表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
がけっぷち新人SE、資産形成を始めたら人生が変わり始めた件  作者: しばたろう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/17

13高配当株投資

 今回のプロジェクトは、三社のSIerが合同で進めるマルチベンダー体制だ。

 漣が任されたのは、アークの担当範囲と他ベンダーが担当する範囲を繋ぐ「外部連携」部分の設計だった。

 

 システムの裏側でデータをやり取りする、いわば神経系のような機能だ。派手な画面があるわけではないが、ここが止まればシステム全体が沈黙する。

 リーダの遠藤からは、「失敗は許されない、極めて重要なポジションだ。気合を入れろよ」と活を入れられていた。

 

 その性質上、他ベンダーの担当者とは密に連携し、複雑な仕様を一つずつ紐解いていかなければならない。エンジニア同士の高度なコミュニケーションが求められる、漣にとっては初めての挑戦だった。

 

 他のベンダーとの初顔合わせの日。

「よろしくお願いします」

 遠藤と共に会議室に入室した漣は、定型的な挨拶を口にしながら、向かいの席に座る相手チームの面々に目を向けた。

 

 そこで、漣の思考が白く染まった。

 視線の先にあったのは、忘れもしない、懐かしい顔だった。

 

 相手も漣に気づき、丸く見開いた瞳に驚きの色を浮かべる。

「……佐藤くん?」

「三上、さん……?」

 

 思わず名前がこぼれた。

 そこに立っていたのは、前の会社「トライコード」時代の先輩。そして――漣が秘かに、けれど強く想いを寄せ、約一年前、思いの丈を伝えて粉々に砕け散った相手、三上咲だった。

 

「おや、お二人はお知り合いでしたか」

「前の会社が一緒だったんです。やはり、この業界は狭いものですね」

 相手方のリーダーが感心したようにそんな言葉を漏らしているのが、どこか遠くの方で聞こえた。

 

 初顔合わせの会議は、漣の動揺をよそに滞りなく進んでいった。

 互いのブロックの機能紹介、インターフェースのすり合わせポイント、今後のスケジュール案。実務的な確認事項が淡々と積み上がっていく。

 

 漣は説明を聞きながら、そして自らも発言しながら、時折どうしても視線を三上の横顔へと向けてしまった。

 約一年ぶりに見る彼女は、以前よりもどこか大人びて、さらにその魅力が増しているように感じられた。

 

 まさか、振られた相手とこんな形で再会するなんて。

 想いを伝えたことに後悔はないが、消し去ったはずの熱い鼓動が胸の奥で早まっていた。

 

 

 会議が終わった後の、廊下。

 

「三上さん。お久しぶりです。このプロジェクトに参加されるんですね」

 

 三上咲は、以前と変わらない柔らかな、けれど凛とした微笑みを漣に向けた。

「そう。二次ベンダーとして参加させてもらうんだけど、今回は基本設計から関わらせてもらえるの。それにしても、佐藤くん。アークに転職していたなんて。すごいじゃない」

 

「はい。三上さんのように挑戦して、自分を磨きたいと思い、決心しました」

 

 嘘偽りない本音だった。彼女に追いつきたい、相応しい男になりたい。そんな願いが転職の原動力の一つだったのだ。

「そうなんだ。なんだか佐藤くん、少し見ない間に頼もしくなったね?」

 

 不意に褒められ、漣は胸が高鳴るのを感じた。「三上さんも一層綺麗になられましたね」という言葉が喉まで出かかったが、それはなんとか飲み込んだ。

「……実は、山下さんに、いろいろアドバイスをもらっているんです」

 

「ええっ、あの山下さんに? そうなんだ。あの人、本当に仕事ができたものね。懐かしいなあ。元気にされてる?」

「はい。よく二人で飲みに行っていて。仕事のことはもちろん、それ以外でも、資産形成のこととかも教えてもらっているんです」

 

 その瞬間、三上の瞳がきらりと光った。

「資産形成かあ……。いいなあ、私も山下さんの話、聞いてみたいな」

 

 漣は、このチャンスを逃すまいと身を乗り出した。

「よければ、三上さんも一度、ご一緒しませんか?」

「えっ、いいのかしら? お邪魔じゃない?」

「全然、大丈夫です。ぜひ、喜んで、です!」

 

 漣は思わず、三上との約束を取り付けていた。

 

 

 その夜。

 漣は早速、山下にメッセージを送った。

 

『次のプロジェクトで、三上さんと再会しました』

 

 一年前、彼女に告白して玉砕した経緯は、すでに山下にも話してある。

 

『佐藤くん、感動の再会だね。ドラマチックだね』

『もう、心臓がバクバクでした。それで、山下さんにいろいろ教わっている話をしたら、彼女も山下さんの話を聞きたいと言っていて』

『ほう』

『……なので、今度の飲み会に誘いました』

 

 少しの間、既読がついたまま返信が止まる。

 

『佐藤くんは、ときどき、大胆な行動をとるよね』

 

 その返信に、山下の呆れ顔と、わずかな感心の混じった苦笑いが透けて見えるようだった。

 

 

 いつもの居酒屋。

 だが、店内の雰囲気はいつもと全く違っていた。

 

 今回は、三上が参加しているのだ。

 無骨な男二人の飲み会とは違い、その場にパッと花が咲いたような華やかさがある。

 

 テーブル席。

 漣と三上が並んで座り、その向かいに山下が腰を下ろした。

 

 漣の表情は、飲む前から緩みきってだらしない。隣の三上は背筋を伸ばし、凛と座っている。山下は苦笑混じりに、そんな対照的な二人へ目をやった。

 

「乾杯」

 

 三人のビールのジョッキが重なり、小気味よい音を立てる。

 

「山下さん、お久しぶりです。トライコードのときは、本当にお世話になりました」

「三上さんも、順調にキャリアを積み重ねているようで何よりだよ」

「それにしても、まさか佐藤くんと山下さんが飲み友達になっていたなんて。驚いちゃった」

「うん。佐藤くんの奮闘をリアルタイムで見守るのは、僕にとってもなかなか面白い経験だったよ」

 

「山下さんのおかげで、俺にとって成長の一年でした」

「へえ。佐藤くん、どんな挑戦をしたの?」

 

 三上に促され、漣はこの一年の出来事を夢中で話した。

 必死だった転職活動、ふるさと納税、企業型DC、NISAの開始。そして、あのトランプ・ラリーの熱狂と、ブラックマンデーの暴落を山下の助言で乗り切ったこと。

 

「そうなんだぁ。佐藤くん、奮闘したんだね。でも、確かに今年のトランプ・ショックは凄まじかったわよね」

 三上がしみじみと言う。

 

「三上さんは、何か資産形成はされているんですか?」

「そうね。私もNISAは活用しているわよ」

「やっぱり、三上さんもオルカンとかを買っているんですか?」

 

 三上はぐびりとビールを喉に流し込んだ。その飲みっぷりは、どこか潔く様になっている。

「オルカンも定番だと思うけど、私は主に日本の『高配当株』を買っているわ。NISAの成長投資枠を使ってね」

 

「ほう、高配当株か」

 山下が感心したようにつぶやいた。

 

「高配当株……?」

 初めて聞くワードに、漣が首を傾げる。

 

 山下は教え子に説くような口調で、解説を始めた。

「佐藤くんには説明していなかったね。利益を株主に還元する配当金が多い企業に投資する手法だ。株価の変動を追うオルカンと違い、持っているだけで定期的に現金が手に入る。いわば、お金に働いてもらって『自分年金』を作るようなものだね」

 

「三上さんは、なぜ高配当株投資を?」

 山下は三上に振り向き、興味深そうに尋ねた。

 

 三上は少し考えた後、いたずらっぽく微笑んだ。

「うーん。一言で言うと、『握力』を強めるためですね」

 

「なるほどね!」

 山下は即座に意図を察して膝を打った。

 

 一方の漣は、「握力?」と、どういうことか分からないという顔をしている。そんな彼に、三上が優しく説明を始めた。

「たとえば、この前のトランプ・ショックのとき。佐藤くんは、持っているオルカンを売りたくなったでしょ?」

「はい。これ以上、含み損を抱えるのが恐ろしかったですね」

 

「そんな時、高配当株だと耐えられるのよ。株価は安くなってしまったけれど、持っていれば毎年配当金はもらえるから。『配当金をもらうためにこの株を持っているんだから、株価が下がっても売る必要はない。配当をもらいながら耐えていれば、いずれ株価も戻るだろう』って思えるの」

 

「なるほど……」

 

 山下が補足するように口を開く。

「実際、オルカンなどのインデックス投資の方がトータルのリターンは良いとされている。でも、高配当株は暴落時の握力――つまり保有し続ける力を強くしてくれるんだ」

 

「私も以前はキャピタルゲイン、つまり値上がり益を狙って成長株を買っていた時期もあったけど、やっぱり暴落に耐えられなくて損切りした経験があるの。それからは、インカムゲインである配当を目的とする高配当株に切り替えたわ。それからは、株価の上下に揺さぶられても平気になったの」

 

「三上さん、経験豊富なんですね」

 漣は素直に感心した。

 

 山下もさらに言葉を重ねる。

「ちなみに、高配当株なら何でもいいわけじゃない。きちっと選定する必要があるんだ。下手をすると減配や、業績悪化による大幅な株価低下に見舞われるからね。三上さんは具体的にどんな株を?」

 

「通信や商社、リースが中心ですね。KDDIや三菱HCキャピタル、伊藤忠商事。あとは銀行も。三菱UFJとか持っています」

 

「鉄板銘柄だね!」

 山下が太鼓判を押すと、漣が驚いたように身を乗り出した。

「そうなんですか?」

 

「KDDIは確か、二十年以上も連続で増配しているはずだ。三菱HCキャピタルも『累進配当』を掲げているね」

「ルイシンハイトウ?」

「配当を減らさず、維持または増配し続けることを約束することだよ。伊藤忠商事もそれを維持しているはずだ」

 

「そうです。さらに伊藤忠はDOEも導入していますし」

「DOE?」

 

 質問攻めになる漣に、三上が丁寧に答える。

「利益そのものではなく、企業の資本を基準に配当を決める仕組みなの。利益が一時的に減っても減配しにくいのが特徴ね」

 

 山下も楽しそうに乗っかる。

「銀行の中でも三菱UFJは鉄板だ。今はもう高くなってしまったけれど、以前は株価も手頃で買いやすかったよね」

 

 専門用語を交えながら大盛り上がりする二人を眺めながら、漣はただ圧倒されていた。

 (株の世界は、僕が思っているよりもずっと奥が深いんだな……)

 

 憧れの先輩と、頼れる師匠。二人の会話から一滴も漏らすまいと、漣は必死に耳を傾けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