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がけっぷち新人SE、資産形成を始めたら人生が変わり始めた件  作者: しばたろう


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04上流へ

 居酒屋に入ると、山下は席についていた。


「ひさしぶりだね」


 軽く手を上げる。


 漣は一礼し、向かいに腰を下ろした。


「ご無沙汰しています」


 ジョッキが運ばれ、二人は軽く掲げた。


「お疲れさまです」


 ガチン、と小さな音が鳴る。


 一口、喉を潤す。


 冷えたビールが、身体にすっと染み込んだ。



「ふるさと納税のお米、今日届きました」


 漣は、少しだけ照れくさそうに言った。


「なんか……はじめて、手ごたえを感じました。大げさですけど」


 山下は、ふっと口元を緩める。


「うん。最初の小さな一歩だね」


 その言葉は、静かだったが、どこか力があった。


 漣は、ゆっくりとうなずく。


 やがて、話題は自然と仕事のことへ移る。


「そういえば、三上さん、会社辞めたそうだね」


 山下が、何気ない調子で言った。


「仕事のできる人だったから、会社にしたら痛手だろうね」


 グラスを傾けながらの一言。


 だが、その名前を聞いた瞬間――


 胸の奥が、きゅっと締めつけられた。


 昨日、去り際に見せた、あの微笑み。


 ほんの一瞬だったのに、妙に焼きついている。


「……じつは」


 気づけば、口を開いていた。


 漣は、ぽつりぽつりと話し始める。


 三上に告白したこと。


 そして、振られたこと。


 転職して、さらに上を目指していると知ったこと。


 尊敬できる人だと思ったこと。


 言葉にするたびに、胸の奥に溜まっていたものが、少しずつほどけていく。


 誰かに聞いてほしかった。


 ただ、それだけだった。



「そうなのか」


 話を聞き終えた山下は、にかっと笑った。


「それにしても、大したものだよ。佐藤くん。よくがんばったね」


 思いもよらない言葉だった。


 慰めでも、同情でもない。


 まっすぐな“評価”だった。


 漣は、少しだけ目を見開く。


 そして、どこか救われたような気持ちになる。


 山下は、ふっと視線を遠くにやる。


「そうか……あの三上さんが、そんなこと考えてたんだねえ」


 しみじみと、つぶやく。


 しばらくの沈黙。


 氷がグラスの中で、小さく音を立てた。



 やがて、山下はグラスを置き、こちらを見る。


「でもさ」


 少しだけ、声のトーンが変わる。


「三上さん、転職するのは大正解だと思うよ。君の会社には悪いけどね」


「……大正解、なんですね?」


 思わず、聞き返す。


 自分の中でも、どこか引っかかっていた問いだった。


「うん。間違いない」


 即答だった。


 迷いは一切ない。


 その断言に、漣は息をのむ。


 そして――


「……僕も、転職とか、考えたほうがいいんですかね」


 自然と、言葉がこぼれていた。


 少し前の自分なら、こんなことは聞かなかったはずだ。


 だが今は――


 知りたかった。


 自分の進むべき方向を。



「もちろんだよ」


 山下は、間髪入れずに答えた。


「ちょうどいい」


 口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「今日は、転職の話をしようか」


 その一言に、空気が少し変わった。


 次の扉が、開こうとしている。


 漣は、背筋を伸ばす。


 胸の奥に、わずかな高揚が灯る。


 ――次だ。


 そう、思った。

 

 

