10-6 帰りの道と呪いの話
次の日、セデックに会えないまま帰りの馬車に乗ったローリアは、物思いに沈んでいた。ソムィーズの館に帰ったらまた猛勉強して、競技会にも備えて訓練しなくてはいけない。だからこそ、今だけでも、彼を思って思い切り落ち込んでいたかった。
もう会えないかもしれない。
そう考えるだけで打ちのめされてしまう。知り合ったのはほんの少し前で、まだお互いについてほとんど知らないというのに。でも、ローリアは、彼と目が合った瞬間に運命を感じたのだ。それは理屈では説明できないものだった。
侯爵は隣で新聞を読んでいたが、そのうちに、
「気分が良くないみたいだね」
声をかけてきた。
「馬車を停めて少し休むかい?」
「いえ……大丈夫です」
ローリアはうつむいたまま答えた。
「原因はセデック・アルマイルかい?」
侯爵がストレートに聞いてきたので、ローリアはビクッと震えて固まった。
「やっぱりそうか」
侯爵は新聞をたたんで目元をゆがめた。
「長く喪に服して引きこもっていたのに、急に元気になったからおかしいとは思ってたんだが」
ローリアは何も答えない。
「まあ、あいつが元気になったのはいいことだ。他の男だったら、娘に近づいた瞬間に呪いをかけてやるところだが──」
「ダメです! 呪いはダメです!」
ローリアは慌てて叫んだ。
「冗談だよ」
侯爵は口元だけで笑った。しかし目が怖い。
「人を好きになるのも、なかなか大変だろう?」
侯爵が言った。ローリアはなんと答えていいかわからなかった。
「私にも覚えがある」
「侯爵夫人ですね?」
「ああ、そうだ」
「出会ったとき、何か感じましたか?」
「いや、僕らの場合は小さい頃からそばにいたから、お互いが一緒にいるのが当たり前だったんだ」
「そうですか」
「でも突然、パトリシアの家が没落してね」
「聞いたことがあります」
男爵家が没落し、外国に行くことになった、と噂で聞いていた。
「当たり前にそばにいた人がいなくなってね。それで初めて気づいたのさ。彼女が必要だってね」
それから侯爵は優しく笑って、
「自分に誰が必要か、ゆっくり考えてみなさい」
馬車はゆっくりと進んでいく。
「そうだ。魔法の訓練が進んだら、君にも呪いのかけ方を教えてあげよう」
「えっ……」
ローリアが少し身を引いていると、
「そんなに怖がるものじゃない。それに、かけ方がわかれば、解き方もわかる。人を助けることもできる。実際ソムィーズには、年に何回か『これは呪いじゃないか』という相談が来るよ」
「そうなんですか?」
侯爵の他にも呪いを使える人がいるのか。ローリアはそのことに驚き、怖いと思った。
「魔力のもとをたどれば、呪いのもとに行き着く」
侯爵がやや上を見ながら腕を組んだ。
「しかしね、一番怖いのは魔力の呪いじゃないんだ。言葉の呪いだよ」
「言葉の呪い」
「魔力でかけた呪いは、魔力を断ち切れば解ける。しかしね、言葉で誰かを呪ってしまうと、それは相手を深く傷つけて、あとで治すことはできなくなるんだ。『自分は呪われている』と思い込むだけで、何もしなくても体調を崩す人も多い」
「わかる気がします」
「だから、魔力以上に、言葉には気をつけなくてはいけないよ」
侯爵が組んでいた腕を解いて、手をもむような仕草をした。
「私が思うに、この国には、自分で自分に呪いをかけている者が多いように思うね」
「自分に?」
「『自分にはどうせできない』という呪いさ」
侯爵が言った。
「それはもう、私がかける呪いなんかよりよっぽど強力でね。本当は可能性も力もある者が、自分には何もできないと思いこむと、何を言われても『いや、無理ですよ』と言って動こうとしない。そういう人たちの呪いを解くのは容易ではない」
「そうですか……そうかもしれませんね」
ローリアが言った。
「君も最初『私には無理です』と言っていたね」
「だって、そんなつもりじゃなかったんですもの」
「今はどうだい?」
ローリアは考えた。今の自分は、好きな人ができても投げ出せないくらい、後継者の地位を大事だと思っている。そのことに改めて気づいた。
「今は──できると思っています」
ローリアは力を込めて答えた。
「それを聞いて安心した」
侯爵はローリアに新聞を渡しながら言った。
「しかし、ソムィーズの後継者だからって、愛する人をあきらめることはないんだ」
ローリアは新聞を受け取った。それは三日前のもので、ドゥロソの国境近くで住民同士のぶつかり合いがあったと報じていた。
ローリアは新聞を読むふりをしながら、セデックのことと、近づいてきている競技会のことを考えていた。他の家の長男たちと戦わなければいけない。できれば勝って、『女の子だって戦える』と示したい。でも、セデックがそれを見たらどう思うだろう?




