は本題を切り出した。


「ところで……転職条件で、気になってることがあって」


「うん?」


「フルリモートって、どう思います?」


 山下は、ほう、と少し意外そうに眉を上げた。


「なるほどね。確かに魅力的には聞こえるよね。出社しなくていいし、楽そうに見える」


「そうなんですよ」


 うなずく。


 だが、山下はゆっくりと首を振った。


「でも、佐藤くんには、あまりおすすめしないかな」


「……そうなんですね?」



 山下は、指を一本立てた。


「まず一つ。うちもそうだけど、一次受けSIerは、まだ出社前提が多いと思うよ」


「上流は顧客折衝がある。対面重視の文化も強いし、セキュリティの問題で出社必須も普通だ」


「フルリモートにこだわると、それだけで選択肢がかなり減る」


 なるほど、と頷く。



 指が二本になる。


「二つ目。君はまだ経験一年だろう」


「今は“学ぶフェーズ”だよ」


「設計レビュー、仕様の詰め、ちょっとした雑談――そういうところから吸収するものが多い」


「リモートだと、それがどうしても薄くなる」


 言葉が、静かに刺さる。



 そして、三本目。


 山下は少しだけ視線を遠くにやった。


「これはね、けっこう大事だと思ってるんだけど――」


「うちでも、新人が何人かで集まって打ち合わせしたり、一緒に昼飯食ったりしてるんだよ」


「楽しそうなんだよな、ああいうの」


 ふっと、柔らかく笑う。


「若いうちの仲間との時間って、仕事以上に残ることもある」


「そういう経験って、あとから効いてくるんだ」



 ――たしかに。


 ずっと一人で、家で仕事をする。


 それは、少し想像がついた。


 静かで、楽で。


 でも――どこか、耐えられない気がした。


 東京に出てきて、まだ友達も少ない自分には、なおさらだ。



 ふと、三上のことを思い出す。


 隣の席で、何気なく言葉を交わしながら仕事をする日々。


 あの時間は――確かに、心地よかった。


 気づけば、口元がわずかに緩んでいた。



「それにさ」


 山下が、少し悪戯っぽく笑う。


「そういう交流の中から、彼女とか、将来の奥さんが見つかるかもしれないよ」


「……え?」


 思わず顔を上げる。


 まるで、自分の考えを読まれたようだった。


「な?」


 山下は楽しそうに続ける。


「社内結婚って、今でも普通にあるよ」


「そうなんですね……」


「彼女が欲しい佐藤くんには、フルリモートはおすすめしないかな」


 にやり、と笑う。


 図星だった。


 何も言い返せない。

 

「次は、もう少し現実を見て、応募します」

「もちろん、リモートワークの条件は、無しで」


「うん。後悔の無いように、焦らず進めれば良いと思うよ」


 進む方向は、はっきりと見えていた。



 次に応募したのは、中堅のSIerだった。


 現実的なライン。

 それでも、一次受けの案件を持っている会社だ。


 書類は、通った。


 ほっとした。


 ――まだ、戦える。


 一次面接。


 現場のリーダーとの対話。

 技術の話も、仕事の進め方の話も、噛み合った感触があった。


 通過。


 そして、最終面接。


 部長クラスの男が、静かにこちらを見ていた。


「なぜ、一次受けにこだわるのか」


 真正面からの問い。


 漣は、言葉を探した。


 用意してきた答えはある。

 だが、それをそのまま言うのは違う気がした。


「……自分の価値を、上流で試したいと思っています」


 少しだけ、間があった。


 面接官は、表情を変えない。


 それでも、最後まで話し切った。


 手応えは、あった。


 ――いけるかもしれない。


 そう思った。


 だが。


 結果は――


 不合格。


 最終で落ちた。


 その事実が、静かに突き刺さる。


 悔しかった。


 あそこまで行って、届かなかった。


 自分に、何が足りなかったのか。


 答えは、まだ見えない。


 だが――


 確実に、何かが足りない。



 エージェントとの面談で、フィードバックを受ける。


「悪くなかったですよ。ただ――」


 一拍、置かれる。


「“なぜ上流なのか”が、少し弱かったですね」


 核心だった。


 漣は、黙ってうなずく。


「あと一歩でした」


 その言葉が、余計に悔しさを増幅させる。



 いつもの居酒屋。


 暖簾をくぐると、油と醤油の匂いが鼻をくすぐる。

 仕事帰りの喧騒の中、漣と山下はいつもの席に腰を下ろした。



「いけたと、思ったんですよー」


 漣が、ジョッキを片手にぼやく。


「今日の佐藤くんは、ちょっと愚痴っぽいね」


 山下は苦笑しながら言った。


「でも、惜しいところまで来てるんだろう。めげずに続ければいいと思うよ」


 今日は、完全に慰め役だ。


「ええ。がんばりますよ。がんばりますとも!」


 そう言って、ビールをぐいっとあおる。


 喉を通る冷たさだけが、やけに鮮明だった。



「でも――」


 ふと、漣は視線を落とした。


「俺はまだ、転職するには、やっぱり経験が足りないんですかね」


 一拍。


「もう少し、今の会社で経験を積んだほうがいいんでしょうか」



 山下は、少しだけ間を置いた。


 そして、短く答えた。


「いや」


 視線が、まっすぐに向けられる。


「今、動くべきだ」



 その言葉は、迷いがなかった。


 漣は、思わず顔を上げる。



「理由は三つあるよ」


 山下は、指を一本立てた。


「まず一つ。若手は、今が一番価値が高い」


「だいたい一〜三年目は、ポテンシャル枠で見てもらえる」


「未完成でも評価される時期だ」


 淡々とした口調。


「逆に言えば、それを過ぎると、“できて当たり前”で見られる」


 ぐさり、と刺さる。



 指が二本になる。


「二つ目。AIの変化は、待ってくれない」


「これからは、開発そのものの価値は下がっていく」


「その分、設計や上流の価値が上がる」


 グラスを傾けながら続ける。


「一年後、同じ経験を積んでいたとしても――」


 一拍。


「その価値は、今より下がってる可能性がある」



 三本目。


 山下は、少しだけ真剣な表情になった。


「これが一番大事なんだけど」


「今の会社で、上流に触れる機会はあるのか?」


 問いだった。


 漣は、言葉に詰まる。


 ――ない。


 答えは、分かっている。


「設計や顧客折衝ができるなら、残る価値はある」


「でも、そうじゃないなら――」


 山下は、静かに言い切った。


「ただコーディングを一年積んでも、評価はほとんど変わらないよ」



 沈黙が落ちる。


 店内のざわめきだけが、遠くに聞こえる。



 漣は、ゆっくりと息を吐いた。


 頭の中で、言葉が整理されていく。


 ――今が、一番価値がある。

 ――AIは待ってくれない。

 ――このままでは、変わらない。



「……じゃあ」


 顔を上げる。


「転職活動を続けるべきってことですね」


 山下は、うなずいた。


「そういうこと」


 一拍。


「経験が足りないことは隠さなくていい。それよりも、その会社で何をやりたいのかをしっかり伝えることが大事だよ」


 シンプルだった。


 だが、迷いはなかった。



 漣は、グラスを手に取る。


 少しだけ、力を込める。


 ――やるしかない。


 そう、思った。

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