13高配当株投資
今回のプロジェクトは、三社のSIerが合同で進めるマルチベンダー体制だ。
漣が任されたのは、アークの担当範囲と他ベンダーが担当する範囲を繋ぐ「外部連携」部分の設計だった。
システムの裏側でデータをやり取りする、いわば神経系のような機能だ。派手な画面があるわけではないが、ここが止まればシステム全体が沈黙する。
リーダの遠藤からは、「失敗は許されない、極めて重要なポジションだ。気合を入れろよ」と活を入れられていた。
その性質上、他ベンダーの担当者とは密に連携し、複雑な仕様を一つずつ紐解いていかなければならない。エンジニア同士の高度なコミュニケーションが求められる、漣にとっては初めての挑戦だった。
他のベンダーとの初顔合わせの日。
「よろしくお願いします」
遠藤と共に会議室に入室した漣は、定型的な挨拶を口にしながら、向かいの席に座る相手チームの面々に目を向けた。
そこで、漣の思考が白く染まった。
視線の先にあったのは、忘れもしない、懐かしい顔だった。
相手も漣に気づき、丸く見開いた瞳に驚きの色を浮かべる。
「……佐藤くん?」
「三上、さん……?」
思わず名前がこぼれた。
そこに立っていたのは、前の会社「トライコード」時代の先輩。そして――漣が秘かに、けれど強く想いを寄せ、約一年前、思いの丈を伝えて粉々に砕け散った相手、三上咲だった。
「おや、お二人はお知り合いでしたか」
「前の会社が一緒だったんです。やはり、この業界は狭いものですね」
相手方のリーダーが感心したようにそんな言葉を漏らしているのが、どこか遠くの方で聞こえた。
初顔合わせの会議は、漣の動揺をよそに滞りなく進んでいった。
互いのブロックの機能紹介、インターフェースのすり合わせポイント、今後のスケジュール案。実務的な確認事項が淡々と積み上がっていく。
漣は説明を聞きながら、そして自らも発言しながら、時折どうしても視線を三上の横顔へと向けてしまった。
約一年ぶりに見る彼女は、以前よりもどこか大人びて、さらにその魅力が増しているように感じられた。
まさか、振られた相手とこんな形で再会するなんて。
想いを伝えたことに後悔はないが、消し去ったはずの熱い鼓動が胸の奥で早まっていた。
◇
会議が終わった後の、廊下。
「三上さん。お久しぶりです。このプロジェクトに参加されるんですね」
三上咲は、以前と変わらない柔らかな、けれど凛とした微笑みを漣に向けた。
「そう。二次ベンダーとして参加させてもらうんだけど、今回は基本設計から関わらせてもらえるの。それにしても、佐藤くん。アークに転職していたなんて。すごいじゃない」
「はい。三上さんのように挑戦して、自分を磨きたいと思い、決心しました」
嘘偽りない本音だった。彼女に追いつきたい、相応しい男になりたい。そんな願いが転職の原動力の一つだったのだ。
「そうなんだ。なんだか佐藤くん、少し見ない間に頼もしくなったね?」
不意に褒められ、漣は胸が高鳴るのを感じた。「三上さんも一層綺麗になられましたね」という言葉が喉まで出かかったが、それはなんとか飲み込んだ。
「……実は、山下さんに、いろいろアドバイスをもらっているんです」
「ええっ、あの山下さんに? そうなんだ。あの人、本当に仕事ができたものね。懐かしいなあ。元気にされてる?」
「はい。よく二人で飲みに行っていて。仕事のことはもちろん、それ以外でも、資産形成のこととかも教えてもらっているんです」
その瞬間、三上の瞳がきらりと光った。
「資産形成かあ……。いいなあ、私も山下さんの話、聞いてみたいな」
漣は、このチャンスを逃すまいと身を乗り出した。
「よければ、三上さんも一度、ご一緒しませんか?」
「えっ、いいのかしら? お邪魔じゃない?」
「全然、大丈夫です。ぜひ、喜んで、です!」
漣は思わず、三上との約束を取り付けていた。
◇
その夜。
漣は早速、山下にメッセージを送った。
『次のプロジェクトで、三上さんと再会しました』
一年前、彼女に告白して玉砕した経緯は、すでに山下にも話してある。
『佐藤くん、感動の再会だね。ドラマチックだね』
『もう、心臓がバクバクでした。それで、山下さんにいろいろ教わっている話をしたら、彼女も山下さんの話を聞きたいと言っていて』
『ほう』
『……なので、今度の飲み会に誘いました』
少しの間、既読がついたまま返信が止まる。
『佐藤くんは、ときどき、大胆な行動をとるよね』
その返信に、山下の呆れ顔と、わずかな感心の混じった苦笑いが透けて見えるようだった。
◇
いつもの居酒屋。
だが、店内の雰囲気はいつもと全く違っていた。
今回は、三上が参加しているのだ。
無骨な男二人の飲み会とは違い、その場にパッと花が咲いたような華やかさがある。
テーブル席。
漣と三上が並んで座り、その向かいに山下が腰を下ろした。
漣の表情は、飲む前から緩みきってだらしない。隣の三上は背筋を伸ばし、凛と座っている。山下は苦笑混じりに、そんな対照的な二人へ目をやった。