「もうすぐ、君の今の仕事は、AIに奪われるよ」


 山下が、ぽつりとつぶやいた。


 軽い口調だった。


 だが――その一言は、妙に重く、胸に突き刺さった。


「いまや、コードはAIが書く時代だからね」


 続けて、グラスを傾けながら言う。


 漣は、思わず言葉を失った。



「うちもね、トップダウンでAI活用が進み始めてるよ」


 山下は淡々と続ける。


「若手なんて、当たり前のようにAIにソースを書かせてるし、俺もExcelマクロなんかはもう自分で書かない。AIに作ってもらってる」


 さらりと言う。


 だが、その内容は――衝撃だった。


「……そんなに、進んでるんですか」


 思わず漏れる。


「うん。想像以上に早いよ」


 即答だった。


 迷いはない。



「おそらくね、IT業界の今の多重構造は崩壊する」


 山下は、少しだけ真剣な目になる。


「トライコードさんは……正直、もろにその影響を受けると思う」


 胸の奥が、ざわついた。


 自分のいる場所が、揺らいでいる。


 そんな感覚。


「もし、今後もSEを続けるつもりなら」


 一拍置いて、言葉を区切る。


「なるべく早く、上流へ行くべきだね。AIに淘汰される前に」


 静かだが、断定だった。



 AIがコードを書く。


 その話自体は、何度も見聞きしてきた。


 ニュースでも、ネットでも、嫌というほど。


 だが――


 どこか他人事だった。


 まだ先の話だと、勝手に思い込んでいた。


 急には変わらない。


 そう、自分に言い聞かせていた。


 だから、無意識に目を逸らしていた。


 考えないようにしていた。


 だが――


 こうして、目の前で、はっきりと言葉にされると。


 現実が、形を持って襲いかかってくる。


 ざあっ、と。


 危機感が、現実の形を持って押し寄せた。


『今、スキルを伸ばさなきゃいけないって思ってる』


 ふと、三上の言葉がよみがえる。


 あのときは、すごいな、と思っただけだった。


 だが今は――


 その言葉の重みが、はっきりと分かる。



「……僕も、すぐに動くべきでしょうか」


 気づけば、そう口にしていた。


 自分でも、少し驚くほど、素直な問いだった。


「そうだね」


 山下は、即答する。


「幸い、今は若手は売り手市場。この状況は、使わないともったいない」


 一口ビールを飲み、続ける。


「転職活動も、今はネットでかなり効率化されてる。動くなら、早いほうがいい」


 その言葉は、背中を押すようだった。



 だが――


 次に何をすべきかまでは、まだ見えていない。


 漣は、一歩踏み込む。


「転職先は、どんなところがいいでしょうか」


 山下は、少し考え、うなずいた。


「そうだね。佐藤くんなら、1年ちょっとの実務経験がある」


「まずは、二次受けの開発ベンダーは十分狙える」


「で、せっかくなら、もう少し上も見ていい」


 指を軽く立てる。


「一次受けの国内SIer。ここを狙うのはアリだと思うよ」



「一次受けなら、上流工程に関われるし、待遇も上がる」


 その言葉に、未来の輪郭が、少しだけ見えた気がした。


「ITコンサルとかは……どうでしょう」


 ふと、思いついて口にする。


 山下は苦笑した。


「ITコンサルはね、確かに給料はいい」


「ただ、競争が激しいし、激務だよ。特に外資は」


 一拍置く。


「バリバリ稼ぎたいならいいけど、ワークライフバランスを重視するなら、あまりおすすめはしないかな」


 現実的な答えだった。



「あと、楽天とかメルカリみたいな国内IT企業もあるけど……」


 少し肩をすくめる。


「正直、あそこは超優秀層しか取らない。かなりの狭き門だね」


 漣は、内心で苦笑する。


 ――そこに挑める自信は、今はない。


 仕事は頑張りたい。


 だが、いきなりトップ層と勝負する覚悟までは、まだ持てていない。



「……まずは、上流に近い会社を狙います」


 ゆっくりと言葉にする。


「二次受け、できれば一次受けのSIerを」


 山下は、満足そうにうなずいた。


「うん。それがいいと思う」



「佐藤くんの新しい門出に」


 山下が、グラスを差し出す。


 漣も、それに応えるように持ち上げた。


 ガチン、と音が鳴る。


 さっきよりも、少しだけ強く。


 その音は――


 これから始まる何かを、確かに告げていた。



 家に帰ると、さっそくパソコンを開いた。

 迷いは、もうなかった。


 転職エージェントのサイトにアクセスし、会員登録を進める。

 名前、経歴、スキル――淡々と入力していく。


 キーボードを叩く音が、やけに大きく聞こえた。


 プロフィールの「希望条件」にカーソルが止まる。


 ――一次受けSIer。


 その一行を、はっきりと入力した。


 今の会社が嫌いなわけじゃない。

 むしろ、恵まれていると思う。


 上司は面倒見がいいし、先輩も丁寧に教えてくれる。

 現場も、理不尽ばかりというわけではない。


 だからこそ――


 このままでいいのか、と。


 頭のどこかで、ずっと引っかかっていた。


 下請けとして、指示を待つ仕事。

 仕様の背景も知らないまま、コードを書く日々。


 それで、本当に技術は伸びるのか。

 この先、AIが当たり前になったとき、

 自分の価値は、どこに残るのか。


 山下の言葉が、ふと蘇る。


『そのうち、コードはAIが書く時代になる』


 ――だったら。


 自分は、何をする人間になる?


 画面を見つめながら、小さく息を吐いた。


 今いる場所は、居心地がいい。

 だからこそ、動くのが怖い。


 だが――


 それに甘んじていたら、きっと後悔する。


 会社の人たちの顔が浮かぶ。

 世話になった人たち。


 少しだけ、胸が痛んだ。


 それでも。


「……先に進もう」


 誰に聞かせるでもなく、そう呟いた。


 登録ボタンをクリックする。


 その瞬間、

 何かが、確かに動き出した。

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