「乾杯」
三人のビールのジョッキが重なり、小気味よい音を立てる。
「山下さん、お久しぶりです。トライコードのときは、本当にお世話になりました」
「三上さんも、順調にキャリアを積み重ねているようで何よりだよ」
「それにしても、まさか佐藤くんと山下さんが飲み友達になっていたなんて。驚いちゃった」
「うん。佐藤くんの奮闘をリアルタイムで見守るのは、僕にとってもなかなか面白い経験だったよ」
「山下さんのおかげで、俺にとって成長の一年でした」
「へえ。佐藤くん、どんな挑戦をしたの?」
三上に促され、漣はこの一年の出来事を夢中で話した。
必死だった転職活動、ふるさと納税、企業型DC、NISAの開始。そして、あのトランプ・ラリーの熱狂と、ブラックマンデーの暴落を山下の助言で乗り切ったこと。
「そうなんだぁ。佐藤くん、奮闘したんだね。でも、確かに今年のトランプ・ショックは凄まじかったわよね」
三上がしみじみと言う。
「三上さんは、何か資産形成はされているんですか?」
「そうね。私もNISAは活用しているわよ」
「やっぱり、三上さんもオルカンとかを買っているんですか?」
三上はぐびりとビールを喉に流し込んだ。その飲みっぷりは、どこか潔く様になっている。
「オルカンも定番だと思うけど、私は主に日本の『高配当株』を買っているわ。NISAの成長投資枠を使ってね」
「ほう、高配当株か」
山下が感心したようにつぶやいた。
「高配当株……?」
初めて聞くワードに、漣が首を傾げる。
山下は教え子に説くような口調で、解説を始めた。
「佐藤くんには説明していなかったね。利益を株主に還元する配当金が多い企業に投資する手法だ。株価の変動を追うオルカンと違い、持っているだけで定期的に現金が手に入る。いわば、お金に働いてもらって『自分年金』を作るようなものだね」
「三上さんは、なぜ高配当株投資を?」
山下は三上に振り向き、興味深そうに尋ねた。
三上は少し考えた後、いたずらっぽく微笑んだ。
「うーん。一言で言うと、『握力』を強めるためですね」
「なるほどね!」
山下は即座に意図を察して膝を打った。
一方の漣は、「握力?」と、どういうことか分からないという顔をしている。そんな彼に、三上が優しく説明を始めた。
「たとえば、この前のトランプ・ショックのとき。佐藤くんは、持っているオルカンを売りたくなったでしょ?」
「はい。これ以上、含み損を抱えるのが恐ろしかったですね」
「そんな時、高配当株だと耐えられるのよ。株価は安くなってしまったけれど、持っていれば毎年配当金はもらえるから。『配当金をもらうためにこの株を持っているんだから、株価が下がっても売る必要はない。配当をもらいながら耐えていれば、いずれ株価も戻るだろう』って思えるの」
「なるほど……」
山下が補足するように口を開く。
「実際、オルカンなどのインデックス投資の方がトータルのリターンは良いとされている。でも、高配当株は暴落時の握力――つまり保有し続ける力を強くしてくれるんだ」
「私も以前はキャピタルゲイン、つまり値上がり益を狙って成長株を買っていた時期もあったけど、やっぱり暴落に耐えられなくて損切りした経験があるの。それからは、インカムゲインである配当を目的とする高配当株に切り替えたわ。それからは、株価の上下に揺さぶられても平気になったの」
「三上さん、経験豊富なんですね」
漣は素直に感心した。
山下もさらに言葉を重ねる。
「ちなみに、高配当株なら何でもいいわけじゃない。きちっと選定する必要があるんだ。下手をすると減配や、業績悪化による大幅な株価低下に見舞われるからね。三上さんは具体的にどんな株を?」
「通信や商社、リースが中心ですね。KDDIや三菱HCキャピタル、伊藤忠商事。あとは銀行も。三菱UFJとか持っています」
「鉄板銘柄だね!」
山下が太鼓判を押すと、漣が驚いたように身を乗り出した。
「そうなんですか?」
「KDDIは確か、二十年以上も連続で増配しているはずだ。三菱HCキャピタルも『累進配当』を掲げているね」
「ルイシンハイトウ?」
「配当を減らさず、維持または増配し続けることを約束することだよ。伊藤忠商事もそれを維持しているはずだ」
「そうです。さらに伊藤忠はDOEも導入していますし」
「DOE?」
質問攻めになる漣に、三上が丁寧に答える。
「利益そのものではなく、企業の資本を基準に配当を決める仕組みなの。利益が一時的に減っても減配しにくいのが特徴ね」
山下も楽しそうに乗っかる。
「銀行の中でも三菱UFJは鉄板だ。今はもう高くなってしまったけれど、以前は株価も手頃で買いやすかったよね」
専門用語を交えながら大盛り上がりする二人を眺めながら、漣はただ圧倒されていた。
(株の世界は、僕が思っているよりもずっと奥が深いんだな……)
憧れの先輩と、頼れる師匠。二人の会話から一滴も漏らすまいと、漣は必死に耳を傾けていた。




